第8話

「いやあの……申し訳ないんですけど、ここでアレをやるのはちょっと憚られるというか……」


 先日の魔力の受け渡しにて感じた快楽を思い出し、巡はその場での実行をやんわりと拒否した。


「え?別に気にすることないのに~」

 あっけらかんと言い放つザックの頭を叩きたい衝動に駆られたが、グッと我慢する。


「どうしたんですか?メグル殿は魔力の受け渡しをしても拒否反応が出ないんですよね?」


 ミウェンが心配そうに巡の顔を覗き込む。

 ザックの報告書では、巡の身体は魔力の受け皿として機能することでこの世界の役に立つという事になっている。

 魔力の受け渡しができないとあっては報告書が嘘だったという事になってしまう。


 が、如何せん巡も人間であり、羞恥心というものが存在する。


 ザックは完全に巡を被検体か何かだと思っているようだが、巡は勇者と間違って異世界からやって来たただの人。

 しかし異世界人間の特質を利用してこの世界に都合の良いよう解釈した報告をし、そのうえこの国の上層部に広まっているのだからやることはやらないと怪しまれることとなる。

 事によっては第三兵団へ逆戻りの可能性もゼロではない。


「しょうがないなぁ。じゃあ、奥の部屋を使っても良いよ。僕の寝室だけど。

 メグルは魔力を受け渡しているところ、人に見られたくないんだろう?」

「人のベッド……」

 絶句する巡をよそに、魔力の受け渡しで何も感じることのないバリヤは「わかった」とサクッと返事する。


「ザックの魔力だけ受け取ったらストップする。貴様の魔力までは奪わないから安心しろ」

「俺の魔力が心配で嫌がってるんじゃないんですけどね」


 7歳のスライムにそんなことがわかるわけもない。


「そうか。俺が魔力を吸い出しても良いが」

「魔力を吸い出す??」

「さっきザックにやったのと同じことをして魔力だけ俺が喰う。人間は他人の魔力を引き出したりできないが俺はスライムだから他人の魔力を喰って体内に蓄積できる。ザックの魔力だけを選んで喰えばいい」

「なにごともチャレンジですよ!俺できます!」

 スライムの中に入って窒息しろというのだろうか。


「いや~、あれが一番楽な方法なんだけどね!!」

「貴方、窒息しかけてましたが!?」

 ミウェンが驚いてザックにツッコんだ。


「しかし、魔力の受け渡しとなると何か特別な方法が必要なんですね。

 それで人目を憚られて……」


 ミウェンの呟きに「えっ……あっ……そうですね」などと気まずくなりながらもザックの寝室へと入っていく。

 部屋の隅に置かれている、布団がぐしゃぐしゃのままのベッドへと巡は腰を下ろした。


「手を出せ」

「あっ……はい」


 バリヤが向かい合って立ち、手を差し出した。

 巡も手を取り、ぎゅっと握り返す。


「魔力の流れを全身で感じて、動かすんだ。ゆっくりで良い」

「はい……」


 剣に魔力を纏わせた時のことをイメージし、足先から頭のてっぺんまで巡る血の気を意識する。

 自分の魔力とザックの魔力……、感じることはできないが、異物を押し出す感覚で自分のもの以外をバリヤの手に向かって誘導していく。

 握り返した手に集中して魔力を流し出した。


 バリバリバリ!!

 稲妻のような衝撃と同時にとてつもない快楽に襲われる。


「うっ……くっ……」


 身体の芯が熱くなり、息は上がり頬は蒸気する。


 魔力を流し込まれていた時と同じ感覚が、魔力を流し出している今も同じように突き抜ける。


「これで全てだ」


「はっ……はぁっ……はぁ…っ…」


 巡はパッと手を放す。


「ザックの魔力だけ上手く流れてきた。よくやった」


 バリヤからの労いの言葉にホッとしながらも息を整えた。

 自分の魔力を使う分にはなんともないのに、他人の魔力を身体に巡らせるだけでこんなことになるのだから不思議なものである。








「勇者様召喚の日程が決まったみたいですよ!メグル殿!!」


 あの後ザックはまたスライムに飲み込まれ、大量の魔力をバリヤから受け入れていた。


「ザックさんの魔力暴走はその日まで抑えられそうなんですか?」

「ええ、魔導士総動員で封印魔法をかけられていましたから……日程までは今まで通りに過ごせるようですよ」


 勇者召喚に必要な多量の魔力をザック一人に頼ったアルストリウルスは、ザックの魔力の暴走を抑えるために魔力封印することにしたようだった。

 そんなことになるなら魔力の受け渡しはまだ先でもよかったのではないかと思ったが、魔力の受け渡しが完了していなければ日程のめどが立たなかったのであろうから自分が間違って勇者の代わりに来てしまったことで大変なことになったものだなと巡は思った。


 バリヤは今日は騎士団の方へ顔を出しているようで、ミウェンは巡がザックに呼び出されたとのことで巡に付き添ってザックの部屋へと顔を出していた。


「君、元の世界に戻れないかな!?」

「え!?!」


 唐突にまくしたてたザックに巡はたじろいだ。


「君がこの間拾ってきた魔道具の魔法陣を見て思ったんだ。この世界では他の世界へ行く魔法はまだ無いけれど、召喚魔法ならあるってこと。君の世界には魔法も魔力も無いって言ってたけど、この間の魔道具みたいに背面にでも魔力を詰め込んで君の世界に持っていけば、魔法が使えるんじゃないか!?と思ったわけ。で、君に君の世界で召喚魔法を行ってもらう。そうすれば僕が他の世界へ行くこともできるんじゃないか?と考えたわけなんだ」

「いや……召喚された日に散々懇願しましたけど、元の世界に戻る魔法なんて無いって言われちゃいましたよ」

「そりゃ、他の世界に行く魔法が無いからだね。でも君、元の世界に戻れるんじゃないの?」

「えっ……」


 他の世界にも2度召喚されたことは話したが、その戻り方をこの世界に来てからは誰にも話してはいない。

 というか異世界を直接渡り歩いてきたかのような口ぶりですらあり、元の世界に戻ったことは言っていないはずだった。


 しかしザックは初めて会ったその日から妙に勘が鋭いところがある。


「でも、異世界から異世界に飛ばされるなんて、よっぽど君が召喚されやすい体質じゃないと成り立たないよ」

「いや、召喚されやすい体質なんですよ……」

「まあ、そういうもんか」


 やけにあっさりと引き下がる。

 怪しい……と思いつつも、ザックに疑問に思ったことをぶつけてみた。


「そういえば、なんで異世界から召喚する魔法はあるのに異世界に行く魔法はないんですか」

「ああ~、それはね、他の世界がいくつ、どこにあってどんな生命体が暮らしているかなんて誰にもわからないからだね。

 例えば僕らは勇者召喚を行ってるけど、指定してるのは”勇者”に来てほしいってところだけで、その勇者がどこの世界から来るのか、人間なのか獣人なのか魔人なのか、ってことも何もわからないんだよ。


 君が元の世界に帰る方法がないっていうのも、もし君の世界から勇者が来るのがわかってるなら、交換魔法でも使って勇者と君の交換を行えばいいんだよ。でも実際は勇者はAの世界から来るかもしれなくて、君はBの世界から来た人間かもしれない。交換してしまったら、君は元の世界に戻れないうえに、そのときどこの世界に居るかもわからなくなってしまって困るでしょ。

 だから君が元の世界に戻る方法がわからないってわけ。


 僕だって他の世界に行ってみたいけど、例え他の世界に行ったとしても、この世界に帰ってこれないのは困るし、どこに行くかもわからないなんて怖いじゃないか。

 君の世界なら平和そうだし、魔力や魔法が無いなんて言うから、逆に魔法の研究の余地があって行ってみたいな~なんて考えちゃったんだよ」

「そ、そうなんですか……」


 実際には、帰る方法はほぼ確定している。

 異世界で死ぬこと。

 そうすれば巡は元の世界に帰れるのだ。

 しかし確証を得られないからどうしても死にたくなくて、そのことは誰にも内緒でいるのだ。



「でも、君が本当に召喚されやすい人間なら、また他の世界に行ってしまうのも時間の問題かもしれないね」

「人が不安に思っていたことを……」


 そこでストップをかけたのはミウェンである。

「あのお、少々お話が見えないのですが……、メグル殿はこの世界の魔力の均衡を保つためにこの世界に召喚されたのではなかったのですか?

 どうして他の世界に行ってしまわれるなどという話に……」


 それに答えたのはザックである。


「ああ、言ってなかったっけ。彼は既にニ度異世界に召喚されていて、ここへは三度目の異世界らしいんだ。

 で、元居た世界には帰れてないらしいよ」

「さ、三度目?!」

「勇者じゃなかったにしては忙しい身だよね」

「た、確かに……!それほどまでにメグル殿のお力は他の世界でも必要とされているのですね。

 魔王や魔物が誕生してしまってはどこの世界も困りますものね……!!」


 よくもここまで綺麗に良い方に勘違いしてくれたものである。

 と、思い出したかのようにザックが言い出した。


「そうだ。僕の魔力封印が長くは持ちそうもないから、勇者召喚の日程が2日後に早まったんだよ。

 で、魔力を解放した時に僕が魔王にでもなっちゃったら困るからさ、召喚の儀が終わるまではバリヤとメグルにはなるべく僕と一緒に居てほしいんだよね」

「2日後!?」

「早いよね~」


 へらへらと笑うザックに、ミウェンと巡は驚いて声を上げた。

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