第14話
「貴様ら、あの部屋で一体何をしていた」
「ザック様のライバルの方々につかまって、メグル殿が生態研究をされるところでした」
「ザックが居なくなって早々……」
チッとバリヤは舌打ちした。
ミウェンは後ろ手にきつく縛られていた麻紐を切り落としてもらい、両手が自由に使えるようになった。
「仕方ない。貴様らは日中は俺の傍に居ろ。メグル、晩は俺の部屋に泊まれ」
「ええっ」
驚いた巡に、バリヤは当然のように言った。
「今回のように目を離した隙を襲われると誰も助けてやれない。貴様は死にたいのか?」
「いいえ!滅相もない!!」
「ではこれからはそうしろ」
「はい!!」
とは言ったものの、巡の側役であるミウェンでさえ、神官たちの館に戻ればそれぞれの自室へ戻っていたのだ。
四六時中誰かと一緒だなんて、息が詰まる以外の何物でもなかった。
「じゃあ布団を俺の部屋から運んでおきましょうか」
巡の配慮に、バリヤは答えた。
「心配ない。俺はスライムだ。人型のまま寝ることも無ければ、睡眠が何かもよくわからない。ベッドは使っていない。お前が使え」
こんなことでスライムを実感するとは。
バリヤは睡眠を取らないらしい。そして、スライムとしてはそれは普通のことらしかった。
そしてバリヤは、先日のことを思い出したのか、ふと呟いた。
「……貴様が一人で寝ないというなら、一緒に寝たふりくらいはできる」
「そんなこと言ってません!」
これもバリヤの人間の知識のひとつなのだろうか。
人間は共に寝る。快楽を共にするような仲であればなおさら。
しかし巡とバリヤはまだそんな仲でもなければ先日巡が告白しただけで終わってしまった仲でもあった。
この堅物のスライムが、自分にキスをする日など来るのだろうか。
いや、そうとはとても思えなかった。
「俺は一人で寝ますが……バリヤさんはその間何を?」
「魔法の練習をしたり、魔力のコントロールを訓練したり本を読んだり……色々だ。人間は寝なければ学習できないが、スライムはその分空き時間が多い。たった一年で兵長になれたのも俺がスライムだからだ」
スライムが魔法の練習をしたり、本など読んで勉強をしていることの方が普通はおかしいのだが、バリヤは人間に変身しているからか妙に納得がいった。
国一番の魔導士であるザックが持ち帰ってきたスライムだからこそ、優秀に育ったのであろうことも想像に難くなかった。
「そういえば、ザックさんがバリヤさんに魔法を教えてもらえと言っていましたよね。俺も、教えてほしいです」
「そうですね。今回のようなことが他にもあれば大変ですから、単純な攻撃魔法か剣術を身につけなさった方がよろしいかと」
巡がそういえばと、先日のザックの言葉をバリヤに伝え、ミウェンも同意した。
剣術は怖いのでなるべく避けたいが、今日バリヤが剣ひとつで魔導士たちを圧倒した後ではそれは言い出せなかった。
自分の身を自分で守ることもできず、バリヤを召喚する機会を伺っていただけの自分では剣術を避けたいなどと甘えた考えを口にするのははばかられたからだ。
「そうだな。元々メグルが第三兵団に派遣されたときは、メグルに付いて訓練をする手筈だったからな。今日にでも副兵長を立てて上に何とかなるか聞いてみよう」
「ありがとうございます。それにも、俺達は付いて行くんですか?」
「当然だ」
「副兵長というのは、通常は居ないんですか?」
「いませんよ。騎士団には騎士団長が居ますが、兵長がその部下のようなものですので。魔導士の方々と兵長以上の方々は神官よりも位が高いんです。副兵長なら神官とも同等かもしれませんね」
湧いて出た疑問に、ミウェンは丁寧に答えてくれた。
二人は国の貴族たちの働く室外で待ち時間を潰していた。
魔導士の位が高いアルストリウルスでは、魔力量の大きな血筋である貴族たちが存在し、貴族はいわゆるお偉いさんとして国に仕えているのだそうだ。
魔導士の研究成果や騎士たちの功績を認めるのも貴族。または国王の血筋の王族。
それほど魔力量の多さというのはアルストリウルスでは重要で、平民たちは魔力量が少ないということらしかった。
例外があっても、その例外の魔力量の大きな人間たちは子供の頃から常軌を逸し、ゆくゆくは魔導士になるので、位の高い者たちは全て魔力の大きな人たちばかりということらしかった。
「ザック様は魔導士のトップですから、その魔力を大量に保有するバリヤ様も地位が上がりやすいのです」
「へー……そうなんですね。俺は第三兵団の騎士達と同じくらいの魔力量だってバリヤさんが言ってましたけど」
「でしたら我々神官と同じくらいのものですね。第一兵団や第二兵団は、元々魔力量が多くて安定している貴族や王族の方々が所属する部隊ですから滅多に地位の変動がありませんけど、第三兵団なら副兵長の案もすぐに可決するでしょう」
「やっぱり、魔力の受け皿にされるくらいだから、元々の魔力量は満杯ってわけじゃないんですね」
「多くはないというだけで、平民の方々と比べれば少なくはありませんよ。受け皿としては追加で魔力を入れるのに困らない分量というくらいです」
「魔力量の大きさっていうのは、目に見える者なんですか?ザックさんやバリヤさんは見ただけでそう言ってましたが」
「見えるというより、感じるものですね。これはメグル殿が異世界人だからわかりにくいのかもしれません」
ガチャリと扉が開き、バリヤが室内から出てきた。
「どうでしたか?」
ミウェンの声にバリヤは首を横に振った。
「えっ」
「駄目だったんですか」
「ああ」
何故!?とミウェンが声を上げると、バリヤは巡に向かって何かを呟いた。
「今のは何と聞こえた」
「えっ……何を言っているかわかりませんでした」
再度、もう一度同じ言葉をバリヤが紡ぐ。
巡には、何を言っているかわからなかった。
「バリアの魔法の呪文ですよね。それがどうかしたのですか?」
ミウェンがバリヤに訊くと、バリヤは自身の右手を巡に見せた。
巡とミウェンを守ったバリア魔法が、バリヤの右手に施してあるのが見てとれた。
「これは、この国の言葉だ。
魔術は全て言葉を理解しないと使えない。
メグルは最初からなぜか俺達と会話ができていたが、本当はこの国の言葉がわかって会話ができているわけではないのだろう。
魔法を教えると言ったら異世界人はこの世界の言葉がわかるのかと聞かれた。おそらく答えはノーだ。
メグルは元の世界の言葉のままでは魔法が使えない。この国の言葉を覚えることから始めなければいけない」
「だ……だから却下されたんですか!?」
「ああ。先に読み書きの練習をさせてから魔法の練習をさせろと言われた」
「なるほど……たしかに俺、なぜか最初から会話、できてますもんね……」
「魔法が使えないことよりも、俺と一緒に居られないことの方が危険だ。メグルが魔法を覚えきれなかったとしても、魔法を教えるという名目で一緒にいるだけでも話が違ったのに」
世界が違うから、巡は魔法が使えない。
今まではそう思っていた。
ただ、よく考えれば巡に魔力がついたのも元の世界でのことであろう。魔法が使える世界の言葉を知らないから魔法が使えなかっただけで、元の世界にも魔法はあったのかもしれない。
元の世界には魔法は無かった。
否、魔法が使える言語ではなかっただけともいえるだろう。
この世界では、他の国でも魔法が使えるらしい。
しかし、魔法自体はどの国でも母国語を使って魔法を行うと。魔法陣に描いてある模様も、本当は模様などではなく言語だったのだろう。
つまり、巡がアルストリウルスの言葉を勉強すればアルストリウルスの魔法が使えるようになるということだった。
「神官の私では、キュア魔法ぐらいしかわかりませんし、バリヤ様がメグル殿に付いていられないとなると……」
「安心しろ。ザックが戻るまでは一緒に居ていいと言われた。ザックが戻ればザックの所へ身を寄せていれば大抵のことは何とかなるだろう」
「状態異常の魔法くらいなら、少し齧ったことはありますが」
「それよりも読み書き、音読の練習が先だ」
バリヤは扉のネームプレートを指さし、聞いた。
「メグル、これは読めるか」
「読めません。何かの模様かなんかですか?」
「……ミウェン、貴様がメグルに読み書きを教えろ。音読もだ」
「わかりました。私、家庭教師の経験はありませんが、頑張ります」
「今日は魔導士の館には近寄るな。俺の部屋を使えばいい。図書室に寄ろう」
「ハイ」
ミウェンと共に、巡も頷いた。
図書室では、主に教科書を探した。
ミウェンが絵本を探して見せてきたが、小さな子供が読むのであろう絵本ですら、巡には一体何が書いてあるのか、絵をともに見てみても想像もつかなかった。
書き取りの練習ができるように、この国の文字が表になって付いている本を探した。
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