第9話

 専ら気になるのは、バリヤは兵長の割にこんなに第三兵団を留守にしていて大丈夫なのかという事である。


 巡がアルストリウルス国に召喚され、第三兵団に任命された日から、バリヤはその殆どの時間第三兵団を抜けている。

 

「今日はメグルの研究をしようと思います」


 ザックがメグルをベッドに寝かせ、言い放った。

 

「俺の研究って……ていうかそれ、バリヤさん必要ですか?」


 ザックが一人で行うであろう自分の研究に、ミウェンは勿論、バリヤも同行していた。

 メグルの疑問になぜかバリヤでもザックでもなくミウェンが答える。

 

「メグル殿の安全を守るのがバリヤ様のお仕事ですから、当然のことです」

「じゃあこの怪しい研究とやらを止めてもらっていいですか?何されるのかわかんなくて怖いし」

「それとこれとは話が別でしょ。僕はメグルに傷一つ付けないよ?」

「そういうことらしい」

「それで納得しちゃうんですか!?ていうか今日って勇者召喚の前日でしょ!?もっと他にやることないんですか!?」


 かくして巡の研究が行われることとなった。

 

「メグルの魔力について、疑問が残るんだよね。

 僕らの魔力は他人の魔力に対して抗体を持って拒絶反応で撃退するようにできているんだ。

 じゃあメグルの魔力は一体何なんだ?という話になる。

 しかもメグルは元の世界では魔力なんか無かったって言う。

 一体どこでメグルは魔力を身に着けたんだろうね?」

 

 そこでふと思い出したので、取り敢えず心当たりのあることを述べてみる。

「1回目の世界では、俺は魔力がゼロだって言われてました」

「魔力がゼロ!?魔力がゼロでも生きていられたのかい?!」

「え、ええまぁ……」

 嘘である。

 1度目の異世界では魔力がなかったことで生きて行けず、召喚からすぐに巡は息を引き取って元の世界に戻っている。

 しかも死ぬときは息もできないまま意識が遠のいていって結構苦しかった覚えがある。

 

 しかし死ねば元の世界に戻れるなどと思われても、報告されてもいけないのでそれとなく濁しておく。

 

「2回目の世界では俺は女の子になっていて、聖女様って呼ばれてました」

「女の子に!?それはなぜだい!?」

「わかりません」

「聖女様ってのは一体何だい?」

「天候を操って人々に恵みを与えるような役割だったと思います。でも俺人違いで、聖女様じゃなかったんですよ」

「えっ……?」

「人違いだったけどもう召喚する術がないから俺で行こうってなって、そのまま聖女として過ごしてました」

「嘘つきじゃないか!」

「そりゃそうですけど、国がそう決めたんだからしょうがないでしょ!!」


 うーんと唸りながらザックがペンの頭でポリポリと頭をかいた。

 

「この世界の常識だとね、どれだけ魔力が低くても生きていけるけど、魔力がゼロだとそれは死んでいるのと同じことなんだ。

 もし魔力がゼロのまま生きていたら、それはそういうお化けだね」

 

 ゾンビと言いたいのだろうか。

 実際、1度目の異世界では魔力がゼロで死んだのだからザックの言っていることは他の世界でも通用することなのだろう。

 では、今巡が持っている魔力はなんなのだろうか。

 

「君の話だと、魔力がゼロでも生きていけてたようだけど……、この世界の魔力のように他人の魔力に拒絶反応を起こさないところから見るに、僕は君の魔力は他の世界で付いた力だと思っているんだ。この世界の魔力じゃないから、拒絶反応を起こさない。でも君の元の世界では魔力は無かったって言うんだから、1度目か2度目の異世界に行ったときに魔力が溜まるようになったんだと思うよ」


 それはそうだろう。

 

 巡だって幼少期にかめはめ波を打つ練習を行ったこともあるが一度だってかめはめ波が出たことなんて無かったし、それこそ個人的な超能力ブームが来た時も魔法のような超能力が発動したことなど一度もなかった。

 

 考えられるとすれば、1度目の世界で魔力が無くて死んだことをきっかけに死なないために魔力を貯めることを本能が覚えたという線である。

 

 元の世界を除いてどの世界でも巡は死んでいるので、(女子の身体にも変わっていたし)身体自体が情報を引き継いでいる可能性は低い。

 おそらく巡の遺体はそれぞれの世界に残ったままだろう。

 

 それでも元の世界に戻った際、元の世界の自分が、自分がいない間に意識のない抜け殻のまま生活をしていたような素振りは感じられなかったので、意識だけが異世界に飛ばされているというわけでもなく、異世界から戻るたびに巡の身体はリセットされるのだろう。

 リセットされる際に魔力ゼロで死んだことを学習し、魔力のある身体に書き換わったのだとしか考えられなかった。

 

「この世界の君は、元の世界の君と変わりないのかい?」

「変わらないですよ。魔力があること以外」

「そしたら2回目の異世界で魔力を身に着けたと考える方が無難だろうね」


 ザックが何やら書類にザーッとメモを記していく。

 

「ねえメグル、これあげるよ」

「これは?」


 唐突に渡されたのは、先日の魔道具の懐中魔法陣のような物だった。

 

「これは、召喚魔法陣だよ。君が危ないときはこの召喚魔法陣を発動させればきっと君の事を守ってくれる。それこそ、異世界に行ってもね」

「えっ……異世界……」

「そうだよ。巡の話だと、あちこち色んな世界からメグルは呼ばれてしまう体質なんだろう。つまり、いつこの世界からも居なくなるかわからないってことだ。別の世界でも使えるように、背面の魔石には、メグルの魔力を注いでおくといい」

「召喚魔法って……一体誰が召喚されるんですか?」

「バリヤだよ」

「バリヤさん!?」

「この国では君の身を守るのはバリヤの仕事だからね。もし君が別の世界に行ってしまって、身の危険を感じる時が来たら、バリヤを呼ぶといい。僕の魔力がたっぷり詰まった特大魔力のスライムだから、きっと役に立つよ」

「あ、ありがとうございます……でも、ザックさんは魔力暴走を起こさないためにも、バリヤさんが必要なんですよね?」

「そうだね。それに、今の魔力量で言うならメグルにも他の世界に行かずにこの世界に留まって僕の魔力の受け皿をやってほしいところだね。できれば、君が他の世界に行ってしまう前にバリヤを呼んで、どうにか留まってほしいな」

「な、なるほど……」


 ジャラリと魔道具のチェーンが揺れる。

 巡はザックから召喚魔法の魔道具を受け取った。

 

「もう一度巡の魔力をきちんと見てみたいから、全身に魔力を巡らせてみてよ」


 ザックが言い、バリヤが巡の脈をとるように腕に手を当てて持ち上げた。

 

「わかりました。フー……」


 全身を巡る魔力を意識して、深呼吸し、数秒間じっと意識する。

 巡は他人の魔力など感じ取ることも見ることもできないのだが、ザックは目で魔力を観察しているようだった。

 

「うーん、特に僕らの魔力と変わったところは無いね」

「腕を通る魔力にも異変は無かった」


「今日分かったことは纏めて上に報告しておくよ。メグルの研究は僕の専売特許なんだから、他の魔導士に誘われても付いて行っちゃ駄目だよ」

「わ、わかりました」


 巡の研究というか、異世界人の研究なのだろうが、目の前のエルフの研究意欲は十分に感じ取れたので、一応了解の返事をしておいた。

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