愛は二の次~スライムが強すぎる~
水宮恵
第1話
1度目はスーパーで買い物をしている途中の事だった。
買い物カゴをカートで押しながら満杯にしていた途中、急に光を帯びた床に落とし穴が現れカートごと異世界へ出現した初崎 巡(はつざき めぐる)は、多数の魔術師たちに囲まれながら「神子」と呼ばれて崇め奉られた。
「なんだあの手押し車は!?」
「野菜に似たものを多く詰め込んでいる!カゴが何か珍しい物質でできているようだ」
「野菜以外に何かおかしなものを沢山お持ちのようだ」
「これらはなんなんだ一体……」
「しかし、召喚には成功した!これで我が国は安泰だ」
「いや、待て」
「なんだ、なんだ」
「おかしい。神子様から魔力が一切感じられない」
「本当だ……。神子様はこの世界で一番の魔力量を保有している筈なのに、なぜだ」
「魔力がない人間などこの世界に居るわけがない。魔力がないとこの世界の人間であればすぐに死に至るはずだ!」
「では、あの者は一体なんなのだ!神子様!」
「神子様!!」
召喚されて数分も立っていないだろう。
その間、巡はろくに言葉も発することができなかった。
なぜなら召喚された先の世界では魔力のない人間は死に至るようであり、自分には魔力が一切無いなどと目の前の魔術師たちが宣っているからである。
そう、召喚されて数秒で瀕死の危機に陥った巡は言葉など発する余裕などなかった。
息が苦しい。そして召喚に成功したと喜んでいるところ悪いが明らかに人違いである。
そう、最後に言い残す事があるとすれば――
「スーパーの品……、万引きじゃんコレ」
「ハッッ」
目覚めると夜のゴミ捨て場だった。
ゴミ捨て場に身を投げるような体制で目を覚ました巡は結局スーパーの品はどうなったんだと焦った。
よもや夢を見ていたかのような、一瞬の出来事だった。
自分はまさに、異世界に行っていた。そして死んで、元の世界に戻ってきた。
召喚された先の世界では神殿のような場所だったことを鮮明に覚えている。
このゴミ捨て場は見た感じ完全に元の世界だ。
夢ではないことは肌で感じていた。
しかし、スーパーはどうなったのだろうか。
あっちの世界で死んでしまったことにぞっとする間もなく、元の世界では万引きに当たる行為に手を染めてしまったことでまず一番に己の身が犯罪者であるか否かの心配をする羽目になった。
そういえばと携帯電話をスラックスのポケットから取り出し、位置情報を確認する。
「い……岩手!!」
どこだよ!いや、岩手県か!!
岩手には何も罪は無い。しかし新幹線を乗り継がなければ己の生活圏内に到達することは叶わない位置情報である。
なんで召喚前はスーパーだったのに帰還後は岩手なんだよ!?
半ばキレながらクレカ式の乗車カードを使用して帰路に付いた。
警察の目を気にしながらも半年ほど経過し、あの一度死んだ記憶も夢と混同し忘れかけていたその頃。
ピカッ――
またしても複雑な術式の魔法陣が巡の足元に現れた。
「聖女様!聖女様が降臨なされた!召喚は成功だ!」
「眩しい!眩しくてよく見えないが見目麗しい!」
「聖女様だ!これで我が国の天候も日の恵、雨の恵に恵まれることだろう!!」
まさかこれは。
一瞬で悟った。
そして思い出した。一度目、人違いで自分を召喚し殺した世界があった事を。
「俺は一体……」
!?
驚いた。
自分の発した声が、明らかに自分の物とは違う、いうなれば女子高生くらいのあどけない女子の声だったからである。
「聖女様!!」
「聖女様!!!」
「え……いや、こういうのもアリなの!?」
転生である。
普段、しがない会社員として工場勤務していた初崎 巡、25歳童貞。明らかに若返った上に女子になっていた。
「しかし……今回の聖女様は男性であられると水晶玉では予知が出ていたのではなかったか」
「!?」
「た……確かに。ではこの方は、一体なんなのだ?」
「!?!?」
驚きの連続である。
なんでだよ。
性別まで入れ替わって年齢まで操作されてるのに、なんでだよ。
またしても人違いである。
というか、聖女という先ほどから聞こえてくる単語は一体何なのか。聖「女」であれば女の筈だろう。
男性の聖女って、何!?
「あの~申し訳ないんですけれどもぉ」
魔導士のうちの一人がヘラヘラと声を上げる。
「なんだ。申してみよ」
「術式の一部、間違っちゃってます。一部だけ100年前の術式が混ざって書き込まれてます」
「何!?」
「多分ですけど、聖女様、人違いです」
「何ィ!?」
「異世界召喚にはこの国の魔力全てを使用してしまうので、もう術式は発動できません~」
「何だとォォォ!!んなバカな!!」
いやそれ、俺のセリフ~!!
巡は黙って異世界の会話を眺めていた。
今度は前回のように召喚後すぐに死に至るわけではないようだ。
死んでも元の世界に戻れるのであれば今死んだ方が手っ取り早いが、死ねば元に戻れる確証など無い。
一度戻れたからと言って二度目も戻れるとは限らない。
「あ、あの~……」
「ハッ!聖女様……いや、人違いの女子よ、何か、申してみよ」
「俺……いや私、どうなっちゃうんですかね。というか、ここはどこですか?」
「む……む……いや、今更国の全ての魔力を使用しておいて間違いなどあってはならない。魔導士たちは便宜上罰を与えるわけにはいかないが……、すまない。女子よ。そなたは聖女としての勤めを果たすのだ」
「せ、聖女としての勤め?!」
「この国に恵の日の光と雨を降らし、作物に恵まれ採れた作物によって家畜を育て、豊かな国にする。それが聖女の役割だ。聖女とは、その国にいるだけで国に恵みをもたらす存在なのだ」
「わ、わかりました。そしたら俺……私は、身の安全は保障されるんでしょうか」
「無論、上手くいけばそのように」
「ハイ……」
無理でした。
ビュウウと吹き荒れる嵐に、宮殿の窓から危険なくらいに吹き込んでくる風に髪を靡かせながらフ……と笑う。
もはや笑うしかないからである。
なんと召喚された先の国では既に天候は荒れ、飢餓に見舞われ最後の最終手段として聖女を異世界召喚したらしい。
そういうのは大事をとって余裕を持って行動しておけよ。水晶玉の予知、意味が無いにも程がある件である。
最終兵器聖女として女子高生(推定)に転生した巡は、召喚後宮殿に囲われた後、荒れ狂う豪雨と天日干しの2択を交互に繰り返す天候を諫めることはできず、無力な自分を呪いながら窓から城下町を眺める日々を送っていた。
国は聖女を間違えて召喚したことは公表せず、隠蔽。
巡は偶然の力で一時的にでも天候を治めることを期待されながらも宮殿内にて放置されていた。
「あっ、聖女様!危ない――」
お付きのメイドたちのキャアアという悲鳴に気が付く間もなく、城下町から嵐で飛んできた剥がれた屋根と窓からぶつかった。
「ハッッ」
目覚めると映画館の座席に座っていた。
上映前のようで、スクリーンは暗黒のままだ。
ちらほらと人が行きかっていた。
「あの~、そこの席、私の席なんですが」
「えっ」
見上げるとチケットを持った男性が困り顔でこちらを見ている。
待て。映画館の前にどこだここは。
「あっ、す、すみません。間違えました」
さっさと席を譲って携帯電話で位置情報を確認する。
今度は生活圏内の映画館だった。
前回は新幹線移動が必要だったために家に帰るのにも金がかかったが、今回は徒歩は無理だが電車を乗り継げば家には帰れそうな場所だった。
ふと携帯電話の日付を見てぞっとする。
聖女として転生した日と全く同じ日付だったからである。
この世界に自分がいない間、たったの一日も日付が変わっていない。
前回と同じだった。
とはいえ、今回は前回のようにスーパーの盗難疑惑などを心配しなくても良い。
映画館には入り込んだのか、たまたまあの場所に落ちたのかはわからないが別世界で女子高生に転生し瓦礫に巻き込まれて死んだ後、また戻ってきたのであろうことは予想に難くなかった。
まぁ無賃鑑賞はしていないから許されることだろう。
「フー……帰るか」
駅に向けて帰りかけたその時。
ピカッ――
複雑な術式の魔法陣が巡の足元に現れた。
しかし今度こそはこちらも学習しないわけではない。
魔法陣に吸い込まれる前に足元の魔法陣を跨いで避けた。
と、ピカッ!ピカッ!ピカッ!!
カカカカッと四方八方を囲むように魔法陣が現れた。
「いやいやいや……オイオイオイオイ!!」
その内の一つにまたしてもずるりと身体が吸い込まれていく。
魔法陣が複数発動するなど初めてのことである。
これでは逃げる間もなく捕らえられているのと同じである。
「勇者様!」
「勇者様が召喚なされた!」
「これで魔王からこの世界を守ることができる!」
「勇者様……ああ勇者様!!」
巡はスゥーッと息を吐いて、吸った。
「いや人違いィィ!!」
3度目の正直ならぬ3度目も人違いである。
確実にそうである。
辺りを取り囲む神官たちは、勇者と言ったか。
どこをどう、貧相な運動不足工場勤務の25歳の身体付きを見て勇者だなどと宣うのだ。
勇者と言えば、RPGなどで魔王や世界の瘴気から危機を救う重大なポストのキャラクターである。
通例として筋骨隆々とした出で立ちで銀の装備に身を包み、選ばれし勇者にしか抜けない聖剣を手に世界を救うであろうそれである。
予想通りというか、召喚された目と鼻の先には岩に埋まったおそらく聖剣がそそり立っていた。
「勇者様……今、選ばれし者として聖剣の儀を受けよ」
これを抜けというのだろうか。
抜けるだろうか。
3度目の正直という諺もあるくらいだし、魔法のある世界ならば貧相な体でも魔力さえあれば剣術もチートという世界線の可能性もある。
巡は神官たちに進められるまま、聖剣に手を伸ばした。
「抜けねー!!!!」
やはり転生先は人違いだった。
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