第5話
「実は変身魔法はかなりの高等技術で、バリヤは人間に変身するために他人の倍以上の魔力を消費しながら生きているから、そこまで魔力暴走の心配はないんだ。でも僕の魔力を定期的にごっそり受け取らないと行けないし、魔力の自己回復もしてしまうからここ7年の積み重ねで大量に蓄積してしまってるんだよね。
そろそろ別の受け皿を探すか、バリヤのような魔力を貯めることのできる生命体を研究開発しないといけないところだったんだ」
「は、はぁ……そうなんですか。でもミスったら死ぬんですよね?」
「最悪の場合だけだよ。まあまあ、落ち着いて」
これが落ち着いていられるか。
選択肢が生きるか死ぬかではなく死か死の状態である。
「でも、ここ7年はって……その前はどうしてたんですか?」
「その時はまだ僕も魔力をもてあますほど成長しきっていなかったし……バリヤを拾ったのは7年前だから、それ以前は無いよ」
「そうなんですか。ザックさんは一体何歳なんですか?」
「23歳だよ。バリヤは7歳だよ」
「ななさい!?!」
どう見ても7歳の出で立ちではない!
年上の、それも20代後半だと思っていた。
ザックも23歳というにしてはよれよれとくたびれすぎているし、この場で一番年上が自分だとは見た目だけではわからなかった。
「バリヤの見た目は魔法によるものだからね。本来は自我のないスライムだったから、僕が魔力を与えて自我が芽生えたのは7年前。7歳だね」
「7歳……」
確かこのスライム、兵長になったのが6年前だとか抜かしていなかっただろうか。
それではザックに拾われてから、スライムだった期間は(今もスライムなのだろうが)たった1年しかないことになる。
「バケモンじゃん……」
「ん?なんか言った?」
「いえ何も……」
「スライムだった時の記憶はないだろうけど新しい個体でなければ平気で100年や200年生きているだろうから実際の年齢はわからないけどね」
ふり幅が激しすぎる。
7歳か100歳かはふり幅が激しすぎる。
「それでこのことは、引き受けてくれるかな」
「いや引き受けたら死ぬ可能性の方が高いんですよね」
「とはいえ君は異世界人だからね。拒絶反応なんて無いのかもしれない」
「そんなこと言われても、俺の元居た世界には魔法どころか魔力なんて無かったし、どうすればいいのか」
「え!?! 魔法が無かったのかい!? 魔力も!?」
「無かったですけど……」
またしてもザックが喰いついた。
瓶底眼鏡が目と鼻の先まで迫ってくる。
「それじゃあ猶更だよ。魔力の抗体が無ければ拒絶反応が出ないかもしれない。何事も実験だよ!!」
「んなバカな!!」
「ザックは俺という成功例を生み出すまでに何体もスライムを己の魔力で消し去っている。何事も実験だ」
「お前もか!!」
「いいい、いやですよ、俺、死ぬなんて……」
「じゃ、まずは死にはしないけど具合が悪くなる程度で済む方法でやってみようよ」
「え?そんなのあるんですか」
「あるよ」
早くそれを言えよ!!
巡は叫びだしそうになるのをぐっと堪えた。
「じゃあ、はい」
「……?」
ザックがバリヤに手を出すように促した。
「手、繋いで」
「あ、ハイ……」
繋いだ途端、バリバリバリ!!と電撃が走るような衝撃が身体に走った。
バリヤの中から魔力が流れ込んでくるのを感じる。
しかも、なんだか……。
「んっ……。う……」
「どうかした?拒絶反応は感じるかい?」
「いや……なんか……」
拒絶反応、どころかなんだか気持ちがいい。
マッサージのような心地よさということではなく、明らかに電撃の中で快楽を感じていた。
「な……やめ……あっ」
パッと腕を振り払う。
巡の息は乱れ、頬は紅潮し全身にじっとりと汗をかいていた。
「これ……ちょっと、無理なんですけど」
「しかし、具合が悪そうには見えないよ」
「……?どうだったんだ、メグル」
バリヤの方では異変は無かったらしい。
と、いうことはこれが異世界人の体質ということだろう。
「ふふふ~ん。君の頭の中、覗いちゃうよ~ん」
「え」
パッ。
巡の頭部周辺に魔法陣がいくつか現れた。
ザックが他人の頭の中を透視する魔法を使ったのだ。
「なになに……魔力の受け渡しは異世界人にとって……快楽!?しかも身体の干渉なしでこんなに!?!
「ちょっやめ」
「しかもこの快楽指数のバロメータからして、性交渉の何倍もの快楽を得られるようじゃないか!!これは素晴らしい発見だよ!!」
「この変態!!」
「いや、この場合変態は君の方だよ」
「ッ……!!!」
悔しいが、その通りである。
「もしかしたら君は、僕らのような魔力の高すぎる者の受け皿となって、この世界に魔王やそれに匹敵する魔物が誕生するのを防ぐ役割で召喚されたのかもしれないね」
ザックがしみじみと分析した。
「だって、魔力の受け渡しがあの程度で快楽を感じることができるんだ。これは特別なことだよ」
「あの程度って、それ以上のやり方があるんですか?」
「あるけど、気持ち良すぎて逆に死んじゃうかもしれないよ」
「逆に死!!」
興味はあるが死ぬのであれば辞退しなければならない。
異世界に飛ばされるのは3度目だといっても、死ぬのを受け入れるのは無理だった。
「このことは僕の方から上に報告させていただきたい。そしたら君は、戦地に赴かなくても良くなる可能性もあるよ」
「是非お願いします!!」
気持ち良いことだけして命の危険がノーリスクになるのであればそれが一番である。
「異世界人の体質が分かっただけでも儲けもんなんだ。他人名義で功績をあげられる前に今すぐにでも僕は報告書を作るよ」
「それは良いんですけど……あの、快楽がどうのこうのって」
「そこは書かなくても、拒絶反応が無くてこの世界の平穏のために召喚されたってことだけわかればいいんだろう?」
「あ……ハイ……ありがとうございます」
「OK。そしたら報告書が出来上がるまで待っててよ。この後の予定は無いだろう?」
実践訓練に連れて行かれるはずだったが今回のことでバリヤはザックの言う通りにするようだった。
何やら書類をごそごそと扱っていたザックが席を立った。
「それじゃあ僕は報告へ行ってくるから、待っててよ。後で別件で頼みたいことがあるんだ」
「わかりました」
「わかった」
ザックが出ていき、バリヤと二人きりになる。
「あのお……今回の報告が認められたら、俺は第三兵団に居なくても良くなるんですかね?」
「そこまではわからない。現状は国王陛下直々に命じられたものだ。それに現状が回避されたとしても、貴様が魔力の受け皿である以上、俺とザックの傍に居なければならないのは変わらない」
「なるほど……この国で魔力が高過ぎるのはザックさんとバリヤさんだけなんですか?」
「正確には、ザック一人だ。俺からザックの魔力を抜くとただの自我のないスライムしか残らない」
「ザックさんて、そんなに凄いんだ」
「ああ」
ザックのおかげで死の危険から逃れられるといっても過言ではない。
今はザックには感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだった。
それに、魔力の受け渡しなどというよくわからない業務をこなすだけでこの世界で生きていけるのであればそれに越したことはない。
「そういえば、魔王や魔王に匹敵する魔物が生まれないように……ってザックさんは仰ってましたけど、この世界には魔王はいないんですか?」
聞き忘れていたことを試しに訊いてみる。
「いない。前回異世界から来た勇者による魔王討伐からここ数十年は、いないはずだ。しかし魔界の瘴気が魔界付近の村だけでなく城下町付近まで迫りくるようになったから、瘴気を消してもらうために勇者召喚は行われた。勇者なら瘴気の浄化など容易いはずだからな」
「それが人違いで、俺が来てしまったと……」
「そういうことだ」
巡は元の世界に置いてきた預金や家族のことを思い馳せた。
元の世界は、日本はどれほど平和で恵まれた環境だっただろうか。
一人暮らしをしていたので家族との接点は少なくなっていたが、それでも家族のいる安心感というのはあった。
そして、仮に元の世界から自分が消えている間、口座引き落としになっている全てのものはいったいどうなっているのかという心配もあった。
失踪事件の上に身元保証人である親に火の粉がかかる可能性大である。
それでも、よりによって魔王が居ない世界へ飛ばされたのは幸運だった。
死ぬ確率は前回や前々回と比べても比にならないほど低いだろう。
前回屋根の瓦礫に巻き込まれて死んだ人間の言えることではないが、飛ばされるにしても平和な国に行けるのが一番だからだ。
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