第24話

 ここ数日の間で、巡は会社を無断欠勤していることになっていた。

 居なかったので当然なのだが、スマホの履歴に会社からの電話が何件も連なっていてようやく実感し、退職する旨を電話で伝えた。

 

 時刻は深夜。

 夜勤との交代制だった為深夜でも電話が繋がった。

 

 夜に帰宅したため、電気、ガス、水道、スマホ等のライフラインの停止は後日改めることにした。


 巡は封筒に暗証番号を書いたメモを挟んだ通帳を入れた。

 これを明日、実家のポストにでも入れて帰るつもりだった。


 数日猶予があるとはいえ、どのくらいであちらの世界にまた召喚されるかわからない。

 

 なんせあちらの世界での数日がこちらの世界では数時間、下手したら数十分で経過するのである。

 

 借りている部屋を解約するにしても部屋の中身を片付けなければならないが、そこは両親に託すことにする。

 

 メモ用紙に自宅の住所と片付けを託し実家に引き上げて貰うことを記載し、封筒に一緒に入れる。

 

「バリヤさん、明日は実家に行きます。

 一緒に行きますか?」

「ああ」

「両親には、会いませんよ。ただ家に行くだけです」

「一緒に居ないとザックが召喚したときに失敗するかもしれないだろう」

「た、たしかに。じゃあ明日は早起きして一緒に行きましょう」

「ああ」


 スマホのアラームを設定してベッドへ潜り込む。

 そういえばと、テレビの受信料の支払いも止めなければとふと思いついてテレビをつけた。


「メグル、なんだこの箱は」

「テレビです。バリヤさんも、ザックさんに水晶玉で映像を見せてもらっていたでしょう。あれと同じようなものです」

「そうなのか、この世界でもそんな魔法は使えるんだな」

「魔法じゃないのでちょっと違いますけど、そんなもんです。朝まで暇でしょうから、ずっと見ていても大丈夫ですよ」

「……いや、メグルと一緒に寝よう」

「今日、ずっと俺に付いてきて疲れたでしょう。寝るふりまでしてくれなくても」


 新幹線を乗り継いで、電車で自宅まで帰って来た。

 その間流れる景色を不思議そうにしながらも人の波に揉まれ押し流されながらもバリヤはなんとか巡についてきた。

 

 スライムに睡眠の概念はない。

 巡に合わせようとするバリヤに一瞬躊躇うが、バリヤはベッドに侵入してきた。

 

「ただ一緒にいるだけだ。かまわない」

「……はい」


 男二人で寝るにはシングルベッドは狭すぎるが、後ろ手に回された腕とスライムらしからぬ体温に心地よさを感じ、いつの間にやら眠りに入った。






 電話対応の連続で、朝は猛スピードで過ぎて行った。

 

 不動産屋に連絡し、鍵を返す約束を取り付ける。

 鍵の返済予定日を封筒の中のメモに書き足した。

 

 電車で2時間。

 その後バスで40分の田舎町に構える木造住宅。

 巡とバリヤは二人で巡の実家に帰ってきた。

 

 両親は共働きなので、平日の昼間には家を離れている。

 

 巡はポストに封筒を入れる。

 

「……終わりです。帰りましょうか」

「会わなくても良いのか」

「はい。今は両親とも出かけていますから。あとは家に帰ってザックさんの召喚を待つだけです」

「ここで待っていなくても良いのか」

「良いんですよ。会えなくなることはメモに書いておきましたし。ただ、一人じゃ不安だったから、バリヤさんに傍に居てほしかっただけです」

「……そうだったのか」


 そう、戻るならば、一人で元の世界に戻れば良かったのだ。

 ただ、祈りを捧げる時にどうしても不安が邪魔をした。

 気が付けば巡は”バリヤと共に”元の世界へ帰れますようにと祈りを捧げていて、気が付けばこちらの世界に召喚されていたのだ。


「メグルの自宅には行ったことがあるから転移魔法で飛べるぞ。行くか」

「あ、ありがとうございます」


 帰ろうとバリヤのジャケットの袖を掴んだ時だった。

 

「巡?」


 ガチャリと玄関のドアが開き、中年の女性が出てきた。

 

「か……母さん、なんで!?」

「ポストの音がしたから見に来たのよ。あんたこそこんなとこで、どうしたのよ。会社は?」

「あ、いや……」

「メグルの母親か?」


 バリヤが巡に質問した。

 母はバリヤに目を向け、ニッコリと笑った。


「まぁ、かっこいいお兄さんね。この方は?」

「バ……バリヤ=オノルタさん。実は彼と一緒に海外で暮らすことにしたんだ。それで会社も辞めた」

「か、海外?この人と?あんた何言ってるの?」

「もう会えないかもしれないから、これ……」


 先程入れたばかりの封筒をポストから取り出し、母親に渡す。

 

「もう会えないかもしれないって、どういうこと?」


「……結婚する」


「えっ?」


「結婚するんだ、この人と」


「結婚って、あんた、この人、女性?」


「いや……」


 スライムには性別はない。

 自我が男であるバリヤは男に変身しているが、女性とも男性ともいえない。

 そして男だったとしても、あっちの世界では結婚できてしまうのだから無問題ではある。

 

「ちょっと待って。会社も辞めたって」

「うん、あっちで暮らすから」

「待ちなさい。ちゃんと考えたの?どういうことかきちんと説明しなさい」


「バリヤさん、転移魔法を」

「……良いのか」

「駆け落ち、してくれるんでしょう」

「わかった」


 カッと光った魔法陣がバリヤと巡の足元に展開された。

 とっさに手を伸ばそうとした母親の手をそっと引き離し、その中へと巡は呑み込まれていく。

 

「巡!?また会える日を連絡して」

「またね、母さん。俺は元気でやってくから。父さんのことよろしくね」

「巡!!」


 母親は目の前のことが信じられないように目を見開いていた。

 

 当然である。

 魔法なんてこの世界には無かったのだから。

 

 転移魔法に呑み込まれていく二人を母親はただ見つめるしかなかった。

 

「本当にあれでよかったのか」


 自宅に戻り、しつこく訊くバリヤに巡はどこか心の中に静けさを感じながらも「良かったんですよ」とだけ答える。

 

 もしさっき、母親と長話でもしたところでゲイの息子という目の前の事実を母親は受け止められただろうか。

 

 ましてや、結婚までするというのだ。

 

 バリヤの世界ではどうか知らないが、元の世界では突然会社を辞めて結婚をすることも、その結婚が同性同士であることも一大事なのだ。

 最後の最後に拒絶されて終わるよりかは、駆け落ちして行方をくらませた方がまだ巡の中ではマシな決断だったのだ。

 

 推測では巡という名前に込められた祈りの力でいくつもの世界を飛び交うことになったわけだが、祈りを込めた親との最後があれで終わりとは自分でも信じ難かった。

 それでも巡の中で最善のルートは元の世界でバリヤと駆け落ちすることだった。

 

 駆け落ちは失敗したのか成功したのか微妙な所だが、言うことは言って去ってきたのでこれでいいだろうと考えた。

 

「後はザックさんの召喚を待つだけですね」

「……ザックと連絡を取れるか試してみるか?」

「えっ、そんなことできるんですか」

「ああ。泉があればザックの水晶玉と連絡が取れる」

「い、泉?!」


 そんなもんねえよ!と言いかけたが、考え直す。

 

「洗面所の水、貯めてきます」


 洗面所に水を張りに行った。

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