第2話

「貴殿には騎士団の第三兵団へ配属を遣わす」

 召喚に関わっていた国王直々の命令である。


 召喚した勇者が人違いだった事が判明してはや数日。

 

 巡は一世一代の危機に陥っていた。

 

 というのも、異世界から召喚された自分が伝説の勇者ではなかったからである。

 

 聖剣の儀と称して聖剣を抜けるかどうか試された巡は見事に抜くことができず、辺りには物凄く気まずい空気が漂った。

 しかし頑張ってみるものの聖剣が抜けることはなく、召喚されたのは勇者ではなく人違いだということがバレてしまったのであった。

 

 問題なのはその後である。

 仮にも異世界人を召喚した立場でありながら、この国、アルストリウルスは巡を兵団の第三部隊へ送り込むと宣いだした。

 

 巡も最初はその重要性に気付いていなかった。

 何しろ異世界から来たのだし、自分を召喚した国のことも、どういう状況の国が異世界人の召喚に踏み切るのかなんてこともはっきりとは把握していなかったからである。

 

 気付いたのは、前回とは違いお付きのメイドも何もなく神殿からほっぽり出された後だった。

 なんとこの国、勇者が人違いだったからと巡に何の恩恵も与えず野へ放ち、自分の力で生きていけと言う。

 

 そんなバカなと、元の世界へ帰らせてくれと懇願してみたが、この世界では異世界召喚の魔法陣を完成させるのがやっとで、今回の間違いもどこをどう取り違えて人違いに至ったのかもまだ解明されていないのに元の世界に帰る方法などあるはずがないと言う。


「なぜ貴方様は勇者ではなかったのでしょうか……」

「そちらが召喚したい人とは別に異世界に召喚されやすい体質の人間がいるからですかね……俺とか」


 このような会話で打ち止めである。

 

 それでは異世界に召喚された挙句路頭に迷って死ねと言われているのと変わらない。

 仕事をくれと頼み込んでみたところ、それでは騎士団に入るのはどうかと提案された。

 

 騎士団と言えば、王宮の花形ではないのかと喜んだのも束の間、神官たちの説明によってそれは間違いであると思い知らされた。

 

 なんとこの国の騎士団、最近この世界へ浸食が進んでいる魔界との境界線へ派遣され前線で戦うのだという。

 魔界とは戦争などないが、浸食が進めば魔獣やモンスターの出現が増え民間に危害を及ぼすため、騎士団が向かうのだとか。

 

 普通、騎士団とは戦争さえなければ命の心配まではしなくても良いものだと思い込んでいた。

 それは前回の転生による記憶から算出した勝手な妄想である。前回の世界では、天候が敵であり、国との対立がなかった転生先では騎士団は鍛練や街の警備が主な仕事だったからだ。

 

 早い話、アルストリウルスという国は人違いを保護するくらいなら前線に送り込んでその先野垂れ死のうが戦って死のうが構わないと言っているのである。

 

 しかも、詳しい話はわからないが第三兵団という微妙な数字の騎士団に送り込まれるらしい。

 第一や第二なら前線から少しは遠のけるのだろうか。

 

 そんなことを心配したとて、後の祭り。

 巡は国家直々の命にてアルストリウルス国騎士団第三兵団へ所属することとなった。

 

 

 

 

「あのー、来ました」

「来ましたとは何だ!何処の誰だ貴様は!兵長の手を煩わせるのであれば騎士たるもの挨拶すべし!!」


 いきなりの怒号である。

 

 確かに挨拶は大事である。

 社会人として挨拶は基本だが巡は軽作業の工場勤務しかしたことがなく体育会系の空気などたの字も知らない。

 

「今日から第三兵団に所属させていただくことになりました。初崎 巡と申します。よろしくお願いします」


 これでどうかと様子を伺ってみるとこれは当たりだったようで、怒号を飛ばした張本人であり、第三兵団の兵長はこちらに向き直り鋭い眼光で巡を頭の先から足のつま先まで見回した。


「ハツザク?」

「初崎です」

「ハチザクィ」

「巡です」

「メグル」

「ハイ」


 この国には無い発音なのか、初崎が言えない。

 巡の名も少しアクセントの利いた発音だが、名前の方が良さそうなので返事しておく。


「国王から配属の件、承っている。兵長のバリヤ=オノルタだ。貴様は異世界人間だな」

「ハイ」

「これからアルストリウルス国騎士団の一員として貴様は剣を振るい己が命を懸けてこの世界を魔界から守ることとなる。鍛錬として鍛えはするが死なないようにするのは個人の器量だ。精々死なないように戦地を逃げ回る練習でもしておけ」

「……ハイ?」

「貴様のような貧弱な騎士は大抵モンスターや魔獣に襲われ死に至る。国に貢献し名誉ある死として奉られるのが関の山だ。この第三兵団は平民からの徴兵で団が成り立っていて、貴族や商人の家から来た者共の所属する第一、第二兵団とは違い前線へ赴く。貴様もそのうち死ぬだろうが死ぬまでは面倒見てやるから精々足掻けと言っている」

「はぁ!?!?」

「上官に向かってはぁとはなんだ!!」

「すみません!!」


 国王この野郎。


 召喚の儀に関わった神官の一人に連れられて兵団の訓練場へ赴いたは良いものの、ここまで本気で見捨てられているとは思いもしなかった。

 

 一度目と二度目の異世界転生により死ねば元の世界に戻れるのではという考えが頭をよぎったが、逆に言うと2回しか成功例の無いことを本気で試してもし本当に死んだら終わりならば最悪である。

 死ぬなんてことは試さないが吉。

 不可抗力でも死ぬのは嫌だった。


「あのお……俺は一体何をすれば」

「貴様は……魔力が高いな」

「えっ」

「あ?」


 そんな馬鹿な。一回目の異世界では魔力が無くて死んだのである。

 そしてここでは聖剣も抜けなかった身である。


 そんな自分が魔力が高いなんてこと、あるのだろうか。

 世界によって宿るものが違うのかもしれない。


「平民から徴兵される騎士たちは貴族程ではないが魔力が高い者でなければ騎士団には入れない。貴様も奴らと同じくらいの魔力はあるようだ。

 魔獣やモンスターと戦う時はどうしても魔法が必要になる。剣に魔力を纏って戦わなければ剣などすぐに折れて負けてしまうからな。貴様がまずすべきことは剣に魔力を纏わせる訓練だ」

「い、いや、あの、俺はヒーラーとかで仲間を支えたり魔導士として後方支援するのが合ってると思うんですが」

「騎士団にそのような役割は無い。そして貴様は魔導士ほど魔力が高くない」

「そ、そんなぁ……」


 どうやら本当に前線へ赴かなければならないらしい。


「とはいえ剣に魔力を纏うこともできん新米を戦地へ連れて行くわけにはいかない。貴様は当分この訓練場で魔力のコントロールの訓練だ。その次は真剣を使わずに騎士同士での合同訓練。それらを踏まえて初めて実戦だ」

「そうなんですか!?」


 ヤッターと叫び出しそうになるのを抑えて巡は内心喜んだ。


 これはもしや魔力コントロールが上手くいかなければ戦地へ赴かなくてもこの世界でやっていけるかもしれないという希望の光だった。

 劣等生に、俺はなる!

 屈強な武人を前に巡はほくそ笑んだ。





「メグル殿!!」


 そんな所へやって来たのは神官の一人だった。


「どうしたんですか」

「いえ、メグル殿には用がありません。私は兵長のオノルタ様に用があって参りました」


 神官はバリヤへ向かって要件を告げた。


「この度、異世界人間のメグル殿を第三兵団兵長、バリヤ=オノルタ様に一任することとなりました。

 メグル殿には騎士団の寮へ住んでいただきますがこちらのことは衣食住含めて何もわからないでしょうから、オノルタ様から紹介してください」

「何。私はそこまでの命は仰せつかっておりませんが」

「国王陛下直々の通達です。勇者様でなかったとはいえ、異世界からの移住者ですから何か他に使い道……使命があるやもしれぬとの結論に至りました。そこで兵長のあなたにはメグル殿の面倒を見ていただきます」


 今、使い道って言った?

 巡は聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが話はどんどん進んでいく。


「たしかに、魔力はある程度ある様子ですが」

「それではなおさらでしょう。貴方様も今回を機に戦場へ赴くのは一旦休止期間に入り、異世界人について学び、お互いに利益を得ることとしましょう。異世界人間についての報告書を定期的に提出するように」

「……了解致した」

「では、お願いしますよ。くれぐれも死なせることのないように」

「死ぬかどうかは個体ごとの才能によりますが」

「そこをあなたがどうにかするんでしょう。期待しています」



 神官は去って行った。


「あのー……よろしくお願いしますね」

「黙れ」


 厄介ごとを押し付けられた第三兵団の兵長は、とても機嫌が悪そうだ。


 しかし巡からすれば、先ほどまでの命の心配がなくなった為、ホッと胸を撫で下ろす一件である。

 異世界に来て、携帯電話も繋がらない世界で命の心配や路頭に迷う心配までしなければいけないなど最悪の事態を避けられただけでも恩の字だ。


 この国では朝昼晩と、時を知らせる鐘が鳴り響く。

 カーン、カーンと鳴り響いた音を聞いて巡は言った。


「お昼……食べに行きたいんですが」

「黙れ」


 兵長ことバリヤ=オノルタはそれはそれはもうご機嫌斜めだった。

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