第17話

 ザックは巡とバリヤをじっと見つめ、呟いた。

 

「僕の魔力はもうだいぶ戻りつつあるけど、巡の魔力も大方回復しかけているね。

 試合までにバリヤに巡と僕の魔力を、バリヤの魔力の器ギリギリまで明け渡そう」

「そんなこと、してもいいんですか。騎士団長さんに不利になりすぎませんか」


 問うた巡に、ザックは厳しくも言い放った。

 

「良いに決まってるじゃないか。試合は試合だし、これは反則じゃないよ。僕は僕の魔力の受け皿を国に認めてもらうために、昔はバリヤに地位を与えたかったんだ。それで第三兵団に所属させた。結果、兵長になって6年も経った。今更バリヤが兵長じゃなくなって困るのはバリヤだけじゃない、僕も同じなんだよ。

 魔力を受け入れる、魔石の殻以外の器を作ったことで僕は国に認められ、バリヤが兵長になったことで僕は更に躍進した。僕の持ち物が人間に負けると僕の地位まで失われるのと変わりないからね」

「そ、そんな……」


 勇者がこの世界に来ただけで、ここまで色んな事情が変わってしまうとは。

 

 巡は自分が来た時とは大違いの現状に身震いした。

 

 勇者とは、それほど大きな力を持った存在だということだ。

 聖剣の儀で剣が抜けなかった時からわかっていたことだったが、勇者は誰に守られなくても大きな地位を手にすることができ、自分の力で生き抜くことができる。

 

 巡は、誰を競わせることこそなくとも、居てもいなくても変わらないような役職をラッキーで貰って、バリヤに守られながらただ生きているだけだった。

 

 そして、どこか悠々自適な雰囲気のザックも魔導士の端くれであることをなんとなく呑み込めた。

 

 巡とミウェンを拉致した魔導士たちもそうだったが、魔導士にとってそのくらい、功績をあげるというのは大事なことで、失くすと大変なものなのだろう。

 いつもはただニコニコしているエルフというだけのザックが、ここまでバリヤの勝利に執着するとは思ってもいなかった。

 

「メグル殿、大丈夫ですか?」

 ザックの気迫に気圧される巡だが、ミウェンの気遣いにうんと頷いた。

「はい。ザックさんのいう通りにしましょう。俺も魔力の受け渡しには慣れてきました」

「ありがとう、メグル」


 ザックは静かに礼を述べた。

 

「じゃあそういうことだから、試合の前日には僕らの魔力を喰っておくれよ、バリヤ」

「ああ、助かる。魔力さえあれば俺は魔法も魔力も人一倍強い」

「うんうん、その調子で勝ってくれよ。期待してるよバリヤ~」

「ああ」






 バリヤはその夜から、巡に添い寝することはなくなった。

 一晩中起きていて、まだ覚えていない魔法や剣術を読み込んでいるようだった。

 アノマの剣術の研究も行っているようで、ザックから映像を見れる水晶玉を受け取り、何度も繰り返しシュミレーションしているようだった。

 

 巡はといえば、異世界召喚を止める方法も回避する方法も思い浮かばず、アルストリウルス語の挨拶や簡単な単語を覚えては繰り返し反復練習に励むのみだった。

 

「じゃあバリヤ。僕の魔力、半分持って行っていいよ。残りはメグルに貰いな」

「ああ」


 デロンとスライムに変身したバリヤがまた180㎝を超えるエルフを覆い尽くした。

 今度は前回よりも現状保有している魔力が少ないからか、薄く引き延ばされている。

 

「うぼぼぼぼ」

「溺れてる溺れてる!!」

「またもや!!」


 溺れているというよりは顔面に引き延ばされたスライムが引っ付いて窒息しかけていたが、やっとのことでバリヤがザックから魔力を喰った。

 

 薄く引き伸ばされていたスライムはザックの魔力を喰って太くなり、その体積を増やした。

 

「僕も魔力はまだ全快じゃないから、半分しかあげれないけど、メグル、よろしく頼むよ」

「わ、わかりました」


 スライムでベトベトのザックによろしくされ、了承する。

 

「メグルから魔力を貰うということは、俺だけ快感を浴びるということだ。今度は一緒に快楽を得られるようにしたい」

「えっ……」


 そこでバリヤが突拍子もないことを言い出した。

 

 そう、魔力は異世界の魔力を身体に巡らせたときに快楽が走るのだ。

 つまり今回は巡はなんともなく事を終えられるはずで、バリヤだけが快楽を得て魔力を受け入れる事になるはずだった。

 

「いいんじゃない?メグルから魔力を貰う時は人型なんでしょ」

 他人事のように賛成するザックに、ミウェンが顔を赤くして「わ、私もそれが良いと思いますよ」などと雑に賛成する。

 

「い、いや俺は、大丈夫です」

「大丈夫じゃないのは君じゃなくてバリヤだよ。この間聞いたよね?一人で気持ちよくなるのは悲しくないかってさ。バリヤは一人じゃ嫌なんでしょ」

「スライムにそんな感情あるんですか!?」

「俺は自我のあるスライムだ。そしてザックの言ったとおりだ」


 バリヤは巡の右手を持ち上げて、手の甲にキスをした。

 

「魔力を貰う礼に、とびきり気持ちよくしてやる」

 ヒュッと喉が鳴る。

「そ、そんな……」

「メグルは、嫌か」

「い、嫌じゃ……ないですけど」

「けど?」

 聞き返すザックに巡は懸命に言い返す。

 

「俺、前も言いましたよね。二人でそういうことをするなら、気持ちが伴ってないと嫌だって。俺のことを好きになったら、してくださいって。バリヤさんは別に俺のこと、好きじゃないでしょう。

 それに、魔力を受け入れるのは俺かバリヤさんじゃなきゃ駄目かもしれないけど、魔力をあげるなら誰でも良いんですよね。だったら他の人に魔力をもらえばいいんじゃないですか」

 

「好きとはどういう感情だ」


 バリヤが堂々と聞いた。

 

「……馬鹿野郎ですか!!」

 大きな声を吐き出した巡に、バリヤは更に続けた。

「魔力を貰うのは、メグルでないといけない。この世界の生き物は自分の許容量の魔力を回復、消費しながら生きているが、メグルだけは魔力の消費が無い。魔法や魔力を使わないからだ。だからメグルから魔力を貰うべきだ」

「……そうだったんですか」

「そうだ。それに俺は、メグルが良い」

「は」

「魔力を受け渡したり貰ったりするのなら、俺はメグルとが良い」

「……!!」


 このスライムは一体何を言っているのかわかっているのだろうか。

 

「そんなの……ひな鳥が初めて見たものを親と思うのと一緒ですよ。

 バリヤさんは俺から魔力を受け取った時に初めて快楽を知って、だから俺じゃないと駄目だと思ってるだけです」

 

 言っていて悲しくなってくるが、そうとしか思えなかった。

 バリヤが巡に好意を示しだしたのは、はっきり言って巡から魔力を受け取って分裂したあの日のあの時からだったからだ。

 

「どうすれば信じてもらえる」


 真剣な顔でバリヤが巡の顔を覗き込んだ。

 

「勝ちなよ」


 ザックが言った。

 

「メグルからもらった魔力で、絶対に勝ちなよ。

 メグルの魔力があればバリヤは強くなれるんだって、百人力になるんだって、証明しなよ」

 

「ああ。……メグル。魔力を、俺にくれ。絶対に勝ってみせる」

「……」

「メグルは、どうなのさ」

「メグル殿……」


 ザックとミウェンが心配そうに巡を見た。

 

「わかりました。

 その代わり……今日はザックさんの部屋じゃなくて、バリヤさんの部屋が良いです。

 いつも寝てるベッドで……。」

 

「わかった。肌の触れ合う面積を増やして、首を噛む。

 痕が残るが我慢しろ」

「はい」

「安心しろ。メグルが嫌がることは……しない」


 バリヤが巡の腕を引き、腕の中へ抱きとめた。

 

 

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