第16話
「あっ、そうだ」
巡は思い出したかのようにハッとした。
「こ……コンニチワ」
「あれ?」
「これは……」
「アルストリウルス語だ」
ザックが首を捻り、ミウェンが呟き、バリヤが答えを口にした。
アルストリウルスはこの世界で一番大きな国だ。
一つの国の中でも沢山の言語があるらしいが、首都で話されているアルストリウルス語の挨拶を、昨日巡は覚えたのだ。
「すごい!いつも話している感覚と全然違う!どうしてこの国の言葉を話せるんだい?」
バリヤが昨日あったいきさつをザックに話した。
ザックのライバルの魔導士たちに連れ去られたこと。
バリヤは第三兵団の仕事があること。
巡が魔法を覚えるためにアルストリウルスの言語を勉強しなければならないこと。
「なるほど……。たしかにメグルも勇者も、違う世界から来たというわりに最初から会話ができたもんなぁ。
じゃあこの世界に何の力が働いて翻訳されているんだろう」
研究モードに入ろうとするザックに、巡は待ったをかける。
「何故なのかはわかりませんが……、俺が魔法を覚えるのにかなり時間がかかりそうなので、一つ問題があります」
「えっ?」
「なんだい?」
キョトンとするミウェンとザック。
「俺が……またいつどこで他の世界に召喚されるかもわからないってことです。
一度目は、バリヤさんが守ってくれました。でも、これから先また召喚されそうになった時に、俺は魔法で自衛ができないんです」
「魔法かぁ……そうだよね」
「あの時はこの世界の召喚魔法を不完全な状態で重ね掛けした。結果何も召喚されることなくメグルは助かった」
バリヤの解説に、う~んとザックは悩む。
「召喚魔法を重ね掛けするのも、リスクが高いよね。
なんとかして召喚魔法を跳ね返す方法はないものかな?
と、いうか……メグルはなんでそんなに色んな世界から呼ばれがちなのか、心当たりはないのかい?」
「心当たり……と申しましても……」
元の世界には魔法なんてなく、一度目の異世界召喚からラッシュのように召喚され続けているだけで、それまでは平々凡々普通の人生を歩んできたのだ。
一度目の異世界召喚から何かが狂っていったのだとしか思えなかった。
そしてそれがなぜなのかは、わからなかった。
「例えば……名前、とかですかね」
「名前??」
「はい。
俺の名前は初崎巡……苗字は親から受け継いだものですが、巡という名前には、巡り巡って良い縁に恵まれますように、っていう願いが込められているんです。
祈りとでも、言えばいいのかな……」
「巡り巡って、とは?」
翻訳が完ぺきではないのか、ザックが尋ねる。
「色んな所を旅して、とか、色んな事を経て、とか……そういう感じの……」
「なるほど、祈りかぁ」
「はい。元の世界には魔法は無かったんですけど、俺は魔力を持っていたし」
「祈りは、私たち神官の日課でもありますね。神への祈り。天への祈り。騎士や魔導士たちへの無事を祈る祈り。魔法ではないですが、魔法のようなものです」
ミウェンが補足した。
これはザックには言えないが、もし一度目の異世界で、魔力が無かったことで死に、それを発端に魔力が巡に宿ったのだとしたら、親からの名付けの祈りが急に機能しだして色んな世界に飛び交うことになったのも納得がいく。
そして出会った頃ザックが言っていたように、巡の世界が他の世界より上位にあり、祈りや願いの優先順位が高い世界に住んでいたのだとしたら、他の世界の召喚魔法でより優先順位の高い巡が召喚される羽目になるということだろう。
「でも、ザックさんが言っていたような、優先順位の高い世界に今は居るわけではないので……」
「そっか。そこまで心配でも無いってことだね。でもまだ怖い?」
「はい」
「まず、この世界の優先順位がメグルの世界より下位なのは間違いないよ。でも、もっと下位の世界からの召喚には呼ばれかねないってことだね。
……でも、メグルの名前の由来を僕たちは知らなかったわけだけど、知ってしまったらまた祈りの力が強まってしまうんじゃないかなぁ」
「ええっ!!そんな!!ついこの間召喚されかけた所なのに!!困ります!!」
「って言われてもねぇ……。知っちゃったものは仕方ないし。
召喚を止めるか、召喚から逃げる方法を考えた方が良いね」
「た、たしかに……」
唸る巡にバリヤが言った。
「心配ない、俺がいる」
「うーん、まぁそうなんだけどさ。メグル、今日からもずっとバリヤの部屋に泊まらせてもらいなよ」
「えっ」
「そうしろ。離れていては守れない」
「いくら召喚魔法陣を持っていても、誰かに取り上げられたら終わりだからね」
「そ、そうですよね」
巡は昨日、バリヤに抱きしめられて眠ったことを思い出した。
結局あれから、バリヤは何のいたずらもすることなく朝起きるまで添い寝をしていてくれた。
睡眠の概念がないスライムにはただじっとしているだけの何時間もは暇で暇で仕様がなかったであろうが、巡のためにずっと傍に居てくれたのだ。
人間の知識や情緒を吸収したこのスライムは、存外優しい。
「そういえば、大変なことを思い出したよ」
「どうされましたか、ザック様」
「勇者がこの国の騎士団長に就任するんだって。その代わり、今の騎士団長がバリヤと第三兵団兵長の座を奪い合うことになるらしい」
「なんだそれは。俺は聞いていない」
「だってこれから発表されることだからね」
「6年も兵長を務めたのに、今更兵長の座を剥奪なんてされてたまるか」
「そりゃそうだよね。う~ん……会いに行ってみる?」
「何にだ」
「騎士団長」
「騎士団長のアノマ=コペンだ。久方ぶりだな、バリヤ=オノルタ」
騎士団長のアノマが片手をバリヤに差し出した。
バリヤはその手を握り、握手しつつも苦々し気な顔をした。
「正直に言うと、よもや降格されるとしても第一兵団か第二兵団だと思っていたよ。私の家系はギリギリ貴族なもんでね。
たしかに魔力は第三兵団と変わりないが、真剣を使わない訓練では他の奴らに負けない剣術で騎士団長の座をもぎ取ったんだ。
君と戦う羽目になるとは思わなかった」
アノマは30代後半の騎士だ。
初老というにはまだ若く、剣の腕は騎士団で一番とのことらしかった。
勇者が騎士団長になるにあたって、そのまま降格させたのでは外聞が悪いので、該当する兵長とアノマを戦わせ、勝った方を兵長とするというのが国の意向だそうだ。
それがギリギリ貴族出身のアノマでは第二兵団に降格するかと思いきや、第三兵団に所属することになったため、バリヤと戦うことになったということだった。
「君には悪いが、私もこの年にして降格させられるなんて思ってもいなかった。本気で行かせてもらうよ」
「わかりました」
バリヤが兵長になれたのは、ザックの魔力があったからだ。
バリヤはスライムの上にまだ7歳だ。剣術の駆け引きなどを考えると圧倒的に分が悪かった。
しかし、ザックの魔力を保有するバリヤは第一兵団の騎士たちとも違わないくらいの魔力を保有している。
今は勇者召喚でザックに魔力を返したばかりで全快ではないが、巡の魔力も保有していることもあって魔力だけなら騎士団長と戦っても互角かそれ以上の実力になるはずだ。
「僕のスライムをいじめないでおくれよ、アノマさん」
「それはこちらのセリフだよ。まったくどうしてこんなことになったのか」
ザックがからかうように声をかけ、アノマはそれに答えた。
騎士団長と対戦する羽目になったバリヤも運が悪いが、アノマも相当参っているようだった。
「いくら勇者様が瘴気を浄化してくれたとはいえ、第三兵団は国の第一線で戦う危険な部隊だ。私みたいな年寄りが所属する部隊ではない。上の私が気に入らない誰かの策略によるものだろう。巻き込んですまないね」
「まるでアノマさんが勝つかのような口ぶりだけれど、バリヤが勝つ可能性だってあるんだからね」
「わかっているよ。ただこの老いぼれが現実を受け入れられていないだけだ。気にしないでくれ」
アノマはハアと深くため息をついた。
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