第4話

 第三兵団というのは、騎士団の中でも平民出身のみが所属する部隊で、国内での地位はそこそこのようだった。

 

 なぜなら平民よりも貴族の血の濃い人間や獣人、魔族の方が魔力が高いからである。

 この国での地位は魔力によって決まるようで、騎士団は勿論、魔導士はもっと地位が高いとバリヤは教えてくれた。

 

 では貴族達が前線へ赴けば良いではないかという話なのだが、そこは階級で差別されているらしい。

 

「そんなっ……人違いで命が危険に晒されるなんて納得できません!というか俺の代わりの勇者、まだ来てないんですか!?」

「まだだ。貴様を召喚してから魔導士たちの魔力が回復したら再度勇者召喚を行うらしいがまだ先の話だ。国王直々の命で貴様の所属が決まり、俺がお前を守らねばならんというのだから諦めろ。今日の実践訓練が終わったら前線へ赴くぞ」

「前線とか、そんな俺にはまだ早いと思うんです!国王に俺を守れって言われてるのに、死んじゃったらどうするんですか!」

「そのときはそのときだ」

「んなバカな!」


 完全に他人事である。

 

 そりゃ、魔力の塊であるスライムの兵長は自分が死なないのだから弱者への関心など薄くて当然なのだが、もう少し異世界人としての待遇というものがあるだろう。

 

「守れと言われても、弱すぎれば死ぬものは死ぬし、他に活用ができるかもしれないから保険にしろと言われただけで貴様が一体何の役に立つのか昨日の時点では一切わからなかっただろうが」

「お……仰る通りです」

「こちらの世界に来てから何か異変はないのか」

「異変と言われても……」


 目の前の自称スライム曰く魔力量は一般的な騎士程度らしいし、なによりこの世界に来てから大っぴらに話してはいないが過去に2度異世界へ転送されている身としては本当に異世界に招かれやすい体質だから来てしまったのだとしか思えない。特別なことなどあるはずもなかった。

 

 とはいえ、前々回の異世界では魔力量はゼロだと言われていたのに今回は魔力があるようだ。

 そこに懸けるしか無いだろうことは薄々感じていた。

 

「俺の魔力って、他の人と何か違うところは無いんですか?」


 唐突な質問に、バリヤは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情になった。


「魔力に違いも何もあるものか……わかった、聞いてみよう」

「えっ、何にですか」

「俺を拾った魔導士だ」

「魔導士」

「ザック=オノルタ。魔力が強すぎて暴走を起こしそうになっていたところ、俺という受け皿を拾って魔力を俺に分割することで自我を保つことに成功した国宝級魔導士だ」

「国宝級……!?」

「ザックにならわかるかもしれない。魔力の強すぎるスライムというだけだが奴は魔導士のトップ。実質王室をおいては国のトップに立つ男だ」

「ぜひお願いします!!」


 正直なところ、ザックに見てもらって自分に何か特別な力がなかったとしても、実践訓練が先延ばしになるだけでもラッキーだった。

 突如舞い降りた幸運に巡は飛びついた。

 

 



 魔導士たちのいる場所は、召喚された神殿とも、騎士たちの訓練場とも付かず離れずの王宮の傍に佇んでいた。

 

 神殿や訓練場はそのためだけの場所といった佇まいで客間や寮とも離れているのだが、魔導士たちの建物はいくつもの階段やドアがずらりと並んでおり、一つで全てを担う建物となっていた。

 

 バリヤはその内の一つの階段を上り迷いなく歩いていく。

 巡もはぐれないように急ぎ足でバリヤへ付いて行った。

「ザック、居るか」

「う~ん……むにゃ……バリヤ?」

 本や紙があちこちに積まれ、試験管や何かの装置が所狭しと置かれている部屋の中で黒い影がむくりと起き上がった。




「おかしなところは特に無いね。魔力を抑え込んでいる蓋みたいなものも見当たらないし、魔力の色も普通の人間と変わらないよ」

 んなことだろうと思いました。

 

 巡は国宝級魔導士によって開口一番異変無しと診断され、ガックリすることもなくだろうなと受け流した。

 

「ザック。こいつは勇者ではないが異世界人だ。何か特別な力があるんじゃないか」

「と言われてもね、特別な力なんて出て初めてわかるものだし見てわかることなんてそう多くはないよ」


 瓶底眼鏡にぼさぼさ頭。よれよれのローブに身を包んだエルフ、ザック=オノルタはそう言い切った。


「ですよねぇ~……」

 同意以外に言うことなしである。

 

「というか君、異世界人なんだろう?君の生態や身体について研究したかったけど召喚されてすぐに神殿側の奴らに持ち去られただろ。僕ずっと我慢してたんだよ~」

「えっ」

「よかったら君の身体、調べさせてくれないかな。できれば血とか髪の毛が欲しいな」

「えっ……」


 ドン引きである。

 

「そ、そんなことよりも……勇者と人違いだったことの解明はどうなったんでしょうか」

「ああ、もう済んだよ。国王への報告はまだだけど。なんだか指定した人物よりも優先順位の高い人物が召喚されるのを否定する命令式を足さないと駄目みたいだったよ。次は成功するんじゃないかな」

「優先順位……」

「ということは、やはりこいつには何らかの使命があってこちらの世界に来たのではないか」

「そういうことだろうね」

「で、でもあのぉ……」

「なんだい?」


「俺、異世界へ来るの、初めてじゃないんです」

「えっ!?」

「前に2度、こことも別の世界に召喚されて異世界へ飛んでるんです。正直言うと、この世界で生活しててもいつまた別の世界へ飛ばされるかわかったもんじゃなくて」

「なにそれ詳しく!!」


 キランと眼鏡を光らせたザックはずいと巡の身長に合わせてかがみこんだ。


「いや……しかも全部人違いで」

「全部!? ということは君の世界の優位性の方が他の世界の術式より高い優先順位を保っていて、他の世界ではなく君の世界にとっての利益になり得る特質を持っていると考えた方が良さそうだね」

「特質……??優位性……??」

 頭の中がはてなでいっぱいになる巡に、ザックは今度は真逆の事を言い放った。

 

「君には特別な力があるはずだ!そしてそれはこの世界の為ではなく、君の世界のために使われるものだ」

「でも、元の世界に戻れないんですよ……」

「いや、この想定通りなら君はどうにかして元の世界へ戻ってるはずだ。例えば世界と世界を繋ぐワープ中に君の世界を経由しているとか」


 毎回死んで戻っていますとは言いにくい。

 というか、そんなことを言って殺されてしまったり死にそうなときに見殺しにされたらたまったもんじゃない。

 

「俺……、この世界に呼ばれたからには、この世界の役に立ちたいんです。俺の元の世界の為じゃなく。どうにかなりませんか」

 勿論嘘である。

 事実を言いにくいからお茶を濁しているだけである。

 

 しかしザックの胸には巡渾身の嘘は響いたようであった。

 

「なんて献身的なんだ……!何の変哲もない人間にしか見えないとはいえ、さっきのは重大な発見だよ。さっそく上に報告……いやちょっと待って」

「な、なんですか?」


 煌めいていた眼鏡が一気に曇った。


「召喚の失敗の解明が済んだとはいえ、まだ誰も書類に書き上げていないんだった。で、誰が報告するか押し付け合いになってるんだった。僕、書類関係なんて面倒なことやりたくないよ。研究ならやりたいけど」

「え!?」

「ということで、報告は一旦お預けかな。まだ解明の報告も先のことになりそうだし」

「ええ!?」

「君のことも一旦、保留にしておくしかないね」

「そんな!? そんなこと言ってたら俺が戦地へ送り込まれて死んでしまいますよ!!」

「と言われてもね~、あ、でもこの世界の誰でもできるけど、他の人にはできない頼み事ならあるよ」

「え……?」


 フフフと目の前のエルフは笑った。

「僕の魔力、実はバリヤに蓄積してるんだけど、そろそろ魔力を他にも分散させないとバリヤがただのスライムから魔力暴走した魔物に変身してしまいそうなんだ。君は魔力がそこまで高くないから、魔力の受け皿にまだ余裕があるだろ。バリヤの魔力……正確には僕の魔力を、君の中にも預けさせて欲しいんだ」

「え……そんなこと、できるんですか」

「できるよ」

「それってこの世界の役に立つんですか?」

「魔力暴走した魔物やエルフを生み出さずに済むね。これはこの世界にとってとても大きなことだよ。下手したら魔王と同じくらい厄介な魔物になり果てる可能性があるから」

「他の人に頼むんじゃ駄目なんですか?」

「ああそれがね、この世界の人間誰でも魔力の受け渡しはできるんだけど、自分以外の魔力を受け付けない拒絶反応が出ちゃうんだよ。

 だから魔力の低い人は魔力を継ぎ足すことなく生活していかなければならないし、貴族なんかの魔力の血の濃い血族は血を重んじるんだよね。

 実はバリヤに僕の魔力を注ぎ込むのにもかなり研究して、ちょっとした魔力の塊でしかないスライムじゃなきゃ他人の魔力を受け入れることはできなかったんだよね。異世界人間ならこの拒絶反応が出ないかもしれない」

「いや、それじゃないですか?」

「何がだい」

「いや、異世界人としての使命です。てかそれでしょ絶対!!」

「この世に絶対なんてないよ~」

「で、拒絶反応が出たらどうなるんですか?」

「最悪、死ぬね」

「死!?!?」


 やっぱりかよ!!

 異世界に来たら、やっぱり死ぬのかよ!!

 

 つい先ほどまで戦闘に混じって死ぬ心配をしなければならなかったのに、次は他人の魔力によって死ぬ心配をしなければならないらしい。

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