第4話
さて、
―――そう思ったその時、騒ぎを聞いた王が何事かと、最前の玉座から生徒たちの頭上を魔法で飛び越え姿を現した。着地と同時に巨大な腹が前に揺れ、二重顎がたぷたぷと震える。豊満な体は絹の豪華な衣服に包まれ、その衣服は体を引きずるように床にまで広がっていた。これ見よがしに王冠まで頭に載せて、まさに典型的な王様って感じだ。
「一体これは何の騒ぎ……む? 召喚者の中にこれほど美しい淑女がおるとは。戦地に行かせるには少々勿体ない……よし、そこの3人は余の側室にしてやろう」
王は三大美女を見るなり、とんでもない事を言い出した。この王……欲望の権化か? 3人はそれぞれ顔を見合わせ、一瞬何が起こったか分からない様子だったが、次第に緊張と嫌悪が入り交じった表情に変わる。彼女たちはどう反応するのが正解か考えているようで、ただその場に立ち尽くしていた。だが、最初に声を上げたのは周りの生徒たちだ。
「ちょっと待った! 悪いが、爛漫ちゃんは俺たち『推し事☆片思いファンクラブ』のアイドルだ。王様とはいえ、勝手なことをされては困るな」
『推し事☆片思いファンクラブ』は、
「アキオ氏、自分だけ点数稼ぎでござるか? 拙者たち『ドMレボリューションズ』も負けないでござるよ!」
『ドMレボリューションズ』……ツッコミどころ満載だが、色々省くと氷月雪乃に無視され続け、新たな性癖に目覚めた変態の集まりだ。俺みたいな平凡な男子高校生には、一生理解できない性の極みに到達している。メンバーは何故か全員チェックのシャツにジーパン、バンダナを身に着け……いや、お前ら制服どうしたんだよ。
「あら、皆さん考えることは一緒ですのね。わたくしたち『高嶺麗華様親衛隊』も協力いたしますわ。あんな脂ぎった豚畜生に麗華様は絶対渡しませんわよ」
『高嶺麗華様親衛隊』、お嬢様だけで結成されている過激派集団だ。高嶺麗華本人にちょっかいをかけようものなら、親衛隊のコネや財力で社会的に抹殺されるらしい。御影学院高校を急に退学する生徒は、大体このグループが裏で何かしら手を打っているみたいだ。代表っぽい女子生徒は、華やかな扇子で優雅に顔を扇いでいる。まさかいつも持ち歩いているのか……?
――――とまあ、ここまでの情報はほとんど名前も知らない生徒から聞いた噂話だ。俺が陰キャで人畜無害だからか、噂話をしたい奴らは大抵俺に話しかけてくる。返事や相槌を求めるでもなく、誰にも言ってはいけない話を誰かに話したい奴らが寄ってくるのだ。俺もラノベを読みながら話半分に聞き流していたが、案外覚えているもんだな。
「ふん、今の貴様らに何ができる。たかがレベル1の分際で……能力を得て強くなったつもりか? ならばここにいる精鋭騎士たちと戦ってみるといい。お前たち、入ってこい!」
王が手を叩くと、玉座の間にいる騎士とは別に、扉から100人ほどの兵士がなだれ込んできた。王に抗おうとしている生徒もざっと見て100人程度。今の王の話を考慮するなら、不利なのは生徒の方だ。
「フッ……逆境を打ち破ってこそ主人公! 拙者は絶対に諦めないでござる!チェストオオオオオオ!」
『ドMレボリューションズ』の代表が威勢よく飛び出し、王に向かって一直線に殴りかかる。恐らく身体強化系の能力だろう。しかし、割って入った騎士に蹴り飛ばされ、見えない斬撃が男の胸を斬り裂いていた。
飛び散る鮮血と男の絶叫が、一瞬にして場を支配する。あれだけ息巻いていた他の生徒たちの戦意は、あっという間に地に落とされた。平和な世界の高校生が、こんなものを見せられて平気なはずがない。これには俺も免疫がなかったようで、思わず目を背ける。
「誰か! こいつを回復させられる能力者はいないか!?」
『推し事☆片思いファンクラブ』のイケメンが男を抱き抱え、周囲に呼びかけるが返事をする者はいない。能力者自体はいるんだろうが、他の生徒は極力面倒事に関わりたくないはずだ。回復させるという行為は、王に反旗を翻す意思があると汲み取られてもおかしくはない。致命傷ではないようだが、男は苦しそうに呻いている。まあ、バレなきゃ問題ないだろ――
――"
裂かれた服までは戻らないが、男の傷口は見る見るうちに塞がっていく。それに気付いているのは、近くで見ているイケメンだけだ。イケメンは目の前で起きている事象を、信じられないという顔で見ている。
「拙者……痛みを感じなくなってきたでござる……アキオ氏、『ドMレボリューションズ』のこと……頼んだでござるよ……」
「馬鹿野郎!あいつらを真のドエマーにするんだろ! しっかりしろよ!」
「う……死ぬ前に……氷月殿に踏まれたかっ……た……」
「マルオ……? 死ぬなマルオ! 目を開けろ!
マルオォォォォォ!!」
……いや死んでないって。なんだこの茶番。しかもドエマーって……初めて聞いたぞ。俺はともかく、周りの生徒はさっきの斬撃が致命傷でマルオとやらが死んだと勘違いしている。それが更に死への恐怖を助長させているようだ。三大美女も「そんな……私たちのせいで……?」と勝手に罪悪感を抱えている。マルオよ、お前はとんでもない置き土産を残していったな。
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