第16話

 俺の言葉に、全員が驚愕の表情を浮かべた。部屋にいた誰もが、まさかそんな提案が出るとは思っていなかったのだろう。


「はぁ!? お、俺!? いやいや、無理無理! 絶対無理だって! 蓮、お前がやれよ!」


 てっきり、彼女と2人きりの世界に夢中で何も聞こえていないと思っていたが、しっかりその耳に届いていたようだ。佐藤は両手を振り回し、必死に否定する。


 まるで炎でも浴びせられたかのように、全身で拒絶の意思を示していた。


「何も適当に言ったわけじゃない。佐藤の誠実な人間性、そして他人の嘘を見破る能力――

 "虚言看破"は国の立て直しに大いに役立つと思うんだが」


 "真実の眼リヴェレーション"で佐藤の能力はすでに確認済みだ。当然、彼は驚きを隠せずにいる。


「俺の能力を知っているのか!? ……まったく、何でもお見通しか。ま、だからこそ蓮が『絶対助け出してやる』って言ってくれた時、あれが本心だって分かって嬉しかったんだけどな」


 佐藤は微笑みながら、少し照れくさそうに言った。その顔には、今まで見せたことのない穏やかな表情が浮かんでいる。


「佐藤の持つ"虚言看破"は、相手がどんなに巧妙な嘘を吐こうと、その本質を見抜くことができる。王として君臨するだけでなく、政治や外交の場面でも有効だ。特に、今のこの国の状況では、腐敗した貴族や役人がどれだけ国を蝕んでいるか見極めることができるんじゃないか?」


 俺はそう言いながら、視線を宰相と大臣たちに向けた。彼らは神妙な面持ちで頷く。


「たとえば、税の徴収に不正があれば、その場で虚言を暴き、無実の民を救済できる。貴族たちが利権を守ろうと陰謀を巡らせても、彼らの発言の裏にある本当の意図をすぐに見抜ける。貴族同士の派閥争いが激化しても、誰が味方で誰が敵かを瞬時に判断し、適切な対策を講じられるはずだ」


 俺の言葉に、佐藤は顔を曇らせながらも真剣な表情を浮かべる。だが、その表情にはまだためらいがあった。


「それは……分かるけどさ、俺はただの平凡な高校生だ。国を治めるなんて、責任が重すぎる……」


「平凡かどうかは関係ないさ。今の王がどれほど無能かは、佐藤も見ただろ? それに比べれば、誠実な心を持って人ために尽くすお前の方が、よっぽど国を正しい方向へ導ける」


 俺は言葉を続けながら、室内を見渡す。大臣たちは驚きの表情を隠せずにいたが、やがて一人、また一人と佐藤に向かって深々と頭を下げた。


「……確かに、今の状況を打開できるのは、誰か一人のカリスマ性や戦闘能力ではなく、真実を見極める力と誠実さを持った者だと思います。我々も佐藤様を支え、この国を立て直すために力を尽くしましょう」


 宰相が静かな声でそう述べると、ほかの大臣たちも次々と同意の意を示し、佐藤に向かって頭を垂れる。その光景を見て、佐藤は困惑しながらも、小さく息をついた。


「……本当に、俺がやれると思うのか?」


「やれるさ。お前ならできる」


 俺は一歩前に出て、佐藤の肩に手を置き、力強く言った。しばらくの間、佐藤は言葉を失っていたが、やがて小さな声で「もし俺にできることがあるなら……」と呟いた。


「……分かった。俺がやってみる。責任を放り出すつもりはないし、できる限りのことはやるよ」


 その決意に満ちた言葉を聞き、大臣たちは一斉に彼へと視線を向け、深々と頭を下げる。


「佐藤様、どうかよろしくお願い致します」


 その瞬間、室内の空気が変わった。全員が一体となり、目の前の少年がこの国の未来を担う存在として、認識し始めたのだ。


 王はその様子を唖然とした表情で見つめていた。まるで状況を理解できていないように、ただその場に座り込んだまま、誰にも見向きもされない。


「……何だ、誰も余を見ておらぬではないか……お前たち、これが“王を敬う”ということか!? 余を無視するなど、許されぬぞ!」


 王は自分が孤立していることに気づき、焦ったように喚く。だが、その言葉は虚しく、誰の耳にも届かない。


 俺は王へと静かに歩み寄り、その場に膝をつくようにして、冷静に言い放った。


「お前には、もう“王としての価値”はない」


 その一言に、王の顔が蒼白に染まる。口を開けたまま何かを言い返そうとするが、言葉は出てこない。ただ、瞳を揺らしながら俺を見上げることしかできなかった。


「王として振る舞いたいなら、民の前に立ち、頭を垂れて己の無力さを謝罪しろ。そうでなければ、消え失せろ」


 王の瞳に浮かんだのは怒りか、あるいは恐怖か――それを見極めることはできなかったが、その肩が小さく震えているのは確かだった。


「ああ、そうだ。『王位継承者は王家の血を引く者、もしくは王家によって認められた者』と法律で定められているんだったな? だからこそ、現王であるお前に、佐藤を次期王として正式に認めてもらう必要がある」


 俺は王を見据えながら、ゆっくりとそう言った。王は苛立ちを隠せずに顔を歪めたが、俺は構わず続けた。


「佐藤は異世界から召喚されたエリュシア王国の救世主。その力をもって、現王の無能な支配を打ち倒した英雄だと宣伝すればどうだ? そうすれば、民の支持はもちろんのこと、他国や貴族たちへの牽制にもなるだろう」


 その言葉に、室内が静まり返った。大臣たちは驚きの表情を浮かべ、互いの顔を見合わせる。


「……なるほど。確かに、佐藤様を民の英雄として立てることで、民心を掌握し、反抗的な貴族たちに対しても大きな抑止力となるでしょう。他国に対しても、圧倒的な力を持つ召喚者が新たな王となったと伝えれば、下手な手出しはできなくなるはずです」


「そうだ。王が佐藤を正当な王位継承者として認めたという事実は、どんな口実よりも効果的だ。『王家に認められた者』という条件を満たすだけでなく、佐藤を新たな統治者として、王がその権威を譲ったことになる」


 俺は視線を王に向け、冷たい声で言い放った。


「どうだ? 王としての最後の仕事を果たす気はあるか?」


「……貴様……貴様ぁ……! よくも、よくも余に……!」


 震える拳を握り締め、王は泣き出しそうな顔で俺を睨みつける。


「余が王でない国など、もはや必要ないわ! こんな国……余が自らの手で滅ぼしてくれるッ!!」


 王の叫びと共に、寝室全体を魔力の爆風が襲い、豪華な調度品が次々と宙を舞う。壁に飾られた絵画や金の装飾が粉々に砕け、シャンデリアは天井から叩き落とされ砕け散る。


「全員、この場所から避難しろ! 急げ!」


 俺の指示で、大臣や兵士たちは一目散に部屋を飛び出していく。逃げ遅れまいとする彼らの足音が遠のき、静寂が寝室に訪れた。


 残されたのは――王と俺の二人だけ。


 王の全身から立ち上る魔力は次第に強まり、まるで嵐のように部屋の空気を震わせている。床にはひび割れが走り、壁は軋むような音を立てている。


「この魔法は余が魔族を屠った際に手に入れたものだ……余も試したことはない。使えば元には戻れぬと感じておったからなッ!!」


 ――正直、喚く王の首を今すぐ首をはね飛ばしてもいいが……あえてその衝動を抑えた。この世界で魔法らしい魔法を見せてくれたのは、王以外ほかにいない。


 災いの芽を早めに摘んだ方がいいのは理解しているが――どんな魔法を繰り出すのか興味を抑えられない俺は、一歩引いて王の様子を見守った。


「余を怒らせたこと……あの世で後悔するがいい!――"魔族化デモンスペル"!」

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