第19話
バリヤとアノマの試合は、野外の訓練場で行われるとのことだった。
普段は第一兵団、第二兵団、第三兵団の区域と区切られているところを全面使用するらしい。
騎士団長の降格がかかっている試合とあってギャラリーもとい野次馬が沢山押しかけていた。
「……その魔力量は、反則じゃないかい?」
「反則なんてないよ、アノマさん」
若干引き気味のアノマに答えたのはザックだ。
バリヤはフルチャージした魔力を剣に宿しながらブンブンと剣を振るった。
「試合で私は、殺されるのかな?」
「アノマさんともあろうものが随分弱気だね。そういう作戦?」
「いや、本気だよ。降格しても死にはしないけど試合で殺されたら元も子も無いからね。どうしようね」
「本気でやればアノマさんなら互角でしょ」
「買いかぶってくれちゃって、ありがたいね。騎士団長名誉に尽きるよ。それも今日までの話だが」
国王や王族、勇者のタントは城の物見台から試合を見物するようだった。
たしかに魔力に制限なく試合を行うのであれば辺りの建物の壁の崩壊や地割れも懸念して遠く離れたところから見物した方が良いだろう。
アノマは既に覚悟を決めているようだった。
勝っても負けても、アノマにとっては降格は免れないのだ。
それが兵長になるか、一騎士として所属することになるかのどちらかなだけだ。
この試合を取り仕切るのはまたもや神官だ。
この国では勇者召喚のときもそうだが、ことあるごとに神官が出てくる。
事を行う自体は魔導士や騎士の役目だが、その産物を引き取るのは神官たちの役目なのである。
「ミウェンさんは、あちらに行かなくてもいいんですか?」
巡とミウェンは野次馬たちに混じってバリヤたちを遠巻きに眺めていた。
巡の疑問にミウェンは答える。
「私はメグル殿の側役ですから、今日のお祈りには参加しないのです」
「お祈り?なにか祈るんですか?」
「死者が出ませんようにと、騎士たちが無事でありますように。双方への祈りです。怪我人が出れば治すのは神官の役目です」
祈りは神官の仕事。
そして何事にも祈りというのは付いて回るものらしかった。
ミウェンはキュア魔法が得意と言っていたし、やはり神官は治癒を行うヒーラー的な役回りも受け持っているらしい。
「こんなに野次馬が沢山いるのに、無事で済むんでしょうか」
「まぁまず無理でしょうね。辺りを巻き込んで負傷者は必ず出るでしょう」
「うわぁ……」
「大丈夫ですよ。キュア魔法がありますから」
わかっていても、魔法に馴染みのない巡の感覚ではとても大丈夫とは思えない。
「死者を蘇生する魔法はありませんから、今日もどちらかの負けをジャッジするために神官がいます。
死ぬ前に勝ち負けの判定を付けるんです」
「お……おお……よかった……」
実は巡はこの世界に来てから、というか一度目の世界に飛ばされた時から自分以外の死者というものを見たことも感じたこともない。
怪我人にも死者にも免疫が無いのだ。
神官は遠巻きに見るどころか戦闘を間近で見ていなければならないようだがそれは大丈夫なのだろうか。
「皆さんバリア魔法を使用されますから大丈夫ですよ。観客たちもです」
「な、なるほど」
バリア魔法の存在を忘れていた。
魔導士たちにさらわれた時もミウェンと巡を助けてくれた魔法である。
この国の騎士たちは魔法も交えながら戦うようであるから、当然バリアも張るだろう。
魔導士たちは自分の座り込んだ場所に魔法陣を描き、独自の観客スペースを作り上げている者もいる。
巡が思っているよりも案外、皆各々万全の対策をとって観戦に望んでいるようだった。
「メグル殿の魔石の中にはバリヤ様が防御魔法を沢山入れてくださっているのですよね?」
「はい。俺自身は魔法を使えませんが、魔石に魔力を流すと魔法が出てきます」
「では今日も巻き添えになりそうでしたらその魔石をお使いになられると良いと思いますよ。採掘で見つけた魔道具の魔法陣にはキュア魔法が描かれているようでしたから、メグル殿は神官と同等の事がもう十分できますよ」
バリヤが居なくても最低限の救済はもう身に着けていたということだ。
「俺も、神官の皆さんみたいにやれますかね?」
「それはこれから、試合が始まってみてからでないとわかりません。気を抜かずに、目を離さないでくださいね」
「はい。ミウェンさんも、無事で」
「ええ。いざとなったらこのミウェンがバリア魔法もキュア魔法も駆使して見せますから、ご安心ください」
そこへザックが合流した。
「君たち、ここで見るのかい?バリア魔法の魔法陣を地面に描いておいてあげるよ」
ザリザリとザックは地面に魔法陣を描いていく。
ミウェンと巡、ザックはその魔法陣の中に入った。
「こうすればこの中に居れば安全だよ。でも魔法陣のどこかが砂嵐なんかで消えちゃうと魔法が効かなくなっちゃうから、早めに逃げてね」
バリヤとアノマの試合はもうじき始まるようだった。
審判の神官が二人の間で片腕を上げる。
「正々堂々と、逃げも隠れもせず戦うことをここに誓って」
審判の言葉に、バリヤとアノマが互いに礼をする。
「用意、始め」
審判が号令を発した瞬間、バリヤが飛び上がりアノマから距離をとった。
お互いに剣に魔力を宿し、魔剣を振りかざす。
バリヤが魔力の刃でアノマを切り付け、アノマは刃をするすると避けた。
バリヤとの距離を縮めるアノマ。
魔法を詠唱しだしたバリヤは後ろに飛びのきながらアノマとの距離をとっていく。
水魔法の水の渦がアノマに迫る。
アノマはバリアを張って水魔法を防御した。
火魔法がボウッと地面を伝ってアノマの方へと向かっていく。追跡され、バリヤの方に向かっていたアノマは火を避けて一歩下がった。
水魔法でバリヤの火を鎮火する。
間髪入れずに魔力の刃をヒュンヒュンと飛ばすバリヤ。
それも難なく避けるアノマ。
避けながら距離を詰めるアノマは土魔法でバリヤの後ろに地面から壁を作りバリヤの行き場をなくした。
「魔力量からして、そうそう遠くから攻撃できないもんでね」
距離を詰めたアノマが魔力を宿した剣でバリヤを切りつける。
バリヤも剣で応戦し、互いの刃を交えた。
ガキンと刃と刃がぶつかる音がする。
暫くキン、キンと刃のぶつかる音がしていたがバリヤが壁を横へ抜けて脱出した。
追いかけようとするアノマの前に土魔法で壁を作り足止めをする。
アノマは一瞬で壁を切り崩して追いかけた。
また後ろへ飛ぼうとするバリヤを風魔法で自分の方へとアノマは運んだ。
ビュウビュウと風に飛ばされる途中でもバリヤは魔力の刃でアノマを切り付け続け、アノマはそれを避け続けた。
しかし球数が多くなり避けきれなかった分が頬をかすめ、血が滲んだ。
再び距離を詰めたアノマは風魔法にバリヤを巻き込みながらも魔力を宿した剣を付きだしていく。
バリヤはといえば竜巻のような風魔法に巻き込まれて上手く体が動かせない。
そこにアノマが剣でズバッと上から下まで切りつけた。
ギャラリーがおおっと声をあげる。
と、切り付けられたバリヤがベロンと二つに分裂した。
人型の切り付けられた太刀筋のまま二つに分裂しているのでいささか不気味なビジュアルだが、人間に変身しているとはいえ攻撃されるとスライムらしい。
「き……気持ちわるッ」
「バケモンじゃねーか!!」
客席からの野次が飛ぶ。
二つに分裂してしまったので一人の時より小柄にはなるが、バリヤは変身魔法を使いそれぞれきちんと二人に変身しなおした。
「バ……バリヤ兵長が二人!!」
「そんなのアリかよ!!」
ギャラリーが騒いだ。
「アリに決まってる!分裂しちゃいけないってルールはないよ!」
盛り上がるザック。
「くそ……合体している暇がない」
バリヤは剣を持っている方の身体で剣術と手持無沙汰な方の身体で魔法、二手に別れて攻撃することにした。
アノマはバリヤが二手に別れたせいでピンチに陥っていた。
一人相手なら隙もできるが2対1では同時に攻撃されるとなす術がない。
というか、斬っても刺してもスライムだからと痛手を負わないのであれば、アノマだけが消耗していきバリヤは魔力でずっと元気に動き回れることになる。
しかも見たところ、バリヤは人間に変身している割に魔力生命体だからか息の一つも上がっていない。
どう考えてもアノマに不利だった。
通常のスライム相手なら、平民でも魔力で消し去ることで退治できるのだが、目の前のスライムはあまりにも魔力量が高すぎて魔力で消し飛ばすということができないのだ。
大方アノマの全魔力を使って二人のうちどちらかを消し飛ばせるだろう、くらいのものだった。
土魔法で生き埋めにできないかと土砂をバリヤの上に降らせてみるものの、見事に避けられてしまう。
火魔法が今度は空気中でアノマを追跡して発生した。
バリアで無効化しながら片方のバリヤとの距離を詰めるアノマ。
バリヤとの距離を詰めたアノマの後方からもう一人のバリヤが挟み撃ちに来た。
「ハアーッ!!」
アノマは円を描くように前と後ろ両方に太刀筋を描いた。
剣を持っている方のバリヤは剣で防ぎ、魔法を使う方のバリヤはバリアを張って吹き飛ばされた。
ガインとまた刃と刃がぶつかる音がする。
斬っても刺しても所詮スライム、効かないのだから魔法で勝負するほかない。
アノマはその場を脱出し、二人両方のバリヤを竜巻の風魔法で飛ばした。
バリヤは飛ばされたままぐるぐると周り、全方向に向かって魔力の刃で切り付けた。
訓練場の全方位にバリヤの魔力の刃が切り付けられる。
野次馬たちの悲鳴が上がり、各方面でバリアが張られた。
が、竜巻が激しくなり、バリヤの魔力の刃が360度全てに更に強く及ぶようになり、会場は竜巻と魔力の刃でボロボロになった。
「魔法陣が限界だ。ミウェン、バリアを張るよ」
「はい!」
ザックがミウェンに声をかけ、バリアを張る。
アノマはバリアで魔力の刃を無効化していたものの、竜巻を作るのに使う魔力を消耗しすぎて既に息が上がっていた。
魔法を使う方のバリヤがバリアで竜巻を無効化し、もう一人の自分の魔力の刃をもバリアで防御しながらアノマを火魔法で追跡した。
散々走らされ、魔力の消耗も激しいアノマは火に捕まり騎士団のジャケットが火だるまになる。
「うわあああ!!」
竜巻は止み、剣を持ったバリヤがアノマの元へギュンと飛んだ。
火に包まれるアノマを更に剣でとどめを刺そうとするバリヤ。
「終了!!
バリヤ兵長の勝利!!
バリヤ=オノルタはその剣を治めなさい。
神官は直ちにアノマ騎士団長の救護を!!」
うおおー!!と野次馬たちから歓声が上がる。
神官たちが全身火傷を負うアノマを担架で運んでいき、一斉にキュア魔法を掛けだした。
みるみるうちにアノマの怪我が治ってゆく。
バリヤは二人でくっ付いて馴染み、再び一人へと合体した。
キョロキョロと辺りを見回すバリヤ。
巡を見つけると、まっすぐにその足でこちらへ向かってきた。
「バリヤさん」
「勝ったぞ」
グイっと顎を持ち上げられる。
約束通り勝利を手にしたバリヤは巡に深くキスをした。
「当然だね。僕のスライムだもの」
その光景ににっこりと笑みを浮かべながら、ザックが誇らしげに言った。
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