第11話

「馬鹿な……!? どうしてお前がここにいる! 見張りの兵士たちは何をしているんだ!?」


 御影の声は焦りと恐怖が入り混じり、先ほどまでの冷静な態度は微塵も残っていなかった。


「ああ、地下の兵士なら全員床で寝てるよ。こいつらみたいにな」


 俺は足元に転がる看守と不良を指差す。

麻痺パラライズ』の魔法によって、彼らは冷たい地面で痙攣することしかできない。


「なるほど……僕にも同じ魔法をかけるつもりか。いいだろう、好きにしろ」


 己の敗北を悟ったように、御影は諦めの色を滲ませた目でこちらを見つめてくる。抵抗する意思がないことをアピールしているつもりなのだろうが――完全に勘違いしている。そんな態度で済むわけがないだろう。


 散々好き勝手にほざいた挙句、ただ観念するだけで許されると思っているのか? 笑わせるな。


 俺は静かに息を整え、再び御影に向かって一歩を踏み出す。奴の虚ろな瞳が、こちらの動きに反応してわずかに揺らいだ。だが、それでもなお力なく腕を垂らし、無抵抗のままでいる。


 ――それを見て、俺は冷ややかな声を低く落として言い放った。


「お前、本当にそれだけで終わりだと思ってるのか? そんな甘い話じゃないんだよ」


 俺は自分の耳を疑った。まさか自分の口から年上相手に「お前」なんて言葉が出てくるなんて――普段なら絶対にありえないことだ。


 声が震えるほどの怒りが、喉の奥から噴き出すように溢れていた。こいつはもう生徒会の副会長でも何でもない……欲に溺れたケダモノだ。


「お前の能力を奪ったのは正解だった……でも、それだけじゃ足りなかったみたいだな。二度と馬鹿な真似ができないように、徹底的にやらせてもらう」


 そう言い放った俺の声は冷たく響き、御影の耳に突き刺さる。


「……なんだ? お前、何をするつもりだ?」


 その声にはかすかな震えが混じっており、彼自身が隠しきれない恐怖を如実に表していた。俺はそれを見て、ふっと鼻で笑う。まるで、自分の愚かさをまだ理解できていないかのようなその表情が、ますます怒りを煽った。


「何をするつもりか、だと? よくそんなことが言えたな……」


 俺は静かに呟きながら、足元に転がる看守の脇を蹴って、意識を失った彼らの身体をどかす。水を失った魚のように、小刻みに震える姿を横目で一瞥し、再び御影の方へ視線を戻す。


「自分がどれだけのことをしでかしたのか、ちゃんと理解してるのか? 会長たちをこんな目に遭わせておいて……お前、自分が無事でいられると本気で思ってるのか?」


 御影の顔がますます蒼白になっていくのが分かった。奴は無言で唇を噛み、怯えたようにこちらを見つめている。その瞳には焦りと戸惑い、そして自分が犯してきた過ちへの後悔が滲み出ているようだった。


「……甘いんだよ。ここはもう、お前が知っていた優しい世界じゃない」


「やめろ……やめてくれ。僕は、ただ……」


 その哀れな言葉に、俺は苛立ちを覚え、思わず足を振り上げて奴のすぐ傍らに叩きつけた。重く響いた音に、御影は縮こまるように肩をすくめる。


「お前がやったことを、ただ観念しただけで許されると思うな。それから……『やめろ』なんて言葉で立ち止まるほど、


 御影の唇が震え、再び何かを言おうとしたその瞬間――俺はゆっくりと右手を差し出し、その掌に黒い光を宿らせた。


「……さあ、お前の罪に相応しい罰を下してやる。――"罪と罰ジャッジメント"」


 その瞬間、暗黒の光が空気を裂くようにその場を支配した。俺の手から放たれた魔法陣が地面に広がり、地面から生えるように現れた無数の鎖が御影の体を縛りつける。


 逃げ出すことも、動くこともできないまま、奴は怯えた声を絞り出した。


「な、なんだ、これは……っ!? 体が、動かない……!」


 御影の焦りが空気を震わせる。しかし、その声も魔法には意味を成さない。重要なのは、奴の心の奥に巣くう「悪意」だけだ。魔法の力は奴の内面を覗き込み、その深層に渦巻く憎しみ、欲望、嫉妬、怨念……あらゆる負の感情を感知していた。


 そして――それが形を成す瞬間が訪れる。


「うっ……ぐあああっ!!」


 突如として、御影の体が弓なりに反り返り、喉の奥から叫び声がほとばしる。まるで目に見えない無数の刃が体を貫き、引き裂くかのように全身が痙攣し、血管が浮き上がる。奴の肌を通して薄赤い光が脈打ち、罪深き者に与えられる激痛を宿しているかのようだ。


「や、やめろ……! 僕が悪かった、反省している! だから、だから許してくれ……」


 必死の懇願が耳に届くが、俺はただ冷ややかな視線を向けるだけだ。簡単に「反省した」の一言で許せるはずがない。


「お前が反省したところで、彼女たちの痛みは消えない。お前がどれだけ悔いたって、過去は戻せないんだよ。……なぁ、教えてくれ。どうしてお前たちみたいな人間は、そんなにも平気で他人を傷付けられるんだ?」


 冷たく静かな声でそう告げると同時に、地面から血のような紅い光が滲み出し、御影の周囲を取り囲む。その光は奴の罪を見極めるかのように体を舐め回し、次第に鮮やかに輝きを強めていった。


「どうした、まだ始まったばかりだぞ?」


 この魔法――"罪と罰ジャッジメント"は、相手の悪意が強ければ強いほど、その痛みも激しさを増す。しかも、それは一時的なものではなく、相手の心に悪意が残る限り永遠に続く呪いのような魔法だ。


 御影は必死にその場から逃げ出そうとするが、動こうとするたびに全身を襲う激痛に耐えきれず、地面に倒れ込む。指先がかすかに動くたび、脳に直接焼き付けられるような鋭い痛みが走り、体の自由を完全に奪っていく。


「や、やめろ……っ! もう、許してくれ……!!」


「許す? お前が心の中で、他人を傷つけたい、憎い、支配したい、そう思っている限り、この魔法は終わらない。『悪意』がある限り、永遠にな」


 御影の叫び声を聞いても、俺は一切の感情を顔に浮かべなかった。ただ、淡々と奴の苦しむ姿を見つめ続ける。その目に浮かんだ涙、額に浮かぶ汗、唇を噛みしめる様子――それらすべてが、この魔法が正しく効果を発揮している証拠だ。


 悪意を抱けばそのたびに体は焼かれるような痛みを覚え、激しい痙攣が走り、呼吸すらもままならなくなる。意識を失いかけるたびに、魔法は強制的に奴を現実に引き戻し、再び同じ痛みを刻み込む。


「ぐ、ああっ……! い、痛い……痛い、痛い……!」


 御影は泣き叫びながら地面を転がり、体を必死に動かそうとするが、激痛が和らぐことはない。悪意を抱けば抱くほど、体はより強い痛みに苛まれる。まるで、その心に巣くう邪念そのものが罰として返ってきているようだ。


「……お前が、本当に反省して、自分の過ちを悔い改めるまでは、この痛みは消えない。悪意を捨てろ。それができるなら、この魔法は効果を失う。だが――」


 俺は奴の顔を覗き込み、声を低く落として言葉を続ける。


「できないんだろ? 心のどこかで、他人を見下し、支配し、操りたいという欲望を捨てきれないお前には……この痛みは永遠の地獄だ」


 御影の目に映るのは、俺に対する恐怖と自分の無力さに対する絶望だった。奴は泣きながらうめき声を漏らすが、その表情にはまだ消えない憎しみが浮かんでいる。それが魔法の効果をさらに強め、奴の体を締め上げる。


 ――まるで、裁きを下す神のごとく。俺は、奴の心がどこまで耐えられるかを見届けることにした。


「心の奥底から、悪意が消えるその日まで……この魔法は終わらない」


 俺の宣告とともに、再び御影の体に紅い光が激しく輝き、叫び声が虚空へと響き渡る。


「……! がっ……あ、あぁっ……!」


 悲鳴を上げる御影を見ても、俺は表情一つ変えずに奴の苦しむ姿を見つめる。これは、コイツがしてきたことへの報いだ。人を苦しめ、支配しようとした結果、自分が同じ痛みを味わっているに過ぎない。


「これから、じっくりと償ってもらう。悪かった? 反省している? そんな甘い言葉で済むと思うな……お前が傷付けたもの、踏みにじったものすべてに対して、その分しっかりと代償を払わせてやる」


 静かにそう言い放ち、俺は足元に視線を落とした。奴の体を縛る魔法は、どれほど抵抗しようとも逃れられない。体は激しく震え出し、やがてその声はかすれるように弱々しくなっていく。


 これ以上は時間の無駄だと判断した俺は、軽く溜息をつくと、御影の目の前にしゃがみ込み、視線を奴の目の高さに合わせた。


 御影は怯えるように首を引っ込めるが、鎖に縛られているため、逃げ場などどこにもない。


「さっきも言ったが、この魔法は永続する。お前が心を入れ替えて真っ当な人間になるか……それとも先に心が壊れて廃人になるか……どちらを選ぶかはお前次第だ」


 俺の言葉に反応するように、御影の体を縛る鎖がさらに強く体を締め上げた。


 その瞬間、奴の喉の奥から痛々しい叫びが漏れ、全身が痙攣する。まるで体中に電流が流れたかのような苦痛が襲い、その目に絶えきれないほどの痛みが浮かぶ。


「ぐあああっ……あ、あぁっ……!」


 絶叫を上げながら、御影は必死に腕を伸ばし、何かに縋りつこうとする。しかし、そこに救いはない。指先は虚空をかきむしるように空を掻き、無力に宙をさまよっている。


 どうやら真っ当な人間になるつもりはないようだ。それだけが最後の救いだったのにな……。


 ――暗闇の中に響く痛々しい悲鳴が、いつまでも続いていた。それは彼が悪意を抱いている限り、永遠に続く罰の音色だった。

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