第13話

 ザックが勇者に同行する日がやって来た。

 なんと勇者は対モンスターへの強さを兼ね備えているだけでなく、あの聖剣さえあれば瘴気の浄化まで行えるらしい。


 ザックの部屋の前に集まった一同はザックへと別れを告げる。

「バリヤ、メグルを守ってあげてね」

「ああ」

「いってらっしゃいませ、ザック様」

 ザックの門出をバリヤとミウェンが見送る。


 巡は自分と本物の勇者との違いに圧倒的な差を感じながら、ザックを見届けた。

「お元気で……」

「いや暗ッ!!僕今日遠征に行くだけで明日には帰ってくるんだけどね!!」


 暗くなる巡にミウェンが話題を持ちかける。

「そういえばメグル殿、バリヤ様に好きになってもらうと仰ってましたが何かする予定なのですか?」

「ハッ……」

「……!?」

「忘れてた」






 ミウェンと巡は、巡がザックの魔力の受け皿としてこの国、アルストリウルスに認められた日からずっと一緒に過ごしている。

 当初ミウェンは巡のスケジュール管理などを行うと言っていたが、ザックの魔力の受け皿になったからといって他の国の、魔力の大きな人の受け皿になれと言われるようなことも無く、国に呼び出されることも無く、ミウェンとは平平凡凡な日々を共に過ごす同僚という感じだ。

 神殿に仕える者たちの館に戻れは各々自分の部屋で過ごすが、ザックの部屋を訪れたり、採掘に行ったりなど外出時は常に一緒なので巡はミウェンといる時は大きな隙ができるようになっていた。

 

 ザックが出発して間もなく。


「俺は第三兵団の訓練に戻る。何かあれば召喚しろ」

「ハイ」

「いってらっしゃいませ、バリヤ様」


 バリヤが巡たちの元を離れた。

 ミウェンと二人きりになった巡はフーっと息をつき、大きく伸びをした。


「行っちゃいましたね、ザックさん」

「そうですねぇ。メグル殿は第三兵団の訓練の見学にでも行かれますか?バリヤ様のことを知りたいでしょう?」

「えっ……まぁ、そうですね。じゃあ、行ってみようかな」

 以前、魔力の出し入れの訓練をしたときは魔力を使って訓練も行うのかと思っていたが、バリヤは全て真剣では行わない、峰打ちだと言っていた。

 怪我の沙汰にならない訓練であれば平和な日本育ちの自分でも、ショックを受けずに見れるのかもしれないと考える。

 別れたばかりでなんだが、遠くから見守るだけなら邪魔にはならないかと承諾した。


「じゃあ案内しますね。行きましょうか」

 くるりと踵を返したときだった。


「ちょっとごめんねー。君たち、異世界人と側役の神官だよね」

「ザックの魔力の受け皿をやってるっていう」


 魔導士のローブを着た人物が3人、現れた。


「なんですか、あなた達は」

 ミウェンの質問をよそに、魔導士はミウェンと巡の肩に腕を回し、通り道をふさいだ。

「異世界人の研究はザックの専売特許みたいになってるけどさ、俺たちの研究にも貢献してほしいんだよ。

 ちょっとだけでいいんだ。魔力の研究や異世界人の生態について詳しく知りたいだけなんだよ」

「異世界人の研究ですか?」

 少し興味を示したミウェンに対して、それはちょっとまずいと慌てたのは巡である。


 なぜならザックはそもそもバリヤというスライムを所持しており、自分の魔力を直接巡に流すと巡を壊してしまうかもしれないからと魔力の受け流しには必ずバリヤを介していたからだ。

 バリヤが居ないのに魔力の研究などされて壊される――もとい殺される可能性があるのに、これを断らないわけがなかった。


「いや、それはちょっと、バリヤさんが居ないと……」

「バリヤ?第三兵団の兵長か。ザックのスライムの」

「なんでここでバリヤ殿が出てくるんだ」

「バリヤ様は国王様の命で直々にメグル殿をお守りする仕事をされています」

 ミウェンが解説するが、今一つ巡を守っている理由からずれている。


「バリヤ殿が居なくても、研究に協力してくれるだけでいい。俺たちだってザックに功績をあげられてばかりじゃ魔導士として成果が出ないからこうして頼んでいるだけで、何も傷つけようってわけじゃない」

「ザックさんが……魔力量の多い人から直接魔力を流されると壊れる可能性があるって……。それでスライムのバリヤさんを通してもらわないと困るんです」

 巡が正直に話した。

 が、魔導士たちは引き下がらない。

「でも、研究報告じゃ異世界人は魔力の拒絶反応が無いっていうじゃないか。だったら大丈夫だよ」


 いや、何も大丈夫ではない。

 第三兵団に居ては命の危険に晒されるからザックの力で魔力の受け皿にしてもらったのに、まさか研究成果の対象として狙われる羽目になるとは。

 これではまた命の危機に晒されるのと何ら変わりないではないか。


「いえ、あの、ではザックさんが帰って来てから一緒に研究を」

「それじゃあ意味がないんだよ。俺たちだけでやらないと、魔導士ってのは魔法が使えて魔力量が多いだけじゃ務まらないんだ。君たち神官なんかに言ってもわからないだろうけど、ザックが居ない今しか俺たちにチャンスは無いんだよ。だからちょっとだけ協力してほしいってだけなんだけど」

「俺たちの言ってること、わかるかな?」


「いえ、ザックさんとバリヤさんが居ればいくらでも協力しますから」


「だからそれじゃあ意味が無いんだって。わからない奴だな」

「俺たち魔導士は日々競争なんだよ。そんな中で異世界人間をザックに独り占めにされちゃあこっちが困るってんだよ」

「ザックの奴はこの世界で一番の大国であるこの国アルストリウルスでも一番の魔力量を持ってる。それだけでも俺たちとは差がついてるのに、勇者との遠征までザックに指名されて、これ以上何をザックに与えようっていうんだよ。俺たちにも協力してくれよ」


「ですから、バリヤさんを介さないと俺は何も協力できることが無いんです」


「それでもいいよ。勝手にこっちが調べるからさ。君はじっとしてくれればそれでいいから」


「そ、それで殺されたらたまったもんじゃないですよ」


「なんだと。俺たちが君を殺すような真似するってのかよ。ちょっと調べるだけって言ってるじゃないか」

「もういい。連れていけ!!」


 肩を抱いていた腕はいつの間にか二人の両腕を捻り上げ、ミウェンと巡は魔導士たちの部屋へと連れ込まれた。


 ザックの部屋と変わり映えしない、数々の魔導書、部屋の床の魔法陣、実験に使われているであろう試験管などがごった返す部屋にドッと押し込まれる。


「側役の方は、適当に縛っとけ」

「ああ」

 ミウェンの腕が麻紐できつく縛られた。


「やめなさい、こんなこと!メグル殿の身に何かあれば処罰を受けるのはあなた方ですよ!」

「うるせえな、こいつは。そんなことしないって俺たちは言ってるだろ」

 ミウェンの口にグッと猿轡が噛まされた。

 ウーッと唸るミウェンだが、床にごろんと転がされた。


「まずは魔力の拒絶反応が本当に無いのかどうかだ。直接魔力を流すと壊れるんだったか。それじゃあ魔石の魔力を体内に取り込んでみろ」


 解放された巡は掌に大きな魔石を握らされた。


「こいつが何かされたくなかったら、俺たちの言うことを聞けよ、異世界人間」


 ミウェンが人質に取られた。


 しかし緊張してじっとりと汗をかいた掌では焦るばかりで全く魔力を取り込めない。

「どうした。お前に都合の悪いことはまだ何もないはずだろ。

 魔力を取り込め」


「な、慣れてなくて……できな……」

「チッ。役に立たないな。じゃあこの殻の魔石に魔力を入れてみろ」


 今度は殻の魔石に持ち替えさせられる。

 魔導士たちの機嫌を損ねないように、巡は深呼吸をして集中する。


 魔石の色が巡の魔力で満たされていき、満タンになるまでしばらくかかった。


「これが異世界人の魔力か……この世界の魔力とは何か違うのか?」

「見ただけじゃわからないな」

 魔導士たちが浮足立ち、魔石に気を取られている間に巡はミウェンの猿轡を外した。


「逃げましょう……メグル殿!!」

「あっ!おい、逃げるな!!」


 すぐに見つかり、魔導士たちが何か魔法を唱える。


「この部屋からは出さない」

 目の前に魔法陣がバババと並び、逃げ場を奪っていく。


「ぼ……防衛魔法!!」

 バリヤからもらった護身用の魔石のネックレスから魔法が飛び出す。


 ミウェンと巡を大きなバリアが囲った。


「くそ……これじゃ触れもしねぇ」


 バリアの外側から魔導士たちがバリアを壊そうと攻撃魔法を繰り出す。


「こ、これ大丈夫なんですかミウェンさん!」

「私にも限度はわかりません……メグル殿、バリヤ様を!!」


 巡はザックにもらった魔道具、懐中魔法陣を取り出した。


「召喚魔法!!バリヤさん!!」


 ヌルン。

 小さな魔法陣から巨体のバリヤが召喚された。


「む。なんだ貴様らは」

「だ……第三兵団のバリヤ!?」

「なぜここに……」


 バリヤは一瞬、腕を縛られたままのミウェンと突っ立っている巡を見て、聞くまでもなく、瞬時の判断で剣を抜いた。

 剣に魔力を宿し、躊躇いもなく一振り、二振り、三振り。


 部屋は全壊した。

 天井が崩壊し屋根裏がむき出しになり、床には裂けた後、壁は切ったままずり落ちて隣の部屋と吹き抜けになってしまった。


 追撃とばかりにバリヤが何やら魔法を唱えだす。


「ま……待て!!やめてくれ!!俺たちの研究成果が!!大事な魔導書たちが!!」

「俺たちが悪かった!!今後一切手は出さないから!!」

「……本当だな」

「嘘じゃない!」


 ミウェンと巡をバリヤは片腕ずつで担ぎ、部屋を出ていった。


 魔導士たちは巡の魔力が宿った魔石を大事そうに守りながら、床へとへたり込んだ。

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