第23話
事は突然だった。
ザックは魔導士に、バリヤは騎士団に、巡とミウェンは神官に所属している。
神官たちは毎日神殿にある、アルストリウルス国では魔力の源と云われている泉へ祈りをささげる。
巡が召喚されたのも、勇者召喚に使用されたのもこの神殿である。
天候の恵みを祈り、魔導士や騎士たちの無事、功績を上げることへの祈り。
巡とミウェンは朝の鐘と共に神官たちに混じって祈りを捧げるのだが、今まで巡は何をどう祈ったら良いのかわからないため、適当に「騎士団や魔導士が無事でありますように」やら「国の作物がよく実りますように」等と心の中で祈っていたのだが、今回は「バリヤと共に元の世界へ帰れますように」と祈ったのだ。
正直言って、魔法のない元の世界では祈りなんて迷信めいたものは宗教かインチキでしか聞いたことがなかったし、魔法のあるこの世界ですら、魔導士の地位が神官の地位より高いことからして、魔法は確実なものだが祈りは少し立ち位置が弱いことの証明になっている。
そして今までどこの世界でも特別な力を持った人物としての立ち位置になかったため、自分の望みや祈りがどうにかなることなんてあるわけがないと高をくくっていた。
効力の期待できない祈りで元の世界に帰れるなんて思ってもいなかったが、ものは試しにと祈ってみたのだ。
ザックの部屋で、巡とバリヤを取り囲む魔法陣。
魔法陣を壊そうと魔法を詠唱しようとしたバリヤに向かって「待ってください!」と声をかける。
これはきっと、元の世界に召喚されている。
謎の予感があった。
なぜなら朝、自分で願ったからだ。というかそれしかない。
ザックとミウェンが二人を助けようとしていたが、それも止めて魔法陣に呑み込まれていった。
「数日経ったら、この世界に俺たちを召喚してください!」
そう言い残して。
二人一緒に召喚されたは良いものの、別々の場所に落ちたらどうしようという不安はあっさりと打ち消された。
「ウワッ」
「メグル!?!」
ガッと両手で顎を鷲掴みにされる。
「どこだ……ここは……」
不安そうなバリヤの声に答えるように、小さな震える声が聞こえた。
「ほ……ほんとに来るなんて……」
見たところ中高生の、学ランを着た男子が何やら魔術所のようなものを片手にぶるぶる震えていた。
「貴様は何者だ」
警戒態勢に入ったバリヤを巡は割って入って止めた。
「あのー……、ここは、日本ですか?」
「そ、そうです」
「なんで俺たちを召喚したんですか?」
「僕……僕、学校でいじめられてて……復讐がしたくて、悪魔を呼び出す魔法を使ったら、魔法なんてインチキだと思ってたのに、本当に出るなんて……」
4度目の正直という言葉もあるが、これもまた、毎度のごとく。
「あの、それ、人違いです」
「えっ」
「俺たち、悪魔じゃありません。間違えて召喚されてますよ」
「えええっ!?!」
一度目も人違い、二度目も人違い、三度目も人違いと来て四度目に望みどおりに召喚されたは良いものの人違いである。
これから魔王になろうとしているスライムと同行しておいてこういうのもなんだが、少年には悪魔の力を借りずに自分の力で頑張ってもらうほかない。
「なので、あのー、いじめ問題は解決できそうにないんですけど」
「そ、そうですよね。こんなのでどうにかなるなんて僕も思ってなかったし……でも本当に悪魔じゃないんですか?」
「ただの日本人と外国人です」
バリヤがスライムであるという事は伏せておく。
「そ、そうですか……」
ガッカリした風の少年に巡は一応聞いてみる。
「ちなみにここって、日本のどこですか」
「九州です」
「きゅ、九州!?!」
まさかそんな遠くに飛ばされているとは。
海外に飛ばされなかっただけマシかもしれない。
「もしよかったら、駅まで送って行ってもらえませんかね。そのあとは自力で帰るので……」
「あ、はい。召喚なんてしちゃってすみませんでした。僕のお小遣いじゃ帰りの資金に足りるかわかりませんが」
「ああ、いいんです、いいんです」
異世界から来たので。
とはいえない。
だが九州からともなると新幹線でもってかなり時間がかかる。
異世界に飛んでいるときは消滅していたスマホと財布が尻ポケットに入っていたので時間を見る。
日付は前回この世界に居た時から数日経過していた。
「まだ午前中か……。なら晩には帰れるかな」
「ああっ……僕、学校サボってこんなこと……」
「誰にも言わないし、言う相手居ないから。安心してください。銀行寄っても良いですか?」
「ああっ、ご案内します……」
「ありがとう。役に立てなくてごめんね」
「本当に悪魔じゃ、ないんですよね」
「違うね」
銀行に寄り、キャッシュカードでバリヤと自分の運賃に足りそうな金額を下ろす。
「ここです」
「ありがとう。悪魔は召喚できなかったかもしれないけど、また別の機会に何か召喚できるかもしれないから頑張って」
「は、ハイ」
少年と別れ、ずっと黙っていたバリヤが口を開いた。
「どこに行くんだ」
「俺の家です」
「何をしにだ」
「バリヤさんと結婚する準備ですね」
「結婚する気はあったのか」
「え……いや……まぁ……」
なかったとは言えない。
しかし望みどおりに元の世界に召喚されてしまったので、結婚できるようになったというわけだった。
電気ガス水道などのライフラインをストップしてスマホや部屋を解約すれば、正直に言えば元の世界に残すものは工場勤務で得た預金くらいのものだった。
親に会うかどうかは、悩んだ。
結婚報告をしても、異世界に戻った後は帰ってこられないだろうからだ。
生きてさえいればいい。
そんなのはこちらの都合で、親からすれば異世界に召喚されていなくなろうが結婚をして居なくなろうがもう二度と会えないのであれば同じことだろう。
それに、あちらの世界の結婚とこちらの世界の結婚では少し勝手が違うようだ。
ザックの話では、結婚することで縛りが生まれ他の世界に呼び出されることすら無くなるということだった。
こちらの世界ではもちろん、縛りは生まれるがそんなのは対外的なもので、法律や契約で結ばれた縛りという感じだ。
たとえ元の世界で巡が結婚したとしても、異世界に呼ばれやすい体質が無くなるとは思えなかった。
が、ザックの話を当てにすると魔法の上での結婚は本当に身も心も相手の物になってしまうらしい。
魔法が機能している世界とこちらの世界では、縛りの範囲が違い過ぎる。
数日もすればザックが異世界にまた召喚するだろう。
何より魔力暴走を起こすと困るのはザックなので、これは確実だ。
「バリヤさんは、寝ていてくれればいいですから」
「スライムは寝ない」
「じゃ、じゃあ俺に付いてきてくれるだけでいいので」
「わかった」
改札で引っかかるバリヤを慌てて誘導した。
待ち時間はさほど無かった。
「メグルの親に会うのか」
「……会いません」
「結婚はどうなる」
「しましょう。結婚」
「両親に伝えなくても良いのか」
「居なくなることは、伝えます」
「……本当に、俺達の世界に行っても良いのか?」
「……バリヤさん」
「なんだ」
「駆け落ち、しますよ。俺達」
バリヤが驚いた顔をしているのは、初めて見たかもしれない。
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