第3話 小悪魔と間接キス
「否応なく分からせてあげます。私が鈍感野郎の先輩と一緒にいる理由を」
そう宣言した直後、
間近に迫った美少女の顔のご尊顔ぶりに茫然自失としたまま、顔を真っ赤にしている僕を萌花は視界の端に留めながら自分の鞄が置かれている席へ戻っていくと、ジィ、と鞄を空けて何かを取り出した。
「(……ペットボトル?)」
萌花が取り出したのは飲みかけのペットボトルだった。中身はミルクティー。
意図が分からないまま萌花を見つめていると、萌花は手にしたペットボトルの蓋を開けてそのまま飲み始めた。
「す、水分補給?」
「ふふ。少し違います。これはただの水分補給じゃありません」
やがて、ぷはぁ、と人心地着いたような吐息を漏らした萌花は、僕に見せつけるようにぺろりと舌を舐めずったあと、
「――?」
萌花はペットボトルの蓋を開けたまま、僕の下へ戻って来た。
そして、おもむろにさっき自分が飲んだペットボトルを僕の前に差し出してきて。
「これ、飲んでください」
「はあ⁉」
突然そんな命令を萌花に送られて素っ頓狂な声を上げる僕。
困惑する僕に、萌花は愉快そうに微笑を浮かべながらペットボトルを押し付けてきた。
「ほーら。先輩。早く飲んでください」
「な、なんでだよ!」
「萌花と間接キスしましょ」
ドストレートに想いをぶつけてくる萌花。
「い、嫌だよ」
「どうしてですか? 美少女と間接キスができるんですよ? それも偶発的にじゃなく、誘発的に」
「だ、だからってなんで急に」
「言ったでしょう? 分からせてあげるって」
それが間接キスってことなのか?
戸惑う僕とは裏腹に、萌花の積極性は更に増していく。
「ほーらぁ。早く萌花の飲みかけのペットボトルに口付けてくださいよぉ」
「ちょお⁉ も、萌花……っ」
顔の前にペットボトルを迫らせてきて、間接キスをしろと催促してくる後輩。
両手で迫って来る彼女の手に抗うと、
「むぅ。意固地な先輩にはこうしてやります――はぁむ」
「ひゃん⁉」
拗ねた風にぷくりと頬を膨らませた萌花が、
「ちゅぱちゅぱ……れろれろ……ふへへ、せんぱぁい。力が入らなくなってきちゃったみたいですねぇ」
「もかっ……おま、なにして」
「せんふぁいのみみをたべてまーふ」
ふふ、と愉しそうに笑いながら耳を舐め続けてくる萌花。
「ちゅぱ、れろっ……せんふぁいのみみ……おいひぃ……ふへへ」
「(なんだこれ、身体に力が入らない)」
いきなり後輩に耳を舐められた動揺も精神的に影響しているのだろうが、萌花の手を押し退けようとする力が勢いよく削がれていく。
次第に成す術がなくなっていく僕を萌花は嘲笑を含んだ笑みを浮かべながら視界の端で捉えていて、最初の命令を遂行させようとペットボトルの縁を口許に押し付けてきた。
「ほら? 先輩。私の
「――っ」
少しずつ意識が
身体の抵抗力はほぼ皆無。されど心までは抗う力を失ってはいない――けれど、
「は、はっ――んっ」
「ふふ。よくできました」
これが、屈服するということなのだろうか。
身体の抵抗力を削がれ、精神すら屈した僕はついに萌花の飲みかけのペットボトルに口を付けてしまっていた。
萌花は僕の口唇がペットボトルの縁と接続したことを確認すると小さな微笑を浮べ、それから器用にペットボトルを傾けた。
波のように揺れるミルクティーがまだわずかな抵抗を見せる口唇に触れる。
「ダメですよ先輩。飲んだふりなんてしたら。ちゃぁんと、お口を開けてください」
「……(くっそ)」
逆らえない彼女の強制力に閉じていた口を開けると、少しずつ咥内を甘い液体が浸食していく。
「そうそう。いいですよ先輩。そのまま、萌花の唾液がたぁっぷりと含まれたミルクティーを飲んでください」
「っ⁉ (コイツやりやがった!)」
さっき一度自分で飲んだのは自分の唾液を入れる為だったのか!
今すぐ吐き出したいが男としてのプライドが邪魔しているせいか、結局この小悪魔の思惑通りに事が進んでいく。
こくこく。できうる限り少量で済ませようとするも、萌花がそれを許さずペットボトルを傾け続ける。
「ダメですよ先輩。ちゃぁんと飲まなきゃ。萌花の唾液。ちゃんと先輩の身体に流し込んでください」
「んっ……んっ……んっ」
俺は今、後輩に何をされているのだろうか。
ただ一つ分かるのは、この小悪魔の命令を迅速に遂行すればこの拷問から解放されるということ。
この悪魔の意図はからきしだが、とりあえず満足させれば住む話だと自分自身を納得させてひたすらに萌花の唾液がたっぷり含まれたミルクティーを体内に流し込んでいった。
そしてペットボトルの中身がようやく三分の一まで減った頃。
「ふふ。よくできました」
「ぷはっ……はぁはぁ、悪魔め」
「ふふ。先輩だけの小悪魔ですよ♡」
言ってることは可愛いのに、何故だろう。今はただ萌花の浮かべる悪戯な微笑に敗北感しか胸に湧かなかった。
「それでどうですか? 萌花と間接キスした感想は?」
美少女と間接キスできて嬉しかったでしょ? と挑発的な笑みを浮かべながら問いかけてくる萌花に、僕は涙目で今の心情を叫んでやった。
「こんな最悪な間接キスして嬉しいなんて思うか!」
「そんな⁉ 萌花と間接キスしたんですよ⁉ 普通なら喜ぶのに⁉」
本当にショックを受けているようで、愕然とする萌花。僕は
「普通ならな! ただ今のは突拍子もない上に意図が分からなすぎて終始困惑しっぱなしだったわ!」
「興奮もしなかったですか⁉」
「それは……」
その質問には思わず答えを言い淀んでしまった僕を萌花は見逃さず、狼狽する顔から一転、形勢逆転した風に口角を上げた。
「あはぁ。なんだ。本当はちゃんと興奮してたんじゃないですか」
「し、してない!」
慌てて否定するも時既に遅し。萌花は僕との距離を詰めて追及してくる。
「嘘はよくありませんよ先輩。萌花と間接キスを……いいえ。唾液を飲んで興奮したんですよね?」
「だ、だからしてない」
「ふぅん。それならどうして萌花と目を合わせないんですか? 嘘を吐いてないならちゃんと萌花の目を見て否定できますよね」
「目を見る必要がないだろ」
「ダメです。先輩。否定するならちゃんと、いいえ。先輩の本心をちゃんと、萌花の目を見ながら白状してください」
「――ぁ」
顔を、いや目を背けさせぬよう、両手でガッチリホールドして強制的に視線を交差させてくる萌花。そんな萌花の、真っ直ぐで揺らぎない紫紺の瞳に吸い込まれるように意識を引き寄せられる。
「さ。先輩の本心を私に教えてください――萌佳と間接キス……いえ、萌花の唾液は美味しかったですか?」
なんて悪趣味な質問だろうと思った。
その問いかけを否定すれば萌花とたった数ヵ月ではあれど心地よかったこの時間が終焉を迎えることは容易に察せられた。
そして、肯定すれば――
「ほら早く。そうじゃないと、おかわり飲ませちゃいますよ」
急かすように解答を催促されて、萌花が机に置いたペットボトルに再び手を掛ける。
「お――」
「お?」
肯定すればどうなるのか。その先の答えは、この瞳に映る少女の小悪魔の微笑みが全てを物語っていて。
「美味しかった」
「ふふ」
正直、唾液の味なんて分かるはずがない。それでも萌花が望むであろう答えを声に出せば、小悪魔のような笑みを浮かべる少女はご満悦げに笑って。
「よくできました」
正解です。そう言いたげな表情に、僕の身体中の血液が
【あとがき】
紫雨萌花――小悪魔属性SSS
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