第3話

 騎士団には団員専用の食堂があるようだった。

 アルストリウルス国に来て数日の間は神官たちが客間で巡の世話をしてくれていたが、野放しになって初めての食事である。

 

 バリヤの案内で食堂の列に並ぶと、厨房からスープや野菜、肉、パンが並んだトレーが差し出される。


 各自それを受け取って方々の席へと散っていく。

 巡もトレーを受け取って席へ足を運ぼうとしたが、先を行くバリヤはなぜかトレーを受け取っておらず、手ぶらだった。


「兵長は、食事されないんですか」

「食事は、する」

「え、でも……」


 巡の言葉を無視してバリヤはずんずんと進んでいく。

 この国に3つしかない騎士団の兵長の登場とあってウロウロしていた人間や獣人の騎士たちがワッと道をあける。


「なんでバリヤ様が食堂に居るんだ」

「バリヤ様の後ろに居るのは……噂の異世界人ではないのか」

「もしや」


 ザワザワと騎士たちが色めき立つ。


「座れ」

「ハイ」


 一番日当たりのいい窓際の隅っこの席をとったバリヤは巡にも座るよう促し、着席した。

 そして何か袋を兵団のジャケットの懐から取り出し、袋の中身を机にばら撒いた。


「騎士団では食事はこの食堂で摂るように。朝昼晩、いつでも空いている」

「わかりました。それで……兵長、その宝石は一体」

「宝石ではない。魔石だ」

「ま、魔石」


 バリヤが机の上にばら撒いた魔石は、赤、黄、青、緑など、色彩豊かに煌めいていた。


 と、バリヤはその内のいくつかを徐に手にし、口をあけてじゃりじゃりと頬張った。


「!?!?」

「なんだその顔は」

「えっ……だって、えっ……石食うんですか!?」

「俺は人間の食事は摂らない」

「人間じゃないんですか!?」

「俺はスライムだ」

「おれはすらいむだ!?!?」




 この屈強な男のどこをどう見ればスライムに見えるのだ。

 国の騎士団の兵長をやっていて、しかも人型だと!?

 

 

「俺は大量の魔力を蓄積する生きる装置としてある魔導士に拾われたスライムだ。その魔導士によって大量の魔力を使えるようになった俺は自我を持つようになり、普段は魔法で人型に扮して生活するようになった。出身は魔界付近の村で平民出身だから第三兵団に所属している」


 そりゃそうだろう。

 スライムと言えば、水色で、魔界との国境付近でまず初めにエンカウントするHPさえ削れば倒せるモンスターのはずである。

 巡の世界のRPGなどで現れるモンスターの常識ではそうだった。魔界付近の村出身というか、この世界付近の魔界出身だろう。

 というか、魔導士に魔力を注がれる前は自我が無かったのか。

 

「俺は腹は減らないが魔力は消費するから減った分や、より魔力を蓄積したいときは魔石や他人の魔力を喰う。第三兵団だが魔導士並みかそれ以上の魔力を保有している。兵長になって6年が経つが前線で戦い続けて死に至っていないのは魔力量が高すぎて討伐任務が魔力の発散にしかならないからだ。それ以前は第三兵団の兵長が定着することはなかったと聞いている。貴様も前線へ出れば必ず死にかけるだろうから足を引っ張らないように鍛錬に励め」

「ハ、ハイ……」


 物凄い話を聞いてしまった。

 命の危険は無くなったと安堵していたのも束の間、目の前の兵長の話では巡も前線へ送られる日が来るかのような口ぶりである。

 第三兵団の兵長が定着することは無かったということは前線での戦闘がそれだけ危険という事だろう。


「あの……俺の魔力って、どんくらいですかね」

「騎士団に合格する徴兵された騎士たちと同等だ。平民にしては魔力が高いということになる」

「俺……死なないって、できますかね」

「俺に聞くな。貴様が死なないよう努めろ」



 そんなこんなで巡は魔力蓄積装置改めスライムの兵長、バリヤ=オノルタの元で働くこととなった。





「剣の全てを覆うように意識するんだ。魔力で包まれるのが見えるはずだ」


 バリヤが剣の柄から剣身まで全てを魔力で覆って見せた。

 

 訓練用の、真剣ではない剣だ。

 バリヤと巡は、室内の訓練場に居た。

 第三兵団は第一、第二と同じく青空の下で実践訓練を行っているらしいが、巡は初心者で剣に魔力を纏う練習から始めなければならず、別室訓練となっていた。


「俺は少し席を外すから、その間にできるかどうか試してみろ。大事なのは全身の魔力の流れを動かす感覚だ」

「ハイ」


 室内は流石訓練場とあって、壁や床にも傷跡やひび割れが沢山ある。

 天井にも傷があるのが気になったがスライムの兵長の体躯を思い出し、この世界では巨漢が多くて天井まで届いてしまうのではないかと思い直した。

 

 パタムと戸の音を立ててバリヤが出ていく。

 

「ん、ん~~~」


 剣の柄を両手で握り、先ほどのバリヤの魔力の剣を思い出しながら集中してみる。

 

 と、ボオッと強大な魔力が剣の柄から剣の先までを覆いつくした。


「えっ……できちゃたよ」


 重さなどは変わらない。

 試しにブンブン剣を振ってみる。

 と、剣の太刀筋から魔力の刃が空中を飛んで壁に焼き付いた。

 

「えっ……」


 もう一度、今度は天井に向かって剣を振ってみる。

 ブウンと魔力の刃が天井に飛んでいき、傷を付けた。

 

 

「あっ、あ、あああぶなッ……!!」


「できたか」

「へぁぇえ!?」


 ガチャと音を立ててバリヤが戻ってきた。

 

 剣を覆っていた魔力をシュッとしまう。

 

「え、え~~いや~~全然できないなぁ~~」

 若干棒読みになった気がしなくもないが、魔力をしまってすっとぼける。

 魔力のないそのままの剣をブンブン振って見せた。

 

「不出来か貴様」

「不出来て」


 しかし何を言われようが今は白々しく白を切る他ない。

 

 だから天井にまで戦闘痕があったのだ。

 あんな危ないものを振り回しながら戦闘など例え訓練でもできるわけがない。否、やりたくない。

 

 よく考えてみれば、前線での戦いで刃こぼれや折れたりもするであろう剣の一つや二つ携えて魔獣やモンスターとやりあったところで大損である。それ以上の力があるから徴兵しながらでも魔界の浸食に耐えながら戦って行けるのだろう。

 そして、自分の代わりに召喚されるはずだった勇者ならば剣の質で戦うのではなく魔力でもって戦うのだろう。

 

 しかし、魔力の刃、危なすぎる。

 壁に焼き付く程の傷を負わすような危険物である。

 

 巡はどうしても実践訓練に行きたくなかった。

 

 というか、実践ではあれをどう避けるのか、よもや反射神経で相殺するのだなどと言われれば25歳の運動不足の身体には無茶である。まだ二十代半ばといえど若いころと比べれば老いを感じ始めた身体で反射神経など露ほども残ってはいない。

 

 

「え~~と……、全くやり方がわかりません」

「本気でやっているか、それとも冗談か?」


 眼光鋭くジロリと睨まれる。

 

「い、いや、本気……本気です」

 嘘である。

 しかし真実を行ってしまえば実践訓練場行き確定である。

 

「……なら仕方がない。この国では幼少の頃から魔力の扱いを身に着けていくが、異世界人だからな貴様は。できるまではこの訓練場で魔力を出す練習だ」

「ハイッ」


 何とか騙せたようだ。

 安堵感とこれからも騙さねばという気合によって、今までで一番の声で返事をした。

 

 

 

 

「これは護身用の魔石だ」

「え?」

 バリヤが懐から取り出したのは、何か紐を編み魔石を入れたネックレスだった。

 先ほど退室したのは、これを取りに行っていたようだ。

 

「俺が護身用の魔法をいくつかこの中に入れておいた。お前の魔力によって発動するようになっているから、魔力の流れを意識して使え。危ないときは役に立つだろう」

「あ……ありがとうございます」

「早速魔力を魔石に注いでみろ。何度使っても使用した呪文は減らない。今から俺がお前に切りかかるから自分を守るイメージで魔力を流し込め」

「え?き、切りかかるって」

「真剣ではない。峰打ちだ」

「え?いやいやいや……」

「貴様も一応剣を構えろ。では行くぞ」

「えっ……えええっ」


 バリヤがこちらと距離を取り、魔力のない剣を振りかぶった。

 

「うわっ」

「!?」


 ボウッ!!

 

 ネックレスの防御魔法よりも先に、構えた剣に魔力が流れ込んだ。

 巡の剣とバリヤの剣が交わる。

 ガキンと音を立ててバリヤの剣が折れ床に落ちた。

 


「できるではないか!!」

「は……ハイ……できちゃいましたね」


 そんなバカな。

 先ほどは上手く騙せてこれから一週間くらいは出来損ない作戦で粘る予定だったのに。

 

「魔石は使えなかったが剣が使えるなら話は早い。貴様は明日から実践訓練だ」

「そ、そんな~!!」

「なにを想像しているかは知らんが、実践訓練では魔力は使わない。全て峰打ちだ。相手の速さによっては傷を負うこともあるだろうがめったにない」

「ソウダッタンデスカ」


 とはいえ痛いのもごめんである。

 防衛意識から、遅れてバリアの魔法陣が巡を包み込んだ。

 

「魔石も使えている。実践だ」

「そんなぁ……」


 実践だおじさんと化したスライムと、25歳の人間の声が部屋にこだました。

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