第17話

 "魔族化デモンスペル"――澱むような声で唱える王の体を黒い霧が覆い始めた。霧は瞬く間に王の周囲に渦巻き、その姿を包み隠すように広がっていく。


「ぐ、ぐぁぁぁぁあああああああッ!!」


 王の叫びと共に、霧が一瞬だけ濃くなり、次の瞬間――その中から人とは異なる、異形の姿が現れた。


 黒く長い角が頭から伸び、筋骨隆々とした体躯は見るからに強靭だ。赤黒い肌には無数の筋が浮き出ており、まるで身体中が燃え盛るような熱を発している。


「やっと王様らしい風格が出てきたな。もっとも、その姿じゃ"魔王様"の方がお似合いか」


 俺が軽く皮肉ると、王は赤い瞳をぎらつかせ、嗤い声を漏らした。


「強がっても無駄なことだ。本当は今すぐ命乞いがしたいのではないか? ……したところで余は許さぬがな」


 その声は、かつての王のものではない――低く、どこか冷徹な響きを帯びている。完全に魔族化した王の魔力は尋常ではない密度と圧力を伴い、床や壁にじわじわとひび割れを走らせていた。


 俺はその圧力を真正面から受けながら、冷静に観察を続ける。


「いいや、命乞いなんてするつもりはないさ。むしろ、これまでの王様が無様すぎて、生まれ変わった姿を拝めて嬉しいくらいだ」


 俺が淡々と返すと、王は一瞬表情を歪める。魔族化したことで得た力に酔っているのか、周囲に見せつけるように腕を広げた。


「……ほざくな! 見よ、この力を……! 余はもはや、ただの人間ではない! これこそ、魔族の力だ! 魔族の王として、貴様を一瞬で葬ることなど造作もないわッ!!」


 王が咆哮を上げると同時に、その足元から黒い閃光が生まれた。光の筋は瞬く間に広がり、床全体に魔法陣を描き出す。無数の文字が浮かび上がり、まるで生き物のように蠢いていくのが見える。


「混沌より生まれし刃よ、呪われし力を纏え。全てを無に帰し、虚無へと誘う刃となれ――“魔闇刃舞ダークネス・レイジ・カーニバル”!」


 詠唱と共に、魔法陣から無数の黒い刃が一斉に空中へと跳ね上がった。影のような刃の一つ一つがまるで生き物のように唸りを上げ、俺を標的として鋭い軌道で迫り来る。


 王はその光景を満足げに見下ろし、腕を組みながら自信に満ちた声を響かせた。


「どうだ、余の“刃”は空間を裂き、存在すらも引き裂く。貴様ごときがどうにかできるものではないッ!」


 黒い刃はただの攻撃魔法ではない。軌道を自在に変え、攻撃範囲を読ませないだけでなく、空間に裂け目を作り出し、物質を消し去る力を秘めている。


「……簡単なことだ。目には目を、歯には歯を、魔法には同じ魔法を――――

 "魔闇刃舞・改ダークネス・レイジ・カーニバル”!」


 周囲の空気が瞬時に冷え込み、暗闇が蠢き始める。俺の足元には黒い魔法陣が浮かび上がり、無数の漆黒の刃が次々と生み出される。


「な、貴様も同じ魔法を……!?」


 王の驚愕の声が耳に届く。だが俺は構わず、その黒い剣群を一斉に王の刃へと向かわせる。


「お前の刃が空間を裂くというなら――俺の刃は、空間そのものを喰らい尽くす」


 漆黒の刃が一斉に跳び上がり、王の刃と激突する。刃と刃が触れ合った瞬間、激しい火花が散り、空間が歪むような轟音が響き渡った。


 二つの魔法がせめぎ合い、空間そのものが軋んでいるかのような重圧が生じる。


「ぐぅっ……何ッ……!?」


 王の刃は俺の刃と衝突した瞬間、飲み込まれるように魔力が吸い取られ、次第に消え失せていく。俺の刃はまるで生き物のように王の刃を喰らい、魔力を吸収しながらさらに膨れ上がっていた。


「バカな、余の魔力が……吸収されるだと!?」


 王は動揺し、目を見開く。その隙を逃さず、俺は残った刃をすべて解き放つ。


「そういう"想像アレンジ"を加えたからな」


 俺の黒い刃は、王の刃を喰らった魔力を糧にし、一瞬でその姿を増大させる。巨大な刃は幾重にも重なり、まるで竜巻のように王を取り囲む。王はその場で足を踏みしめ、全力で防御の魔力を展開するが――――。


「無駄だ」


 呟き、その刃を振り下ろした。黒い剣群が一斉に王を襲い、空間が裂ける轟音と共に王を飲み込む。


 黒い刃は王の防御結界を次々と突き破り、壁を砕くようにして王の全身へと突き刺さる。


「がぁぁぁぁあああッ!!」


 王の絶叫が響く。体内に突き刺さった黒刃が、王の魔力を引き裂くようにして暴れ回り、体の内側から全身を蝕んでいく。黒い刃が螺旋を描くようにして魔力の流れを断ち切ると、王を覆っていた漆黒のオーラは徐々に消え失せていった。


 やがて、そこに残ったのは、満身創痍で膝をつく一人の魔族の姿だけだった。筋骨隆々とした体躯は削がれ、かつての威圧感は見る影もなくなっている。


「ぐっ……余の魔力が……なぜだ……」


 王は掠れた声で呟くが、その言葉は力なく散っていく。俺は王に歩み寄り、見下ろした。


「終わりだ。魔族になったお前を生かしておくことはできない」


「余は……余は……ただでは死なぬッ!」


 王は膝をついたまま、苦痛に歪む顔を必死に持ち上げると、力尽きそうな体に鞭打ち、無理やり立ち上がった。


 傷付きながらも両手を天へと突き上げると、その瞬間、全身から溢れ出る魔力が膨れ上がり、暴風のような圧力となって辺り一帯を揺るがす。


「ぬぅぅぅ……まだ終わらぬ、まだ……!」


 王の体から放たれた凄まじい魔力は空間を歪め、部屋全体に不気味な轟音を響かせる。床は次々とひび割れ、壁に大きな亀裂が走り、天井が軋みを上げる。


 やがて――王の体から放たれた魔力が、天を突き破るように一直線に伸び、寝室の天井を粉砕した。


 漆黒の光の柱は王宮の天蓋すら破壊して夜空へと伸び、外の闇を切り裂くかの如く天へと放たれる。


「世の命と引き換えに……この国を暗い奈落の底に沈めてくれようぞッ!!」


 王の体が宙へと浮かび上がり、天井の穴を通り抜け、夜空へと飛び出していく。俺は即座に"風翔フライ"でその後を追い、開いた穴から星空の下へ飛び出した。冷たい風が頬を撫で、視界には月の光を反射する王の異形の姿が見える。


「全てを消し去ってくれる……! 最後に……余の名を歴史に刻み込んでくれるわッ!」


 王は空中で腕を広げ、両手の平を地上に向けると、その口から重々しい詠唱が響き渡った。


「――無限の深淵よ、余の命を糧にその門を開け。虚無を纏い、闇を纏い、万物を呑み込み、破壊と消滅をもたらせ……“王彗魔滅光アナイアレーション・レイ”!」



 詠唱と共に、王の体から放たれた漆黒の魔力が天を貫き、巨大な魔法陣を夜空に描き出す。魔法陣が完成した瞬間、その中央から無数の光がほとばしり、やがて一点に収束していく。


 それはまるで星のように煌めき――夜空全体を覆い尽くすような閃光が放たれた。


「この国も、民も、城も……全て余と共に消え去るがいいッ!!」


 眩いばかりの閃光が地上へと降り注ぎ、王の叫びと共に大地を呑み込まんとする。その光線は一筋の流星のように、軌道上にあるもの全てを無へと帰そうとしていた。


「確かに、これなら同じ魔法で迎え撃っても意味はないな。衝突した瞬間、どっちみちこの国ごと衝撃波で消し飛ぶだろう」


 だが――


「――"消滅デリート"」


 俺がただ一言、冷静にそう告げた瞬間、空中の光線が静かに消えていく。王の放った魔法は最初から存在しなかったかのように、跡形もなく、言葉通り"消滅"した。


「ば、馬鹿な……余の全身全霊の一撃が……消えただと……!?」


 王は目を見開き、震える体を支えながら俺を見下ろした。


「残念だったな。自滅してくれて助かったよ。できれば人殺しにはなりたくないからな……いや、もう"人"ですらないか」


 俺の言葉が終わるのを待つかのように、王の体から魔力が急速に失われていく。その体は瞬く間に衰え、赤黒い肌が灰色へと変わっていく。


「魔法を消す魔法……彼の魔王ですらそのようなものは……!」


 王の体はもはや立っているのがやっとだった。力を振り絞って俺に手を伸ばすが、指先に触れる前に――。


「……ッ!」


 その体が、一瞬にして粉々に砕け散った。王は声にならない叫びを上げるが、その声も、体も、ただの灰となって夜風に吹き飛ばされ、跡形もなく消えていった。


 残されたのは、虚空に舞い散る灰の残滓と、冷たく輝く月の光だけだった。


「力に溺れた者の末路か……哀れなものだな」


 俺は呟き、王が消え去った空を見上げながら深い息を吐いた。王の狂気は、最後の瞬間まで彼の中に燻り続けていたのだろう。


 だが、それでも――王の力を認め、そして終わらせることが、俺に課せられた役目だったのかもしれない。この世界を導く力を授かった者として。


 冷たい風に吹かれながら、俺は静かに瞼を閉じ、そのまま夜空を見上げ続けた。



【大切なお知らせ】

 いつも陰キャぼっちをご愛読いただきありがとうございます!

 実は仕事の都合上、しばらく更新ができなくなりそうです(´・ω・`)

 下手すると二ヶ月ほど、、、

 毎日素晴らしい作品が投稿され続けるカクヨムで、二ヶ月は流石に読者様を待たせすぎだろ!!と……思うので、残り2話で最低限タイトル回収は済ませて完結しようと思います……近日中に書き上げるので、どうか最後までお付き合いください!

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