第20話
勇者の騎士団長就任式はバリヤとアノマの決戦の次の日にはもう行われた。
第一兵団から第三兵団まで全ての騎士たちが整列し、魔導士たち、神官たちも合わせてずらっと並んでいた。
バリヤは第三兵団の先頭に、ザックは魔導士たちの中に、巡とミウェンは神官たちの中に紛れて整列をしていた。
アノマは第三兵団所属となり、一端の騎士として国に仕えることになる。
国王が勇者の前に大きな椅子を構え、どっしりと座っている。
「タント=ダイカーを騎士団長に任命する」
国王の命令に勇者が小さく敬礼する。
ウオオオと会場で歓声が上がった。
「前騎士団長は騎士団長の印をタント=ダイカーへ授与せよ」
アノマが自分の胸元に付けていた勲章のバッヂを勇者の胸元に付け替える。
またしても会場で歓声が上がった。
「アノマ=コペンよ。今までの功績、ご苦労であった。これからは第三兵団の一員として精を出したまえ」
「ありがたく存じます」
そこで声をあげたのはバリヤだった。
「国王様、提案がございます」
「申してみよ」
ざわつく会場の中で、バリヤは先日却下された案を国王に聞かせた。
「私バリヤ=オノルタは、魔導士ザック=オノルタの魔力の器であるメグルの護衛をしております。兼任する中では第三兵団の兵長として任務が全うできない時もあるでしょう。そこで、アノマ=コペン氏を第三兵団の副兵長に任命したいと考えております」
「副兵長か」
「はい。ぜひご了承願いたい」
「よし、では前騎士団長アノマ=コペンよ、第三兵団の副兵長として任務を全うするように」
本来アルストリウルスに副兵長という役職は無い。前代未聞の提案に、会場はシンとしていたが、一度決定するとまたしても歓声が溢れた。
国王の側近が「そんな、軽率に……!」などと慌てているが、国王はアノマが副兵長になることに不満は無いようだった。
就任式が終わると、バリヤの元にザック、ミウェンと共に巡は身を寄せた。
「バリヤ、初めからこうするつもりだったのかい」
「ああ。兵長を辞めるつもりはないが第三兵団に付ききりではメグルを守れない。メグルの傍に居るためだ」
昨日、アノマに勝ったバリヤは巡にキスをした。
巡のことを好きになったらしてくれと頼んでいたキス。
バリヤは本格的に巡の護衛としての役割を果たすつもりらしかった。
「それは、立派ですね」
突然背後から声がした。
振り向くとそこにはエルフのザック同様耳の尖がった青年が立っていた。
「エクストレイル」
ザックが呟く。
「誰だ」
バリヤの問いに、エクストレイルと呼ばれた青年はゆるく腰を折って礼をした。
「エクストレイル=ナーコと申します。ザック様とは勇者様との遠征で一緒になりました」
「神官か」
「ええ」
「エクストレイル殿」
ミウェンは顔見知りであるらしく、知った風にその名を呼んだ。
「この子は魔族の吸血種なんだ。魔族の名門貴族で、僕ほどじゃないけど魔力が高い」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
巡の挨拶にエクストレイルは「よろしく」と微笑んだ。
「で、要件はなんだ」
「それは――」
エクストレイルはバリヤの質問に答えるような素振りを見せたが、辞めたかのように掌を上に向けた。
掌には魔石が一つ握られている。
バリヤから巡が貰ったものと同じように、魔法が入った魔石のようだった。
エクストレイルが魔石の魔法を発動する。
「「「えっ」」」
一同は驚いた。
バリヤの足元に魔法陣が数個並んだ。
召喚魔法陣のようにズズズとバリヤが飲み込まれていく。
「何の真似だ、貴様」
引き込まれそうになりながらも片足を地面に引っ掛け抜け出そうとするバリヤにエクストレイルは「無駄ですよ」と呟く。
逃げ場があるかと思われた地面に魔法陣は増え、ズブズブと足場があちら側に引き込まれる。逃げ場が無くなっていく。
「バリヤさん!!」
巡はとっさにバリヤの元へ駆け寄った。
バリヤと共に巡も魔法陣へ呑み込まれていく。
「バリヤ!!」
「メグル殿!!」
ザックとミウェンの叫び声を最後に、バリヤと巡は魔法陣に完全に呑み込まれた。
エクストレイルも後を追うようにして魔法陣を展開し、魔法陣の中へ消えていった。
「どこだ、ここは」
バリヤは巡を腕の中で守りながら辺りを見渡した。
静けさと灰に満ちたがらんどうの部屋に転送されたようだった。
「また異世界に……来ちゃったんですかね??」
巡の疑問に答えたのは先程ぶりの新しい声だった。
「いいえ、異世界などではありませんよ。ここは魔界です」
「エ……エクストレイルさん!」
またしても異世界トリップしてしまったのかと危惧していた巡はその答えに少し安心する。
「貴様……」
巡を腕にすらりと剣を引き抜こうとしたバリヤに、エクストレイルが慌てたように言い訳を並べた。
「ちょ、ちょっと待ってください。何も危害を加えようというわけではないのです。こちらは僕の実家なんですよ」
「じ……実家??」
話が見えてこない。
聞き返すと、エクストレイルは己の生い立ちを話し出した。
「はい。
僕の実家は魔族の名門貴族です。僕は、魔界出身なのです。
貴族として魔王城に勤めていた両親と共にここで育ち、3年前、16の時に神官を志して普通の世界へとやってきました。
そしてここは、両親が住み込みで働いていた……魔王城です」
「魔王城!?」
「先程バリヤ様に掛けた魔法は召喚魔法ではありません。ただの移転魔法です。余計な副産物も付いてきましたが……」
「副産物て」
確実に巡のことである。
エクストレイルは更に続けた。
「貴族として魔王城での仕事はあるものの、魔界は大きな、深刻な問題を抱えていました。
それがなんだかお分かりですか?」
「……」
答えがわからず黙りこくるバリヤと巡。
構わずにエクストレイルは続けた。
「魔界にはここ数十年は、魔王様がいらっしゃらないのです。僕が生まれる前からのことなので、もうどれくらいいらっしゃらないのかはわかりませんが……」
「そ……そういえば、バリヤさんも以前この世界に魔王はいないって言ってましたよね?」
「……ああ」
「そうなのです。魔界を整備するために貴族たちは魔王城で働き続けているのに、肝心の魔王様がいらっしゃらないのです。
それでも今まではどうにか世の中も回ってきました。
しかし最近は瘴気の浸食を抑えられず、結果的に世界は勇者召喚に踏み切りました。
瘴気の浸食をコントロールするのも、魔界の統率をとるのも魔王様のお役目ですが、なにぶんいらっしゃらないものですから」
「……それでなぜ俺達がこんなところへ連れてこられた」
バリヤが不機嫌そうにエクストレイルへ聞く。
「いえ、お連れしたかったのはバリヤ様のみですが」
「それはどうでもいい。理由だけ教えろ。俺はメグルの傍にも居なければならないがザックの傍にも居なければならない」
そう、魔力の器であるのは巡のみでなく、バリヤもそうなのだった。
ザックからは先日試合前に半分も魔力を受け取ったばかりなのでまだ魔力暴走の心配はないだろうが、それでも魔力の器として心配なのだろう。
ザックの魔力が回復する前にここから元居た場所へと帰らなければならなかった。
「アノマ様とのご試合、拝見いたしました。そして、スライムという魔界の生き物であるバリヤ様だからこそ、やっていただきたい。
バリヤ様、貴方こそが我らが魔王に相応しい」
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