はじめまして

藤泉都理

はじめまして




 もういいだろう。

 どちらが先だ。なんて、張り合おうとすらしなかった。

 どちら共に同時に、手を伸ばした。

 初めて。




 触れてしまえば、離せなくなると、幼い頃から悟っていたからずっと。

 一度たりとも触れはしなかった。

 言葉も、身体も、体温も、吐息も、視線も、何もかも。

 仲の悪い兄弟だ、二人しか居ない兄弟なのだから仲良くしなさいと、何度両親や親戚や友人たちから諭され、叱られた事か。

 それでも、誰が何と言おうと、私たちは、一度も、触れ合いはしなかった。

 わかっていたからだ。

 私たちは、私たちの稀有な力を次の世代へと継承しなければならない。

 そう、わかっていたからこそ。

 そんなの知るか、私たちは私たちの人生を歩むのだ。

 なんて、反抗はしなかった。

 私たちは継承者を育てる事に対して、投げやりになどならなかった。

 真摯に向かい合った。

 いずれ来る未来の為に、互いに少しでも胸を張って会う為に。


 どちらともに継承者を、子どもを、理解ある方と共に育て上げた。

 孫にも放任主義すぎると叱られるほどに、愛情を注いだ。

 孫にも溺愛主義すぎると叱られるほどに、愛情を注いだ。




 だから、もう、いいだろう。

 理解ある方には、世間でいう所の妻には、サヨウナラを言った。アリガトウを言った。

 子どもと孫たちには、アリガトウを言った。

 困った時はいつでも連絡をしなさいと言った。

 最後に、一人一人抱きしめて、魔法の箒に乗って、実家に向かった。

 最速で。

 確信があった。

 必ず、あいつは、居る。




 もう、いいだろう。

 いいはずだ。

 種の存続という生命としての役割はきちんと果たした。

 だからもう、いいだろう。

 ここまでの長い間、我慢して来た、すべてを逸らして来たのだ。

 だからもういいだろう。


 弟である私が兄に触れても、いいだろう。

 心底愛する者と共に、これからの人生を歩んでもいいだろう。

 いや、もう、誰が何と言おうが、例えば、世界中の神々に反対されたとて、私たちは、もう、この手を離しはしない。


 手を伸ばし。

 手に触れて。

 迸る電流に怯えることなく。

 手を掴み。

 互いに肉体を己の肉体に引き寄せて。

 この年にしては珍しく厚い背中に腕を回して。

 きつくきつく、抱擁した。

 あつくあつく、泣き濡らした。




「あに、じゃ。あにじゃ。兄者」

「ああ。ああ。もう。もう」


 一度に大量に多量に触れ合ってしまったせいだろう。

 呼吸も、言葉も、熱も、睫毛も、髪の毛も、爪も、皮膚も、筋肉も、眼球も、歯も、骨も、内臓も。

 熱くて、熱くて、堪らない。

 このまま抱擁し続けたら、どこからともなく肉体に火が点いて、二人して燃えて、燃え尽きて、消し炭になって、風に乗って、世界中のあちこちに流れてしまうのではないだろうか。


 お互いに同じ事を想像したのだろう。

 それは嫌だと同時に言い合って、苦笑を溢してのち、さらに肉体を密着させた。


 これからはずっと一緒だ。

 魔法で若返りの術をかけてのち、魔法の箒に乗って、実家を後にしようとしたのだが。

 どうしても離れられる事ができなくて。

 まあ、九十年も我慢したからいいかと。

 この苦しくも愛おしい熱に侵され続けるのであった。


「―――」


 恥じらっているからか。

 熱に侵されてうまく言葉を吐き出せないからか。

 兄がとても小さく呟いたので、私もゆっくりと言おうとしたら、言葉が重なり合ったのであった。




 はじめまして。と、











(2024.9.24)



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はじめまして 藤泉都理 @fujitori

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