第10話

 勇者の召喚の儀式には、魔導士や国王、王子たちなど国のトップが集い、神官も参加することになっていた。

 巡は神殿に仕える身であるので、神官たちに混ざって召喚の儀に参加することになった。

 

 魔導士たちは召喚があるのでわかるが、神官たちは一体何をするのかというと召喚が上手くいくように全員で祈りを捧げ、召喚が成功したら召喚された者の身柄を保護するのだという。

 

 そういえば、この世界に召喚されたとき、巡の身柄を攫っていったのは国王でも魔導士でもなく、神官たちだった。


 ザックの話によると今回の魔法陣は前回の魔法陣に少し否定文を足しただけとなっているらしいので、召喚が成功するかどうかは微妙な気配がするが、巡も一応神官と混ざって祈りを捧げることにした。


「では始めましょうか」


 この世界で一番の魔力を持つ魔導士、ザックの掛け声とともに魔導士たちは魔法を唱え始めた。

 神官たちは祈り始め、巡もそれに倣う。

 

 巡にはザックのように魔力を目で見ることはできないが、大きな魔力が魔法陣へ流れていくのを感じる。

 そしてザックから大量の魔力を奪っていく魔法陣が、ピカッっと光を放った。


 ズズズ……と人影が見え始めた。

 銀の鎧に、背中には大剣。金色の髪に緑色の瞳。


 巡の居た日本とは明らかに違う場所から来た、どう見ても勇者である。


「今度こそ、勇者様だ――」


 神官たちが騒めき始める。


 巡も今度こそ自分のような人違いでは無さそうだと安堵したと同時に――巡の足元がピカッと光り、魔法陣が現れた。


「え、ええ!?」


 オロオロとしているうちに足の先からどんどんと次の異世界へ飲み込まれていく。


「いや、これ以上異世界へ行ってたまるか!!」


 先日、バリヤにもらった護身用の魔石を思い出した。

 神官のローブの上からネックレスとして首にかけていたそれを一気に発動する。


「護身魔法!!」


 魔石に魔力を流すと、シュンシュンシュン……と、複数の魔法が発動する。


 ズブズブと飲み込まれていた足がぴたりと止まり、異世界への転送が一時停止した。

 更にザックにもらった魔道具を取り出す。


「助けて、バリヤさん!!」


 懐中魔法陣の背面に自分の魔力を注ぎ、魔法陣を発動する。


 魔法陣からランプの精のように、ヌルンとバリヤが登場した。


「どうした」

「助けてください!!異世界に取り込まれる!!」


 必死でバリヤの硬い身体にしがみつく。

 バリヤが巡を抱き上げて、魔法陣の中に突っ込んでいた足を引き抜いた。

 そして何かの魔法をぶつぶつと唱えだした。


 巡の足元に出現した魔法陣から距離をとるバリヤ。


 魔法陣はしばらくピカピカと光を放っていたが、時間が経つとシュンとゲートを閉じ、消えていった。


「メグル殿!!大丈夫ですか!!」

 様子を見守っていたミウェンが心配して駆け寄る。


「だ……大丈夫です……からバリヤさん、そろそろ降ろしてもらっても……」

「ああ」


 バリヤに抱きあげられたままだった巡は、恥ずかしくなってそろそろと地上に降ろしてもらう。


「召喚魔法を閉じるためにこちらの世界への不完全な召喚魔法で上書きした。何が出てくるかはわからなかったが無事何も召喚せずに済んだようだ」

「あ、ああ、そうなんですか」


 召喚魔法で上書きしていなければあの穴は開いたままだったという事だろうか。

 危ないので無事に何もなくなった地面を見てホッとする。


「そういえば、勇者様!!」

 ミウェンが思い出したかのように言った。


 召喚された勇者の傍には国王と神官たちが集っており、召喚の間では魔法陣の目の前に岩に埋もれた巨大な聖剣がそそり立っていた。


「勇者様……今、選ばれし者として聖剣の儀を受けよ」


 これを抜けってことか?と聞きたそうにしている勇者は何のためらいもなく聖剣に手をかけ、するりと引き抜いた。


 会場がドッと歓声で溢れる。


「勇者様!!」

「今度は本当の勇者様だ!!」

「でかしたぞ!!」


「う、うわぁ……」

 一方、聖剣が抜けなかった巡の微妙な呻き声である


 聖剣を手にした勇者を神官たちが取り囲み、魔法の入った魔石やポーションを勇者に渡して装備させていった。


 国王が尋ねる。


「勇者、そなたの名は」

「タント=ダイカ―」


「タント、よく来てくれた。貴殿にはこの世界の魔界からの瘴気を浄化してもらいたい」

「はい?」

「貴殿は勇者なのだ」


 神官や魔導士たちが「勇者様ー!」と声援を送る。


「は、はあ、じゃあ、まあ……」

 事態を呑み込めていない風の勇者、タントが曖昧に頷いた。

 勇者側とこの世界の人々側で明らかにテンションの違いがあるが、タントはこの際受け流すことにしたようだった。



 そんなこんなで、タントはこの世界の浄化を行うことになり、巡に突然現れた魔法陣からはバリヤが守ることで事態は片付いた。






「真の勇者様が現れて良かったですね。まぁ、だからといってメグル殿は受け皿としての仕事がなくなるわけじゃありませんが」

 召喚の儀を終え、神殿の自室に戻った巡にミウェンが語りかけた。


 巡は逆に心ここにあらずといった様子だ。


「どうしましたか、メグル殿」

「いや……俺って、やっぱり他の世界に召喚されやすいタチなんですかね。今回のことで少し怖くなってしまって……」


 突然現れた魔法陣に身体を攫われるのは今回で4度目だった。


 4回目にして、バリヤの護身用の魔石とザックの魔道具が無ければ自分は完全にまた別の世界へ連れ去られていただろう。何もできなかった。


 そして、自分を助けてくれた屈強な体躯のスライムのことを思い出す。

 あの時は必死でそんなことを感じている間も無かったが、スライムだからといってプニプニしているわけではなく、魔法で変身しているせいでその身体はごつごつと硬かった。

 あの強靭な力業がなければ足の一本や二本、異世界に飛ばされていたかもしれない。

 力強いバリヤの抱擁を思い出してホッと心が満たされた。


「バリヤさんは……俺の命の恩人です」

「何故そんなことを。メグル殿をお守りするのがバリヤ様のお仕事なのですから、お気になさることありませんよ」

「で、でも……。俺、決めました。いつまでこの世界に居られるかわからないけど、この世界に居る限り、俺はバリヤさんの役に立ちたいです」


「まあ。なんて心の綺麗な方なんですか。メグル殿」

 感動したようにミウェンが感嘆したが、巡は本当に命を助けられたと思っていた。


 一度目の異世界はともかく、元の世界にも、二度目の世界にも、召喚魔法陣が出現した時に巡を守る人物というのはいなかったのだ。

 おそらく今回来た勇者というのも、魔界の瘴気の浄化を求められるばかりで誰も勇者のことを守ろうなどとは考えていないだろう。


 巡は初めて人生の危機で、しかも異世界で人に助けられたのだ。

 そして、バリヤはそれをして当然のことなのだという。

 国王の命令なのだから当然と言えば当然のことだが、巡にとっては当たり前のことではなかった。


 巡の心の中はバリヤのことでいっぱいになった。


 2度目の異世界でも自分の世話をしてくれる侍女たちは沢山いたが、巡を取り巻くのは天候の危機とそのせいで飢えにあえぐ民たちだった。


 今日のことがあって初めて巡は、人に恵まれたと思ったのだ。

 

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