第12話
俺が御影玲王に『お仕置き』している間、彼女たちは何もせず、その場から動かず、ただその光景を怯えた目で眺めていた。
こんな一面を見せてしまっては、もう俺のことを慕ってはくれないだろう。
だがそれでいい。
彼女たちを救い出せば、俺の役目はそこまでだ。きっと、もう関わることはないだろう。
「
……あまりにも苦しげな呻き声を繰り返す獣が、耳障りで仕方なかった。だから、その存在ごと隔絶するように奴のいる空間を魔法で覆い、防音室のような結界を創り出す。
これで、外の世界と一切の音を遮断した密室が完成した。それを横目で見やりながら、俺は彼女たちの方へ歩み寄る。
三人は俺が近づくのを見て、反射的に一歩後ずさり、怯えと警戒の混じった視線を向けてきた。
そんな彼女たちを見て、胸の奥が少しだけ痛む。
「……心配しないでください。もう安全なので」
俺はできるだけ柔らかい声でそう言いながら、彼女たちの手首に嵌められた拘束具にそっと手を伸ばした。
もちろん、危害を加えるつもりなど一切ないことを示すため、慎重に動く。
「
瞬間、硬い金属は木っ端微塵に吹き飛んだ。
突然の出来事に驚いたようで、彼女たちは揃って目を見開き、口を開けて固まっている。
しばらくは呆然としていたが、やがてその瞳に少しずつ感情が戻っていく。
「……どうして、ここがわかったんですか?」
その問いには、驚きと安堵、そして少しの疑念が混じっていた。彼女たちの視線が俺に向けられたまま、返事を待っているのがわかる。
どう答えるべきだろうか。
魔法で
しかし、ほかに上手い言い訳が思い浮かばず、正直に事の経緯を説明した。
「なるほど……そんな魔法まであなたは使えるんですね。でも、おかげで助かりました。本当にありがとうございます」
彼女はわずかに疑いの色を含んだ目で俺を見ていたが、断言しよう。いかがわしいことに魔法を使うような真似は、絶対にしないと……。
「先輩はさ、何でそんなにあたしたちのことを助けてくれるの? やっぱり可愛いから!? それとも、ちょっと"イイコト"期待してるとか?」
突然、
その表情には、さっきまでの怯えや恐怖の影が消えていた。学校でたまに見る、無邪気で元気いっぱいな姿だ。
……どうやら、少しは安心してくれたらしい。
「いや、そんな理由じゃなくて……単純に助けたいと思ったというか、乗りかかった船というか……」
しどろもどろになりながら答えると、彼女はニヤニヤと口元を緩めて俺を見つめた。
「ふーん、本当にそんな理由かなぁ?」
俺をからかうようなその目に、頬が少し熱くなるのを感じた。彼女はそのまま一歩俺に近づくと、無防備な笑顔を向けてくる。
「でもさ、普通わざわざ危険な目に遭うかもしれないのに、他人を助けようとは思わなくない? 実際、助けに来てくれたのなんて先輩一人だけだし」
「いや、そんなことは……ただ、何となく放っとけなかったから……」
俺がそう答えると、彼女は一瞬、驚いたような表情を見せた。だが、すぐにその顔を崩して、いつもの明るい笑顔に戻る。
「……そっか。あたしたちのために、こんな危険を冒してまで助けてくれるなんて、ちょっと嬉しいかも!」
彼女はそう言いながら、俺の顔をじっと見つめてくる。その無邪気な瞳には、感謝の念とわずかな好奇心が宿っているようだった。
「先輩、もうちょっと自分に自信持ったら? これだけのことができるんだから、そんな陰キャオーラ出してたらもったいないよ?」
「……本当に遠慮ないな。まぁ、大したことじゃないよ」
俺が苦笑して答えると、彼女は「そうかな?」と首をかしげながらも、笑みを浮かべ続けている。
だが、その隣にいた会長が軽く咳払いをして、会話に割って入った。
「爛漫ちゃん、これ以上彼をからかうのはやめなさい。お礼を言わなければならないのは、私たちの方ですよ」
「えー? 別にからかってなんかないよ。ちょっと仲良くなろうと思ってるだけじゃん!」
そう言って、彼女はぷぅっと頬を膨らませる。そんな中でただ一人、氷月雪乃だけが俺に冷ややか視線を浴びせ続けていた。
「助けてくれたことは感謝しているわ。でも、男なんて所詮みんな一緒。あなたにも何かしらの"下心"くらいあるんでしょ?」
氷の刃が肌を裂くような冷徹な眼差し。
その鋭い瞳に見透かされているかのような気がして、思わず息を詰まらせた。
「……まぁ、少しくらいはあるかもな」
わざとらしく冗談めかしてみたものの、彼女の表情はさらに険しくなり、冷たく鼻を鳴らした。
「やっぱりね。軽薄な冗談で誤魔化せると思ったの?」
彼女の吐き捨てるような言葉は、冷たい霧となってこの空間全体を包み込んでいくようだった。
ふいっと顔を背け、長い睫毛の影をひらひらと揺らしながら、静かに冷たい吐息を吐き出す。
その仕草には一切の妥協も甘さもなく、厳しさを纏ったままの態度で、俺を拒絶する壁を築いているのが見て取れた。
……完全に失敗したな。どうやら俺の選んだ答えは不正解だったらしい。
――だが、その瞬間ふと、彼女の視線が再びこちらを捉えた。ほんのわずかだが、冷え切った瞳の奥に、刹那的な翳りが揺らめいた。まるで、一瞬だけ心の奥に仕舞われた迷いの糸がほどけたかのように。
「……まあいいわ。ただし、何か企んでいるのなら覚悟して。拘束具がなくなった以上、私だって能力が使えるのよ?」
彼女の言葉には警告のような響きがあったが、凍てついた表情の奥に、微かに隠された別の感情が見え隠れしているようだった。口調も、先ほどより幾分か柔らかくなっている気がする。
"
……いや、待てよ? 学校の噂では、彼女は男相手には口すら開かないほどの徹底ぶりだと聞いていたはず。
ま、今の状況を考えれば、単なる特例に過ぎないってことだろうけどな。
「あぁ、わかった。俺はやることがあるから、3人には先に脱出してほしい」
俺の言葉に、彼女たちの顔色がみるみるうちに曇り、緊張が走った。会長が一歩前へ進み出て、3人を代表するように訴えかける。
「あの……雪乃さんの態度が原因でしたら、私が代わりに謝ります。どうか、最後まで脱出の誘導をお願いできませんか?」
「そうだよ!先輩が一緒じゃなきゃ絶対無理!王宮の出口がどこかも分からないし、王様に見つかったら勝てるわけないじゃん!」
爛漫も声を震わせ、両手をぎゅっと胸元で握りしめながら、泣きそうな目で俺を見上げて懇願している。
その点については、まったく問題ない。
「"
俺の声に応じて、虚空に淡い光の円環が現れる。漆黒の闇を切り裂くように、細い光の糸が幾重にも重なり、優雅な螺旋を描きながら“扉”の形を編み上げていく。
光の縁取りが放つ微かな輝きは、まるで月光のごとく柔らかで、どこか幻想的な美しさを帯びている。
そして、次元の狭間がゆっくりと開かれると、異空間の向こうには――微かに見え隠れする別の場所の風景が広がっていた。揺らめく霧の向こうに浮かぶのは、首都の目立たない路地裏の景色。
"
文字通り、俺が過去に訪れた場所を辿り、その軌跡を示して異なる次元へと誘う魔法だ。
「本当に……すごいですね。これが、あなたの能力――『
会長が驚いたように目を見開きながら、ため息交じりに呟いた。その表情には驚きだけでなく、どこか憧れの色も混じっている。
「その……どんな魔法でも使えるんですか?」
俺は彼女の真剣な視線を受け、少しだけ肩をすくめて微笑んだ。
「……そうですね。まあ、限界はありますが……大体のことはできます」
軽く答えると、今度は爛漫が目を輝かせて、勢いよく前のめりになってきた。
「えぇ!? 先輩、そんなにスッゴイ能力持ってるの!? 最強じゃん!!」
「いやいや、最強っていうか……ただ、ラノベ――ライトノベルが好きだったから、そのおかげかもしれないな」
「え? ラノベ?」
彼女は不思議そうに首をかしげ、会長も目をぱちくりと瞬かせる。
――ああ、言ってしまった。まさか異世界に来てまで、趣味をバラすことになるとは……。
「……俺、いろんなラノベを読んでたんだ。異世界転生とか、チート能力とか、そういう設定をたくさん知っていたから……自分の力をどう応用するかって考える時に、それが役に立ってるだけかな」
俺がそう言うと、爛漫は「あー!」と大きな声を上げて手を打ち、その顔に再び笑顔を浮かべた。
「なるほど! 先輩って、実はそういうの大好きなオタクだったんだね! でも、それでこんな凄い能力が使えるようになるなんて……やっぱりすごいよ!」
彼女の無邪気な賞賛に、俺は引きつった笑いを浮かべる。
オタク……オタクか。うん、まあ。彼女たちから見ればラノベを好む俺はオタクのジャンルに分類されるんだろうな……。
だが、彼女の言葉に揶揄や嘲笑はなく、純粋な賞賛と驚きが滲んでいた。だから、嫌な気持ちはまったくしない。
「……ありがとう」
そう返すと、彼女は無邪気な笑顔をさらに広げる。
彼女たちを助けるために、自分の力を使う――それだけのことだと思っていたが、その行動が彼女たちの心に響いていることを、今更ながらに実感した。
雪乃が静かに歩み寄り、真剣な表情で俺を見つめる。
「そんなに凄い力を持っているのに、どうして今までそれを隠していたの? 王を殺して国を手に入れるくらい、簡単なはずよ」
彼女の問いかけには、疑問と困惑、そしてほんの微かな尊敬の色が混じっている。まるで、得体の知れない力を持つ俺を測りかねているようだった。
俺は言葉を探すように少し考え込み、静かに答えた。
「特別な力を持っていると、どうしても目立つし……目立てば余計な争いに巻き込まれる。それに、俺はこの力で無闇に人を殺めたりしたくない。もしも魔法で人を殺すなら――それは俺が"絶対悪"と判断した時だけだ。そうでないと、俺自身も欲に溺れた犯罪者と変わらないからな……」
俺の言葉を受けた雪乃は、ほんのわずかだが目を見開いた。そして、一度だけ静かに頷き、真剣な瞳のまま「わかったわ」と短く返した。その声は、どこか安心したような響きを含んでいた。
ふと、爛漫が扉の前で立ち止まり、何かを思い出したように振り返る。
「あ、そーだ! 先輩の名前教えてよ!」
不意を突かれて、俺は一瞬面食らった。まさかこんな状況で名前を尋ねられるとは思っていなかったからだ。だが、まあ、別に隠す必要もないか。
「……鈴木蓮。平凡な名前だろ?」
「蓮先輩か! ふふ、なんかいい感じじゃん。あたし、気に入った!」
彼女はにっこりと笑い、その場の空気を一瞬で和ませた。……しかし、俺の名前を知ったところで、何かが変わるわけでもないと思っていたのだが。
「でも、どうして俺が先輩だってわかったんだ? 学校ではほとんど接点がなかっただろ?」
俺が少し首を傾げると、爛漫は「ふふん!」と得意げに胸を張り、さも当然とばかりに答えた。
「そりゃあね! だって、一年生のほとんどの男子にはもう告白されてるもん! その中にいなかったということは、確実に先輩でしょ!」
「な、なるほど……そりゃ末恐ろしいな」
俺は思わず息を呑み、その小柄な少女を見下ろした。軽やかに揺れるショートボブが無邪気な笑顔を際立たせている。
柔らかそうな髪先は、頬のラインをすっきりと見せ、耳元から首筋へと自然に流れるそのシルエットは、彼女の愛らしさと活発な印象を絶妙に引き立てていた。
小動物のように輝く茶色のくりっとした瞳が、見る者すべてを無意識に惹きつける。おそらく告白してきた男子たちも、最初はその飾らない笑顔に魅了されたに違いない。
まったく、俺なんかが彼女たちと関わること自体、場違いだったのかもしれないな……。
そんな俺の内心は露知らず、彼女たちは満面の笑みで光の中へと消えていった。
3人が安全な場所へとたどり着けることは確信している。だが、これで終わりではない。ここからが本当の始まりだ。
「……さて、俺も最後の大仕事に取りかかるか」
ポツリと呟き、俺は無機質な視線を御影玲王に向ける。相変わらず苦しみ呻いているが、もはやコイツに用はない。
学校の生徒たちが――いや、何よりも彼女たちが、この異世界で二度と傷付けられることのないように――――。
心の奥底に眠っていた何かがゆっくりと蠢き出す。暗く、深く、凍てつくような感情――それが俺の瞳に色濃く影を落とし始める。
俺は気づいていなかった。
彼女たちが光の中へと消えた、その瞬間――自分の顔が、温もりを失った彫像のように冷たく歪んでいたことに――――。
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