第12話

「子供!?スライムに子供なんかできるんですか!?というか、子供ができるようなことはしていませんが!?」

「スライムの子供ってのは結局魔力の分割でできた分身なんだよ。子供として生まれるのと同じだ。新しく生まれるスライムに自我はないよ」

 はっきりと断定するザックに巡は混乱する。

 初めてスライムの分裂に出くわしたミウェンも若干困惑している。


「そっそんな簡単に、子供なんて……」

「二人は、魔力の受け渡し以外何もしてないんだよね?」

「はい……ザックさんが言っていたこと以下しかしてません……な、撫でられたりとか……ハグしたりだとか……だけです」

「ま、子供だよね。今回メグルとやっちゃったことで人間に変身できるバリヤの自我が、人間の性交渉についての知識から無意識的に生み出したんじゃないかな」

「こども!!!てかやってません!!」


 振り出しに戻るザックに、巡は手の中のスライムを優しく両手で包み込んだ。


「優しくしても意味ないよ。ただのスライムで自我なさそうだし」

「あんた子供って言いましたよね!?鬼かなんかなんですか?!」

「バリヤの分身なら僕の魔力蓄積しても消し飛ばない可能性があるからやってみてもいい?」

「失敗したら消し飛ぶんですよね!?ダメでしょ!!」


「わるかった」


 突如謝罪を口にしたバリヤに巡は目を白黒させながら混乱するしかなかった。

 

「へ??なにがですか??」

「気持ちがよくて、歯止めが利かなくなった」

「た、確かにちょっと力が強かったですけど……」

「人間とは本来、お互いに好きな者同士で快楽を得るものなのだろう。俺は二度もメグルにこんなことを強いていたのかと反省しただけだ。貸せ」


 巡の両掌に乗っかっていたスライムを、バリヤはむんずと掴むと自分の腹に馴染ませていった。

 ヌルヌルと動きながらもスライムはバリヤの中に吸収されていく。

 割れた腹筋をスライムでベトベトにしながらなじませ、バリヤはスライムの魔力を自分の中へ取り込んでいった。


「スライムは魔力の塊だからね。分裂も合体も簡単なもんだよ」

 ザックは別段その光景に驚くこともなく言う。

 

 巡はといえば、子供だと騒いでいたスライムがバリヤに吸収されて行ったのを見て目を見開いていた。

 これから育てなければならないのか、名前はどうするのかなどと考えていた矢先にさっさと吸収されてしまったのである。驚くのも仕方がない。

 

「……ふっ……くっ……」

「どうしたんですか、バリヤ様」


 息を零すバリヤを見て心配するミウェンに、バリヤの代わりにザックが応答する。

 

「さっきのスライムはメグルの魔力でできてたからね。異世界人の魔力を取り込むときは快楽が生まれるんだろう。スライムを取り込むにしても同じことだから、感じちゃったんだね」

「か、快楽……」

 ミウェンの顔が真っ赤になった。

 

「俺からメグルにザックの魔力を流した時も、今回メグルの魔力を俺に流した時も、片方だけが快楽を得るようにできていたんだろう。互いに同時に得られなければ意味がないというのに」

「た、互いに?」

 驚いたのは巡である。

 

 確かに、人間同士でやるのであれば、行為としてお互いに同時に快楽を得られるのが一番だろう。

 だが、今回も前回も前々回も、やったのは魔力の受け流しであり、それが愛撫やハグといった手段を用いた場合でも決して性交を行ったわけではないのだ。


「人間同士とは、そういうものなのだろう」

「そ……そうですね」


 スライムのバリヤにも、人間に対する憧れか何かがあったということだろうか。


 お互いに気持ちよくなるのではなく、片方しか快楽を得られない状態を謝られてしまった。

 これではまるで二人で行為をしたかのようだった。


「バリヤは二人で気持ちよくなりたいの?」

 ザックの問いに、バリヤはふと考えこんだ後、こくりと頷いた。

「メグルもバリヤのことが好きなんだよね?」

「すっ……まぁそうですけど、命の恩人として、凄く感謝してるだけです」

「バリヤ、フラれちゃったね」

「なんでそうなるんですか!」


「なんでって……魔力の受け渡しに快楽が伴う以上、これは避けては通れない問題だよ。

 今回はメグルの魔力をバリヤに明け渡したけど、時間が経てば二人ともが僕の魔力を受け取るだけの作業になる。

 メグルは自分一人だけ気持ちよくなって、寂しくないの?虚しくならない?僕の魔力をバリヤから受け取るってのは、そういうことだよ」


 確かに、当初の約束ではそういう話だった。

 ザックが直接生き物に魔力の受け渡しをすれば、魔力量の大きさがコントロールできず相手を壊してしまうからと、ザックの魔力を喰って蓄積できるバリヤを介して魔力の受け渡しをしている。

 ザックが勇者召喚に大量の魔力を消費するから魔力の受け渡しがごちゃついただけで、当初の話通りなら、ザックの魔力しかやりとりをしないのだから、異世界間での魔力の受け流しに快楽が発生するならば、快楽を伴うのは巡一人だけなのだ。


 バリヤはそのことについて謝っていたのだ。


 一人だけ気持ちよくなって、乱れ、寂しくはなかったか。

 本来分かち合うべき快感を一人で受け止めて、虚しくはなかったか。


 カッと巡の頬が熱くなった。


 人間の巡よりも、スライムであるバリヤの方が、よっぽど人間らしい感覚を持っていたのだ。


「お、俺は……でも、まだ大事なことだってあるし」

「大事なこと?何の話だい」

「もしそうやって……その、れ、恋愛をするなら……、身体の付き合いの前に、手を繋いだり、キスしたり……そういうのが俺は大事だって思うんです」

「手を繋ぐのは、もうやってるじゃないか」

「そ、それはそうですけど」


「じゃあ、もしバリヤさんが俺のことを本気で心配して……俺と恋愛をしてくれる気になる時が来たら、俺にキスをしてください」


 できないだろうと高をくくっているわけではなかった。

 バリヤもザックも、本気で自分のことを心配してくれたからこそ、そういう感覚になれた。

 巡の気持ちでは、ザックやバリヤの言う通り、一人ではとても寂しいことだったからだ。


「今はまだ結構です。俺のことが心配なだけで、好きじゃないなら、一緒に気持ちよくなるようなことをしても、キスしても、同じだと思うんです。心が伴わないなら。だったら、バリヤさんが俺のことを好きになってくれるように、俺、頑張ります。だからもし俺のことを好きになる日が来たら、きっと、キスしてください。

 そしたら俺、寂しさとも虚しさとも無縁でこの世界に居られます。ザックさんの魔力もいっぱい受け入れます。バリヤさんをどうしたって振り向かせます。

 対戦よろしくお願いします!!!」


 初崎巡、一世一代の大告白であった。


 そしてこれは、スライムと人間の恋のきっかけになる。






「7歳だった!!」

「どうしたのですか、メグル殿!?」


 巡の突然の大声にミウェンが驚く。


「いや……俺、先日告白したの、ミウェンさんも見てましたよね。でもあの……バリヤさんって7歳の疑惑があるの、知ってます?」

「スライムは放っておけば平気で50年100年生きてるようなモンスターですから本当に7歳というわけではないと思いますが」

 分裂もするのでどれが本体か迄を含めると200年くらいは普通に生きていますし、と言うミウェン。


「でもザックさんの魔力で自我が芽生えたのは7年前らしいんですよね。これって合法だと思います?」

「ご、合法て……バリヤ様は自我の人間化であの見た目なので気にしなくても良いのでは」

「7歳にしちゃ歳食ってますよね。絶対俺より年上だと思いましたもん」

「あれ?そういえばメグル殿は一体何歳なのですか?」

「俺?俺は25歳です」

「えっ――」

 ミウェンが絶句した。

「と、年上!?」

「えっ……ミウェンさんは何歳なんですか?」

「22です。まさかそんな、メグル殿が年上だったなどと考えもしませんでした。ご無礼をお許しください」

「いやいやそんな……俺ってそんな歳に見えませんか?」

「いえ……言われてみればそう見える気もしますが、若いというより幼いような……」


 だって童貞だもの。

 本当にその辺、精神的にも子供だもの。

 とは言えなかった。

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