第6話
「貴様ァ……ただでは済まさんぞ! 誰か、誰か早くコイツを捕らえんか!!」
王は床に這いつくばり、荒く息を吐きながら兵士たちに怒鳴りつける。しかし、兵士たちはすっかり怯えているようで、一向に動く気配がない。玉座の間に居並ぶ騎士たちも、一様に青ざめた顔で互いの顔を見合わせ、戸惑うように目を伏せている。
どうやら王の実力は相当なものだったようで、状況を見るに王国でも最高クラスの魔法使いだったんだろう。そうでなければ、これだけ多くの兵士がいて襲ってこないのは説明がつかないし、王の傍若無人な振る舞いが許されるはずもない。
「ええい! 何をしておる愚図共ッ! 戦わぬと言うなら、貴様ら全員首を刎ねるぞ!」
その一声一声には凄まじい憤怒が込められており、まるで眼前に立ち塞がる巨大な壁が、怒りに震えながら今にも倒れ込んできそうな危うさが感じられた。王の血走った目は、動かない兵士たちをまるで虫けらでも見るかのように見下し、怒りと屈辱に満ち溢れている。地に伏してなお鬼気迫る王の迫力に、足踏みしていた兵士たちが機械のようにぎこちなく動き出す。
――やっぱりこうなるか。あわよくば、兵士たちがこの場で力尽きた王の寝首を掻いてくれるんじゃないかと期待したが、現実はそう上手くはいかないもんだな。
「
俺が魔法を発動すると同時に、襲いかかってきた兵士たちは突然、勢いよく振り返る。そして次の瞬間、真後ろにいた仲間に向かって剣を振り下ろしていた。
「ぐぁっ! な、何をする!? お前、まさか寝返ったのか!?」
「ち、違う! 身体が、勝手に動くんだ……! やめろっ……!」
驚愕と困惑に満ちた叫び声が次々と玉座の間に響く。王の兵士たちは、仲間同士で斬り合いを始め、玉座の間は瞬く間に大混乱に陥った。
――これが“
「やめろ! やめろォッ!! 余の命令だ! 貴様ら、今すぐにその剣を収めんかァッ!」
王は絶叫しながら、苦しそうに身体を震わせて命じる。しかし、兵士たちは王の命令を無視し、互いに斬り合いを続けている。剣を収めるどころか、逆に襲い来る味方を迎え撃つことに必死だ。
王の判断は決して間違っていない。だが、すでに混乱の渦に飲み込まれた彼らにとって、敵と味方の区別も、命令を聞き入れる余裕すらも失われている。ここまで上手くいくとは思わなかったが、完全に計画通りだ。
俺はふと、隣にいる彼女に視線を向け、軽く息を吐いた。
「会長、俺はこの混乱に乗じて城を抜けようと思います。3人はどうしますか?」
俺の問いかけに彼女は一瞬だけ考える素振りを見せ、他の生徒たちに目を向けた。その表情にはまだ疲労と少しの不安が見え隠れしている。王の手によって殺されかけ、命の危機を感じていたのだ。無理もない。
他の二人も同じだろう。あんな最低な王の側室になどされてたまるかと、心の底から嫌悪しているのが伝わってくる。もっとも、ここからどう行動するかは彼女たち自身が決めることだ。俺が無理やり引っ張っていくわけにはいかない。
「……ここを出た後、魔王を倒す旅に出る予定はありますか?」
会長は俺を見つめ、静かな声で問いかける。その目は、玉座の間で王に向かって毅然と立ち向かった時と同じ、凛とした光を宿していた。
「――いえ、俺は魔王を倒しません。元の世界は諦めて、この世界でのんびり過ごそうと思っています」
俺は彼女の問いに対して軽く肩をすくめ、あえて冗談めかした口調で答えた。
俺の返事を聞いた瞬間、彼女の表情に一瞬だけ微かな驚きが浮かぶ。だが、その後すぐに彼女は小さく笑みを浮かべ、静かに首を横に振った。
「……あなたらしい答えですね」
その声には、どこか寂しげな響きが混じっているように感じた。彼女はふっと視線を落とし、どこか遠くを見つめるような目をしている。やがて、ゆっくりと顔を上げ、再び俺に視線を向けた。
「私はここに残ります。魔王を倒さなければ、元の世界には帰れない気がするんです」
その声は静かで、けれどはっきりとしていた。彼女の目には揺るぎない意志が宿り、今の言葉が本心であることを示していた。俺は思わず言葉を失い、彼女の顔を見つめ返す。
「そう……ですか」
ただ、そう呟くのが精一杯だった。彼女がどれほどの覚悟でこの決断を下したのか、その強さを前にして、何も言えなくなってしまったのだ。
「あなたの力なら、きっと一人でもこの世界を生きていけるはずですから」
そう言って彼女は微笑んだ。その微笑みはどこか寂しげで、ほんの少しだけ唇が震えていた。けれど、その目は真っ直ぐに俺を見つめ続けている。そこには、どんなに無謀で愚かに見えようと、この決断を変えるつもりはないという強い意志が込められていた。
「……あたしも残る!」
「会長を置いて自分だけ逃げるなんて、卑怯な真似はしたくない!」
声を荒げた瞬間、彼女の大きな瞳からポロリと涙が一筋こぼれ落ちる。その涙を手の甲で拭いながら、彼女はさらに強く拳を握りしめた。小さな身体からは想像もつかないほどの強い気迫が伝わってくる。
その様子を見て、
「私も……最後まで会長にお供いたします」
そう言いながら、軽く頭を下げた。いつも冷淡な表情を浮かべている彼女の姿に、どこか迷いの色が感じられる。それでも彼女の瞳は冷静で、確固たる決意がはっきりと表れていた。
天神爛漫が一歩前に出て会長を支えるように立ち、氷月雪乃もその隣に寄り添う。三人の間には、強い絆と信頼が確かに存在していた。
無理に「一緒に行こう」と言ったところで、彼女たちの覚悟を軽んじるだけだろう。俺は深く息を吐き出しながら、彼女たちに向かって言葉を紡いだ。
「わかりました。3人の無事を心から祈ってます」
俺はそれだけ言うと、彼女たちに背を向け、少しだけ手を振って別れを告げた。
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