第25話
バリヤが魔法を掛けると、洗面所に張った水の表面にゆらりと映像が浮かび上がった。
「ザック」
「バリヤ!!メグルも!!無事で良かったよ~」
バリヤがザックと言葉を交わす。
ザックは一人で部屋にいたようで、映像に映るのはザック一人だった。
「元の世界に、帰れたのかい?もう君たちを召喚していいのかい?」
「はい」
この質問には巡が答えた。
母親と会って吹っ切れた巡よりも、巡の両親に未練があるのはバリヤの方だったからだ。
「僕はこの一週間でかなり魔力を回復したから、すぐにでも召喚できるけど、どうする?」
「お願いします」
「わかったよ」
ザックがてててと水晶玉から離れていくのが見える。
ザックは床にチョークのようなもので魔法陣を描き始めた。
「そういえばバリヤ」
「なんだ」
「君がいないこの一週間で、副兵長のアノマさんが随分第三兵団の面倒を見てくれたみたいだよ。帰ってきたらお礼を言っておきなよ」
「そうだな。わかった」
「君たちが僕の魔力の受け皿という役職でなければ、あやうく召喚できずに離れ離れになってしまうところだったよ。新しい魔力の受け皿を探す羽目になりそうだったんだよ。これからはどこかに行くなら先に言っておいてよね」
「す、すみません……」
確かにと巡は思わず謝った。
ザックが召喚できない可能性についてまでは考えていなかった。
「あ、ザックさん、そっちに行くならそろそろ水の栓を抜かないといけないんですけど」
「水を抜く?泉にいるんじゃないの?」
「違います。そろそろ水抜かないと溜めたままそっちに行くわけにはいかないんで」
「えっ?召喚できるまで一緒に見ててくれるんじゃないのかい」
「すみません」
ゴポッ。
巡は洗面所の水を一気に抜いた。
ザックが何か言っているが水は渦を巻いて排水溝に流れていく。
こちらの時間はあちらの時間よりも流れが遅い。
ザックが今召喚術をかけていても、こちらにすぐに魔法陣が現れるわけではなかった。
数刻待って、魔法陣が現れた中に巡は自分から飛び込んだ。
召喚されてから少しの間、巡はもうこれで元の世界に戻ることはないのだとしばらく呆けていた。
「ベッドも浴室もご用意できましたよ。最近第三兵団にはいらっしゃらなかったので逃げたのかと……」
エクストレイルがザックの部屋に現れた。
バリヤがアノマのところに出かけた後、第三兵団の兵長が帰って来たと噂になったのか、聞きつけてやってきたのだ。
「わかった。魔王になるにはどうすればいい」
バリヤが応答する。
ザックも興味を持ったのか、書類の山から顔を上げた。
「魔王になるには魔王城に仕える仲間たち全員と契約を結ぶ必要があります。貴方が僕たちにとって仕えるべき魔王であるという風に」
「そんなことで魔王になれるのか」
「ねえ、それは報告書に書いても良いことかな」
「良いわけないでしょう。機密事項です」
すぐ記事にしようとするザックにエクストレイルはぴしゃりと言い返した。
魔王城に仕える貴族たち全員という事は、エクストレイルだけでなく、魔王城に転送されたときに居たオークや狼男、サキュバスたちと契約を結ぶという事だろう。
どんな契約かはわからないが、短時間で済むようなものなのだろうか。
「魔法で契約を結ぶだけです。契約の証は僕たちの身体に刻み込まれ、バリヤ様にも刻印が刻み込まれます。僕たちが契約を解消するまで証は消えることがありません」
「それはあの時いた奴らで全部か」
「いえ、あとはドラゴンが居ます」
「ドラゴンも貴族なのか」
「はい。人型ではありませんが魔王城専属の貴族です」
「いつやるんだ」
「全員が集まらないといけませんから、明日以降になります」
「では明日に」
「わかりました。招集をかけておきます」
エクストレイルは帰って行った。
「バリヤ、明日には魔王になっちゃうの?すごいねぇ」
「メグルと結婚するためだ。結婚するまでに召喚されたら困るからなるべく早い方が良い」
「たしかに、いつどこのだれに召喚されるかわかんないもんね」
「それなんですが……」
「どうしたの?」
巡は今回召喚される前、神官たちの朝のお祈りで召喚されることを願ったことを二人に話した。
「なので、俺が願えば異世界に召喚されやすい体質も治るのではないかと……」
「それはないよ」
「えっ、なぜ」
「だってメグルがこれまでに召喚され続けた中で一回でも召喚されないことを願ったことなんてあるに決まってるじゃないか」
「う、う~ん、そうかもしれません……やっぱり結婚してもらわないとすぐどこかに行っちゃうかも」
「そうだと思うよ。」
「やっぱり俺……バリヤさんと結婚したいです」
「明日には俺が魔王になるのだから、そのあとすぐにでも結婚の魔法を使えばいい」
「よろしくお願いします……」
結婚してこの世界に縛られることになれば、元の世界に戻ることはなくなる。
しかしバリヤと一緒になれるともいえることだった。
巡は改めて腹をくくり、バリヤと共に幸せになれるよう願った。
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