第22話
「それにさ、君が魔王になったら、メグルが異世界に呼ばれなくなるかもしれないよ」
「何」
「えッ」
ザックの言葉に二人は言葉を失った。
「それはなぜだ」
「君がメグルを縛れるからだよ」
「俺が、メグルを?」
「うん。メグルは今、メグルの両親の祈りによって色んな世界に飛ばされているのかもしれない。でも、メグルが本当の意味でバリヤのものになって、逃げられなくなれば、その契約がメグルを縛る枷になる。どこにも飛び回ることはできなくなるんだよ」
「待て。俺は人間を縛ったりする趣味は無い。メグルに酷いこともしたくない。一体何の話をしてる?」
「結婚だよ」
「「「結婚!?!」」」
バリヤと巡だけでなく、ミウェンも驚いて口を揃えた。
「なんだよ。バリヤはメグルと結婚したくないの?」
「するしない以前に、俺はスライムだしメグルは人間だ」
「この世界での結婚ってどんなのですか?」
「バリヤ様は、メグル殿とお付き合いされてかなり日が浅いのでは……」
それぞれに思ったことを口に出す三人に、ザックは言った。
「関係ないよ」
「「「!?!」」」
「好きなら結婚すればいいじゃない。それに、結婚で互いを縛るのは束縛じゃない。好きって気持ちを宿し合うだけだよ」
異種族間の結婚なんて珍しくもないし、とザックは続けた。
「ま……待ってください」
それに待ったをかけたのは巡である。
「もしザックさんの言う通りだとして……結婚もして……俺は、元の世界には帰れなくなるんでしょうか?」
いや、元の世界に帰る方法は知っている。
この世界で死ぬことだ。
一度目も二度目も、誰かのせいで死んだわけではなかった。
だから今回も、いくらバリヤに守られているとはいえ、いつか死ぬかもしれないと思っていたのだ。
それに、2回目の異世界では死んだ後、元の世界では異世界で過ごした日にちを無視して異世界に飛んだ日と同じ日付だった。
つまりこの世界で寿命を迎えるまで普通に過ごしたとしても数日か数週間、もっと言っても数か月しか経っていない可能性の方が高い。
だからこの世界で死ぬまでの間だけでも、バリヤと愛し愛されればそれで良かった。
それが結婚すると他の世界に飛べなくなるというのでは話が違ってくる。
この世界で死んだとして、元の世界に戻れなかったら困るのだ。
巡はまだそこまでの愛は知らなかった。
元の世界を捨ててもバリヤと共に居ようと言えるほどの愛は。
「う~ん、それはわからないよ。だって元の世界に戻るのは、他の世界に飛ぶのとはちょっと違うじゃない。新しい道を行くんじゃなくて、元居た世界への道を戻るだけなんだからさ」
そこでまた話の違うことを言うのがザックである。
そして以外にも反応したのはバリヤだった。
「メグルは、元の世界に戻りたいのか」
「えっ……そんなことも、ありませんけど……」
「そ、そうなのですか、メグル殿?」
訊くバリヤに心配するミウェン。
巡は一旦否定したが、死んだら元の世界に戻るということも隠しているのにも関わらず、この世界で寿命を迎えたら元の世界で第二の人生もとい4回目の人生を歩つもりでしたなどと言い出せる筈もなく。
この巡の反応がバリヤの気持ちに火をつけた。
「わかった。魔王になろう。その代わり俺はメグルと結婚する。メグルは他の世界へ召喚される心配がなくなる」
「う、う~ん……」
「いいじゃないか。ねっ、メグル」
「メグル殿……」
バリヤは本気で巡を自分のものにする気だった。
それほどまでにこのスライムは、巡のことを好きになっていたのだ。
「寝室にはベッドと浴室をよこせ」
エクストレイルの元を訪れたバリヤの突きつけた条件はまずそれだった。
勿論、睡眠も入浴も必要がないスライムの為ではなく、巡の為だ。
「……では、魔王様になっていただけるのですね?わかりました。手配しておきましょう」
頷いたエクストレイルは魔界へと出かけて行った。
ザックとミウェン、巡が待っている部屋へ戻ったバリヤはその事を3人に報告した。
「バ……バリヤさん……あの、本気ですか?結婚……」
「メグルがその気になるまで待つ」
「その気になるって……交際0日婚とかスピード結婚とかしちゃう夫婦ほどすぐ別れるんだから!俺達気持ちが通じ合ってまだ数日ですよね!?結婚は早いですよ!!」
「数日は経っているから0日婚ではないし別れるつもりもない」
「エ、エエ~」
ミウェンが心配そうに巡の顔を覗き込んだ。
「メグル殿は結婚に乗り気ではないのですか?」
乗り気ではないというか、乗り気ではあるが結婚することによる縛りがでかすぎるというか。
「いえ……そういうんじゃないんですけど」
「じゃあどうなのさ」
ザックの面白げな顔に多少むかっ腹が立つが、死ぬと元の世界に帰れることをバラすわけにもいかないので黙るしかない。
「結婚、したいですよ、俺も、そりゃあ」
なんといってももう25歳である。
元の世界では早ければ20歳辺りから、同級生や年の近い人たちの結婚ラッシュは始まっていた。
自分が男だからと結婚が少しくらい遠のいている現状にもなんとも思わず、30代半ば頃に結婚出来れば良いかなどと考えていたのだ。
男だから結婚が遅くても良かったということを除けば、そりゃ早く結婚したいに決まっていた。
人間としては男同士だが、バリヤは分裂して子供を作ることができるし、たとえそれが人間でなくとも好きな相手との子供なら見てみたいし育ててみたい。
元の世界では彼女すらいなかった巡に自分を愛してくれる最強のスライムがこの世界では居るのだ。
結婚上等。夢のある話だった。
それでもこの世界での死後、元の世界へ帰れなくなるかもしれないことに踏ん切りのつかない自分がどこかにいるのだ。
「まあ、人間の寿命は短いから結婚や恋人を作ることに躊躇する気持ちもわからんではないけどね。
僕みたいにエルフは長寿だし、スライムなんて一体何年生きてるかもわからないし、相手を一人残して80歳程度で死んじゃうことを考えたら結婚なんて軽くはできないよね」
ザックがしみじみと言った。
エルフは長寿というのは初耳だが、巡が心配しているのはそんなことではない。
しかしこの解釈は今の巡にとって都合が良いことだった。
「そ、そうですよ。バリヤさんだって俺が死んだ後、魔王として一人で生きるなんてできるわけありません。
どうせ俺の後にすぐに恋人でもなんでも作ってすぐに相手を見つけるんでしょうし、結婚なんて俺じゃなくても」
「メグル」
ハッとして見れば、ザックはにやけ顔で、ミウェンは顔を真っ赤にして、バリヤは少しぽかんとしたような表情でこちらを見ていた。
「お前は、妬いているのか」
「えっ」
そんなつもりではなかった。
が、今自分の言ったことを思い返してみれば、そうとも取れるような発言だった。
バリヤが巡を抱きしめる。
「心配するな。メグルが居なくなっても、俺はメグルだけだ。
他に好く奴などいない。
たとえ俺があと何百年生きようともだ」
「あっ……」
カッと頬が熱くなった。
そういうつもりで言ったわけではなかったのに。
カァと赤面する巡に、バリヤは言った。
「言っとくが俺はメグルの異世界召喚体質を止めるために魔王になり、娶りたいと思っている。
メグルが俺と結婚しないのなら魔王にはならないし、今まで通りメグルを守るだけだ」
全部巡の為だったのだ。
「俺は勇者から魔力を貰うこともできるが快楽が伴う以上、メグル以外とはしたくない。
ザックの魔力を受け渡しするのも、メグルだけが良い。
どうすればメグルは俺と結婚したくなる?」
そんなことを言われては、巡のハートはキャパオーバーのオーバーキルだった。
今まで人に、こんなにも愛されたことなどなかったのだ。
元の世界に戻れなくても、この世界で最高の人生を生きれるんじゃないのか。
元の世界ではキャリアとは程遠い工場職員だった。
彼女もいなかった。
家族とも、一人暮らしをしだしてからは疎遠で。
今、ミウェンに見守られ、ザックとは魔力の受け皿という強い結びつきで関係が保たれ、スライムである兵長のバリヤとは恋人同士。そのうえ恋人は魔王などという重大なポストに就くらしい。
どう考えても、今が恵まれすぎているようだった。
自分一人くらい、元の世界で失踪したとて大した問題にならないんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎった。
「いや、ちょっと待ってください」
「なんだ」
「俺を……元の世界に返す方法を一緒に考えてほしいんです。元の世界に帰って、その後もう一度この世界に俺を召喚してください。そしたら俺、結婚します」
「そんな方法……」
ザックが言い淀む。
が、巡も引き下がるわけにはいかなかった。
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