第21話
「くだらん」
バリヤはエクストレイルを一蹴した。
「メグル、戻るぞ。元の世界に戻る方法はないが移転魔法なら俺も使える。ザックの元へ戻るぞ」
「あ……は、はい」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
慌てたのはエクストレイルである。
バリヤを魔王にするために魔王城に連れてきたのだから引き止めて当然なのだが、あまりにも帰ろうとするのが早すぎた。
「魔王とは、悪事を働くためにいるわけでは無いのです。
先程も言った通り、瘴気のコントロールや魔界の統率、魔族を守ることなどが魔王様のお仕事です。
なにも第三兵団の兵長を辞めてほしいと頼んでいるわけではありません。
兼業で良いのです。兼業で魔王様をやっていただけませんか!?
それほどまでに貴方は強い!貴方にしか頼めません」
「さっきから魔王魔王と嘯いているが……、なぜ貴様にその決定権がある。
魔王など貴様のような個人が勝手に決められるものではないだろう」
「いえ、僕個人が決めたことではありません」
「何」
部屋の扉がギイイーッと音を立てて開いた。
「ウワッ」
ドサドサッと音を立てて何やら人が崩れ落ちた。
「お前たち……聞き耳を立てていたのか」
「だって~~、エクスが覗かれたら怒るんじゃないかと思って、それで」
驚いた様子のエクストレイルに答えたのはいやに露出の激しい女の子だった。
「痛い!!退いてくれ」
「俺だって重てーよ、誰だ上に乗ってんの」
「失礼ね!アタシよ!!」
オークと思わしき緑の肌の大男と、耳と尻尾の生えた狼男、そして露出の激しいボンキュッボンの体形をしたサキュバスがドアの向こうから一斉になだれ込んできた。
エクストレイルは呆れたようにハアとため息をついたが、次の瞬間にはバリヤに向き直った。
「彼らは魔王城に仕える貴族の仲間たちです。
仲間と共に貴方を魔王にすることに決めました。
今回勇者を召喚するところまで行って初めて僕らは、魔王がいないことで世界に迷惑をかけていることに気が付いたんです。
貴方には知能も剣術も魔力も全てが備わっている。スライムだって構わない。
ただ魔王になってほしいだけなんです。そして世界へ悪影響を及ぼさないように魔界を統率してほしいのです」
「世界に悪影響を及ぼさないように……」
巡が反復して呟いた。
魔王と言えば、勇者と対峙して世界を悪に陥れる極悪な印象を持っていた。
が、エクストレイルの話によれば魔王は魔界を統率し世界との均衡を保つ存在とでも言おうか、なかなか居なくては困る存在のようだった。
「バリヤさん……」
「なんだ」
「バリヤさんは、ザックさんの傍に居ないとザックさんが魔力暴走を起こして魔王にでもなってしまうんですよね?」
「そうだ。だから俺はザックの魔力の器として魔力を喰っている。メグルもそれに一役買っている」
「バリヤさんは、自分が魔王になるのとザックさんが魔王になるのだったらどっちがいいと思うんですか?」
「は?」
「いや……どうせどっちかが魔王になるなら、ご自分で決められた方が良いかなと」
「どっちも魔王にはならないという選択肢はないのか」
「でも、とっても困ってそうですよ。それにここ、異世界じゃないっていうし。俺、居るなら平和な世界に住みたいんです」
「メグル……」
巡はエクストレイルの話を聞いているうちにザックかバリヤのどちらかが魔王になるのだと思うようになった。
なぜなら魔王は悪者ではない。
RPGの世界ならいざ知らず、この世界ではともかくそうなのだろう。
「帰るぞ」
「えッッ」
よっこらしょと腕の中に抱いていた巡をバリヤはお姫様抱っこのように抱えなおした。
「待ってください!バリヤ様、いや魔王様!!僕たちを見捨てるんですか!?」
「知らん」
「魔王様がいないと世界へ悪影響が出てしまうんです!!」
「貴様らのうちの誰かが魔王になれば良い」
「そのような器の持ち主はここにはおりません!生まれてこの方、ずっと魔王城にお仕えしてきたんです。魔王様の誕生を願いながら!!
やっと見つけた魔王様の器たりえるスライム……バリヤ様が良いのです!!」
「では聞くが」
バリヤは巡を抱えたままエクストレイルに向き直った。
「俺は魔力を補給しなければ今のように高い魔力を保つことはできない。
それは貴族との大きな違いだ。
魔力量が貴族を下回ることがあっても誰も何も不満を持たずただのスライムに付いて行くことができるか?
貴族である貴様らだけでなく、魔界に居る魔族やモンスター全員がだ」
「そ、それは……」
「魔力暴走を起こしたザックが魔王になるのは駄目なのか」
「理性のない魔王様はちょっと……。バリヤ様の方がザック様より魔王に適任であると判断した次第です」
「そうか」
バリヤは一旦考えるそぶりを見せたが、首を縦には振らなかった。
「一旦持ち帰ってザックに相談してみよう。それでは駄目か」
「ま、待っ……」
「駄目ならこの話は終わりだ」
「いえ、ぜひご相談を!!」
かくしてバリヤと巡は一度ザックの元へ帰ることとなった。
「ちょっと、簡単に返しちゃって大丈夫なの?もう来ないつもりかも……」
「大丈夫だよ、僕が付いて行く」
サキュバスの言葉にエクストレイルが答える。
「任せたぞ、エクストレイル」
「いい結果を待ってるぜ」
オークと狼男もそれに続いた。
巡とバリヤはバリヤの移転魔法により就任式が行われた会場へ再び戻ってきた。
もうその場には人っ子一人残っておらず、取り敢えずザックの部屋へ向かうことにする。
そうするとザックの部屋にはミウェンとザックが二人で待っていた。
「魔王!?やりたいやりたいやりた~~い!!!」
先程の話を聞いたザックの反応はこれだった。
「正気か貴様」
バリヤの冷静な言葉にもめげずにザックは好奇心旺盛に答えた。
「うん。魔王になれるならなってみたいよ。世界の理に反するから、魔力暴走を起こさないように努めてきたけど、勇者に退治されちゃうような存在じゃないならなりたいな。
だって僕って魔力が大きすぎるし、世界の役に立てるならそれでいいじゃないか」
どうも釈然としないバリヤにザックはなおも畳みかける。
「それに、魔王になったらその地位を使って色んな魔族を生態研究できるんじゃないかな。僕、研究の為なら魔王になっても良いって思うよ」
「却下だ。貴様は悪意はないかもしれないが思想が邪悪すぎる」
「じゃあバリヤが魔王になりなよ!!僕は魔王の持ち主として魔界で研究させてもらうよ」
「……!!」
一同が思わず息をのんだ。
ザックは無邪気で悪意は無いのだが、なんだか危険思想なのだ。
魔王になろうがならまいが、魔界の生物の研究をしたいという純粋で大きな欲を感じる。
「ザック。いくら魔族やモンスターが相手でも奴らも生きている。そんなことの為に俺に魔王になれというのか」
「そうだよ。それに、話を聞く限り、僕かバリヤが魔王にならないと魔界の瘴気のコントロールだってまだできないんでしょ。
僕らのうちのどっちかが魔王になって魔界も世界も助かるなら、魔王になるべきだよ」
「俺はザックの傍から離れられない。メグルとも離れたくない。第三兵団のこともある」
「兼業で良いんでしょ?度々こっちにも戻ってきなよ。僕も魔力が溜まると困るし。第三兵団にはアノマさんが副兵長として居るじゃないか」
「メグルはどうする」
「連れていきなよ。恋人なんでしょ」
応酬のあと、ザックはバリヤに何の悪気もなく言い放った。
「バリヤ、君の持ち主として命令するよ。君、魔王になりなよ」
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