第17話
えっと…どなただったかしら。
確かアーサーさまとご一緒の所を、お見かけしたことがあるわ。
ダメだわ、名前が思い出せない。
いつもなら、エレナがそっと教えてくれるのだけど。困ったわ。
お嬢様は、何も心配する必要ありません、といつも守られていたけど。
名前を覚えていないなんて、失礼になるわ。
やはり、これからはもっといろんな事を覚えていこう。
とにかく、この状況を乗り越えてからがんばろう。
そうだわ、こういう時は、会話の中から読み取りましょう。
意を決して、名前を覚えていないことを悟られないように声をかける
「お久しぶりです。」
「これは、ビル殿ではありませんか。」
ニコライは中央の人物に声をかけていた。
なるほど、あの方はビルさまとおっしゃるのね。
少しの間だけでも、忘れないように気をつけないと。
ビルさま、ビルさま、ビルさま、
大丈夫、覚えたわ。
心の中で必死に復唱するマリーベルを、
背中に隠すようにしてニコライは前へ出る。
「ニコライ殿は、そう言えば神殿に勤めておいででしたね。」
「ビル殿は、どうしてこちらへ?」
「こちらで何やら騒ぎがあったと伺いまして、こうして騎士団の者を連れて参りました。」
「おかしいですね、今から報告に向かおうとしていましたのに。
まるで、最初から知っていたかと思われるような速さですね。
その報せはどこから?」
ニコライさまは怪訝な顔をして問いかける。
「それはお答え致し兼ねます。」
ビルは澄ました顔で即答する。
「独自のルートがある、と言うことでしょうか?
この神殿に、王家のスパイがいる可能性を考えなければいけませんね?
そうなると、王城へ抗議することになりますが?」
ビルは不敵な笑みを浮かべて、ニコライを見つめる。その視線を真っ向から見据えて、怯むことなくニコライも応じる。
「スパイ? はは、物凄く飛躍した考えですね、ニコライ殿。我々だって、そんなに暇ではありませんよ。
それとも、何か探られて困るような事がおありなのでしょうか?」
「気になるのなら、ぜひこの機会にでも色々とご覧ください。別に困ることはありません。そちらと違って」
「ほぉ、そうですか、それはありがたい」
腹の探り合いをする二人には、近づき難い雰囲気が漂っていた。
愛想笑いをしているのが分かる。
罵声を浴びせてくるアーサー様の側にいても、いつも微動だにしないこの方━━ビルさまは別の意味で怖い。
特にあの目が、笑っていない所。
感情的なアーサー様と無表情なビルさま。
どちらからも私は、威圧感を感じる。
ダメだわ……この空気感に耐えられない。
ニコライさまには申し訳ないけれど、一人で部屋に戻ってもいいかしら。
私はそっと気づかれないように、その場から遠ざかろうとした。
ゆっくりと後ろに下がろうとした折り、バランスを崩してよろめいてしまった。
これは転ぶわ!
「⁉︎」
転んだ衝撃に備えて、目を閉じていたけれど、予想していた痛みが襲ってこない。
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