第18話

 王を倒した後、俺は会長ら3人を送った路地裏へ静かに降り立った。


 もうとっくに、どこかへ移動していると思っていたが、彼女たちは律儀に俺の帰りを待ってくれていたようだ。


「あー! 蓮先輩じゃん! おかえりー!」


 爛漫は俺を見つけると、顔を輝かせて明るい声で迎えた。その無邪気な笑顔が、ほんの少しだけ疲れた心を癒してくれる。


「王宮から光の柱が上がったのが見えて、何かあったんじゃないかと心配していたんです」


「……もしかして、あなたの仕業なの?」


 不安を感じていたのか、会長は俺の姿を見て胸を撫で下ろす。その隣で、雪乃が答え合わせするように言葉を付け加えた。


「いや、俺は関係ないよ。寒い中待たせて悪かった、王宮に戻ろう」


 俺はできるだけあっさりと答える。最初に光の柱を上げたのも、地上に降り注いだ光も、すべて王が放ったものだからな。嘘はついていない。


「ええー!? せっかく逃げ出したのに、また戻るの!?」


 爛漫が子供のように驚きの声をあげた。


「もう大丈夫だ。全部解決したからな。歩きながら詳しく話すよ。それから――"無限収納インベントリ"」


 目の前の空間に歪みが生じ、黒い裂け目が現れる。それは現実の一部が切り取られ、異次元に繋がっているかのような光景だった。


 俺は空間の裂け目に手を突っ込み、サフィリアを3つ取り出す。


 "無限収納インベントリ"は、どんな物でも無制限に保管できる俺専用の空間だ。サイズや重量に関係なく、すべてのアイテムが時が止まった状態で保管される。賞味期限のある食べ物も腐らないし、別次元にモノを預けているようなものだ。


 3人はすっかり俺のチート能力に慣れてしまったようで、"無限収納インベントリ"には触れてくれなかった。少しだけ悲しい。


「これは……?」


 会長が小首をかしげる。


「サフィリアという、この世界の果物です。会長たちはまだ何も食べていないようなので、良かったらどうぞ」


 俺も腹は減っているが、何も食べていない3人に比べたらマシだ。会長はそれを察してか遠慮しているが、「俺はもう食べましたから」と言って強引に手渡した。


 爛漫が何も疑わずに口にする。


「うわっ! これ甘くてめっちゃ美味しい!」


 笑顔で目を輝かせる彼女を見て、俺も少し笑みがこぼれる。


 雪乃は慎重に一口かじる。最初は驚いた顔を見せたが、やがて静かに頷いた。


「……意外と悪くないわね」


 会長は一度匂いを確かめてから、上品に口にした。


「……っ! とっても美味しいです……!」


 果物を食べながら、俺たちは王宮に向かって歩き出した。俺は彼女たちと別れたあとの出来事を、なるべく簡潔に説明する。


 王が死んだこと、佐藤が新たな王となること、そしてもう彼女たちに危険が及ぶことはないことを――。


 爛漫は感嘆の声を上げた。


「うわー! さすが蓮先輩、なんかすごいドラマだよね!」


 雪乃は相変わらず淡々としているが、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「それなら、もう危険を心配する必要はなさそうね」


 会長は歩みを止め、俺の目を見つめた。


「……ありがとうございます、蓮君。本当に無事でよかった……」


 その一言が、妙に心に響いた。俺はわずかに肩をすくめると、軽く笑った。


「俺に礼を言う必要はないですよ、これからが本番ですから」


 そう、大切なのはこれからだ。

 王の脅威は去ったが、これは単なるチュートリアルに過ぎない。


 まだ……何も始まっていないのだから。


 ◇◇◇


 後日、佐藤を王とする継承式が行われた。

 玉座の間は厳かな雰囲気に包まれ、天井からは歴代の王の肖像が描かれた巨大なタペストリーが垂れ下がっている。


 玉座の前には宰相をはじめとする貴族や大臣たちが整列し、その背後には王宮に招かれた民衆の代表者たちが不安げに見守っていた。


 今日、新しい王が誕生する――それは、この国の未来を左右する重大な瞬間だ。


 佐藤は、玉座の前に立っていた。普段の高校生らしい姿とは違い、式典用に用意された純白のマントを羽織っている。胸には王家の紋章が刻まれた金のブローチが輝いていたが、彼自身の顔はどこか居心地悪そうだった。


 ちなみに、俺は名誉国民兼佐藤の相談役として、傍に控えることを許してもらっている。


「緊張してるか?」


「当たり前だろ……なんで俺が王なんだよ、絶対に場違いだって……」


 小声で尋ねる俺に、佐藤は弱音を吐きながら、そわそわと足元を見つめていた。俺は肩を軽く叩き、笑みを浮かべて励ます。


「お前がやらないとこの国が崩れる。大丈夫、みんながついてる」


 宰相が一歩前に進み、杖を床に打ち鳴らした。その音がホール全体に響き渡り、室内の雑音が一瞬で消えた。表情には一切の揺るぎがなく、厳粛な儀式の開始を告げる。


「これより、エリュシア王国の新たな王の継承式を始める!」


 宰相の声が響き、全体が静まり返る。彼はゆっくりと話し続けた。


「王家の血筋が断絶した今、我々は新たな時代を迎えなければならない。その象徴として、王国を救い、王の圧政を打ち破った英雄――佐藤殿を新王として迎え入れる!」


 その言葉に、貴族たちは一斉に姿勢を正し、無言の敬意を表した。民衆も、英雄が王となることを祝福するように、小さく頷き合う。


 そして宣言と共に、王家の宝剣が運ばれてくる。黄金の柄に美しい装飾が施されたその剣は、建国以来、王の象徴として代々受け継がれてきたものだった。侍従が慎重にその剣を佐藤の前に差し出す。


 佐藤は一歩前に進み、宝剣の柄に手を伸ばした。剣の重みが彼の手に伝わると、その表情が一瞬緊張で強張ったが、それでも彼はしっかりとその剣を握りしめた。


「この剣は、国を守り続けた王たちの象徴です」


 宰相が低い声で語りかける。「これからは、あなたがこの剣と共にこの国の未来を導くのです」と。


 佐藤は深く息を吸い込み、剣を天に掲げた。その瞬間、剣は天井の光を受けて輝き、まるで新たな希望の光が王座の間全体を包み込むかのようだった。


 誰もがその光景に息を呑む。


「俺は……この国の新しい王として、民を守り、皆と共に未来を築いていくことを誓います」


 佐藤の言葉に、部屋の空気が変わった。その声には確かな覚悟と決意が込められている。それを聞いた者たちは互いに頷き合い、王としての誕生を受け入れる準備が整ったようだった。


 宰相は黄金の王冠を手に取り、慎重に佐藤の頭に載せる。――王としての継承が完了したのだ。


「ここに、新王の誕生を宣言する!」


 その宣言と共に、貴族たちは一斉にひざまずき、民衆の代表たちは歓声を上げた。新しい王が誕生した瞬間を喜ぶその姿は、佐藤が英雄としてだけでなく、国を背負う指導者として認められたことを意味していた。


 彼は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐにそれを隠して微笑んだ。


「……これが、この世界での俺の役割なんだな」


「今さら逃げられないぞ、陛下?」


 俺が冗談めかして言うと、佐藤は苦笑いを浮かべた。そして、玉座にゆっくりと腰を下ろす。その姿は、心做しか王の風格を漂わせていた。


 彼は再び立ち上がり、集まった人々に向けて語りかける。「俺は異世界から来た者です。でも、この国の一員として、皆さんと共に未来を築くことを誓います。どうか、力を貸してください!」


 その言葉に、再び場内から大きな歓声が上がる。内心はともかく、貴族たちも、民衆も、佐藤を王として受け入れる瞬間だった。

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