第3話

 俺の目の前には、日本一の美少女が立っていた。高嶺麗華――――誰もが認める"絶対的な美"の象徴であり、彼女自身がそれを体現している。深い闇を思わせる漆黒のストレートヘアは、一糸乱れぬ美しさが際立つ。普通枝毛の一本くらいあるだろ……もはや美髪の域を超えている。彼女をこんなに近くで見たのは初めてだ。


「え……冗談ですよね……?」

「いいえ、本気です」


 彼女は真剣な目でじっと俺を見つめている。やばい、これ以上は心臓が持たない。大きな瞳がまるで俺のすべてを見透かしてくるようだ。視線を少し下に逸らせば、制服の上からでも分かる二つの巨峰……ならば脚はどうだと見れば、スカートから覗く美しい生脚が目を引く。スタイルが完璧すぎて視線の逃げ場がない。どこを見ても目が釘付けになってしまう俺は、結局どこを見ればいいんだ……。


「はいはーい! 会長が出て行くならあたしもついていきまーす!」


 声を上げたのは小柄な女の子――――天神爛漫あまがみらんまだ。茶髪のショートカットで学校のマスコットキャラ。入学から早々、名前通り天真爛漫な性格で学校中の生徒から絶大な人気を誇り、一年生にして生徒会役員の仲間入りを果たした美少女だ。一日一回以上必ず告白されているらしい。思わせぶりな態度に男は皆コロッとやられるらしく、童貞キラーの異名もあるとか。


「私も会長にお供します」


 さらに名乗りを上げたのは、氷の女王と恐れられている氷月雪乃。大の男嫌いが有名で、誰も彼女が男子と話しているところを見たことがない。黒髪ポニーテールのスレンダー体型で、クールビューティーな美少女だ。当然モテるが、告白しても絶対に返事はもらえないらしい。


「そういうことなら僕も行こう」


 ……まあ当然そうだろうな。学校一の超絶イケメン御影玲王。その圧倒的なカリスマ性で、学校中の男女から尊敬――――いや、崇拝されている。彼が正しいといえば、間違いだろうが正される。右を向けと言えば全員が右を向く。理事長の息子という背景も相まって、御影学院高校の支配者と言っても過言ではない。そして俺は、とんでもない誤解をしていたことに気が付いた。


「ああ……! すみません、勘違いしてました」


 高嶺の花である彼女が俺と一緒に行動するはずがない。生徒会メンバーで固まって行動するという意味だろう。勘違いして「冗談ですよね……?」とか聞いてた自分が恥ずかしい。顔から火が出そうだ……さっさとここからトンズラしてしまおう。


「御影君、あなたはここで他の生徒をまとめてください。彼と一緒に行動するのは私たち3人で十分です」


 ……え? 聞き間違いか? 俺の耳が確かなら学校の三大美女が一緒に行動するって言った気がするんだが。いやいや、陰キャの俺がラノベ主人公的な展開になるってそれはないだろ。


「そんな馬鹿な!? 危険すぎる! 第一、そこの男が何を考えているかも分からないんですよ! 何かあってからじゃ遅すぎる!」


 おいおい、酷い言われようだな。俺に対する信頼はゼロか。あんまり目立ちたくないし、ここは一つ穏便に済ませておこう。こういう立ち位置のキャラって大体後から「僕から彼女たちを奪っていった! 許せない!」とか意味不明なことを言い出すんだよな。人を所有物か何かと勘違いしてんのかって話だ。


「玲王先輩の言う通りですよ。俺一人のために三人が危険を冒すことはありません。それに、生徒会が全員揃っていた方が他の生徒も安心すると思います」


 ……くっ、三大美女との冒険は少し勿体ないが、これが今、俺が取れる最善策だろう。それに今言ったことは一応本心だ。俺個人の感情よりも、全体のことを考えて行動した方が後々有利に働くかもしれない。


「玲王先輩ではなく、御影副会長と呼べ。君と僕は先輩後輩という近しい間柄じゃないからな。下の名前で呼ぶことを許可した覚えもない。だがまあ、中々いい判断力だ。君のことは頭の片隅にでも留めておこう……


 副会長は、さも当然のように俺のことを見下している。お高く止まりやがって……俺だって一応必死にやってるんだぞ。こんな状況で、少しでも周りを考えた上で判断したってのに、この言い方かよ。理事長の息子で、学校中の生徒から崇拝されてるのか何なのか知らないが、だからって人をこんな風に扱っていいわけじゃないだろ。


「いいえ、生徒会長として生徒を見捨てることはできません。私たち3人は彼についていきます。何より御影君、あなたの能力は危険ですから」


「……っ! なるほど、会長にはんですね。それなら仕方ありません。他の生徒たちの面倒は僕が見ましょう」


 どうやら、状況的にどうしてもフラグが立ってしまうらしい。嬉しい誤算なのは間違いないが、副会長がやけにあっさり身を引いたのが気になるな。今のやり取り的に会長の能力は相手の能力を見抜くって感じか。それで副会長の能力がかなりヤバめだったんだろうな。もしかして『思考具現化アルカナ・ロード』で会長の能力を再現できるんじゃないか? 試してみよう、相手の能力を看破するイメージで――――"真実の眼リヴェレーション"!


 ・高嶺麗華

 ・レベル1

 ・戦闘力 500

 ・能力『洞察之瞳どうさつのひとみ』相手の能力名を見ることができる。弱点を見抜く。


 会長の戦闘力は俺の5倍。つまり身体能力で競い合ったら彼女の方が5倍強いということか? 瞬殺されるな。それで能力名が『洞察之瞳』か。かなり使えるけど戦闘ではサポート役って感じだな。これで副会長の能力を確認したってことか……魔法で簡単に模倣コピーしてしまって、何となく会長に申し訳ないな。それじゃ次は副会長の能力も見てみるか。


 ・御影玲王

 ・レベル1

 ・戦闘力10000

 ・能力『支配者』言葉によって相手を洗脳することができる。洗脳した数によって戦闘力が大幅に上昇。洗脳した人間の能力を格段に進化させ、自分の手駒として扱うことができる。洗脳できる数に制限はない。


 ……これはやばいな。俺の能力も大概チートだが、副会長の能力もかなり危険だ。ラノベの主人公ならここで見逃すんだろうが、残念ながら俺はそんなヘマしない。不安の芽はしっかり取り除いておかないとな。そんじゃ早速副会長の能力を書き換えるイメージで――

――――"神から賜りし筆ディヴァインクォイル"!


 ・御影玲王

 ・レベル1

 ・戦闘力100

 ・能力『平和主義』近くにいる人間のステータスを上昇させる。人に危害を加えることができない。レベルアップ不可。


 うん、完璧だ。これで副会長は一生悪さができないだろう。能力書き換えは我ながらチートが過ぎるな……でも予想通り回数制限があったみたいで、この手の魔法は二度と使えないようだ。できれば取っておきたかったが、背に腹はかえられない。ここにいる1000人以上の生徒、それから国の人間にまで被害が及んだら、それこそ新たな魔王が誕生してしまう。


「な、なんだこれは!? どうして僕の能力がこんなものになっている!?」


 副会長は大慌てだ。会長もそれを見て驚愕の表情を浮かべている。二人とも何が起こったかまったく理解できていない。怒り荒れ狂う副会長の様子を見て、周りの生徒もドン引きだ。まあ、憧れの副会長がこんだけ取り乱してたら蛙化しちゃうよな。挙句の果てには他の生徒に掴みかかる勢いで「お前の仕業か? それともお前か!?」と人混みの中で発狂している。『平和主義』の力で生徒には危害を加えられないから心配無用だ。なんなら他者のステータスを増加させているから、返り討ちにされるだろうし。


「副会長さんよぉ……ここはもう別の世界だぜ? 理事長の息子だから黙っててやったが、あんま出しゃばると痛い目見るぞ?」


 副会長は不良グループによって人混みから弾き出され、倒れ込むようにして俺の足元に現れた。戦闘力も10000から100に下げたせいで身体能力がかなり下がっているようだ。それでも俺と同じ戦闘力なんだけどな。


「残念ですね、御影副会長。せっかくの『支配者』が『平和主義』なんて使えない能力になっちゃって……あ、俺のこと?」


 俺が耳元で呟くと、副会長の顔は青ざめ、信じられないといった様子で俺を見つめている。彼の普段の高慢な態度とは全く違う、打ちのめされたようなその姿に、俺は少しだけ優越感を感じてしまう。まあ、陰キャの俺にこんな力があるなんて、普通の人なら誰も想像しないだろうな。


「お前が……何をしたんだ!? どうして俺の能力がこんなに……!」


「さあ? 俺には何もわからないけど、何かの間違いで”平和主義”になったみたいですね。いやー、平和って大事だよなぁ」


 俺はニヤリと笑う。すると、副会長は唇を噛み締め、怒りに震えながらも何も言えなくなってしまったようだ。これで少しは大人しくなるだろう。いや、俺のせいでむしろ二度と立ち直れないかもしれないが……まあ、それは仕方ない。こういう奴は大抵悪いことを企んで後々厄介な事態を引き起こすトリガーになるからな。


「くっ……絶対に許さない……!」


 副会長は最後の悪あがきのようにそう吐き捨てると、何とか立ち上がり、その場を去っていった。まあ、あれだけ取り乱してたら、もうみんなからの信頼もガタ落ちだろうし、今後は大人しくしていることを祈るしかない。


 俺は一息ついて、ふと周りを見渡す。


「それにしても、凄いことになっちゃったな」


 周囲の生徒たちは一部始終を見て、ただただ唖然としていた。そりゃあ、副会長が突然取り乱して暴走しかけたところを俺が止めた、みたいな構図になってるんだから、みんな驚くだろうな。俺が陰キャだったことなんて、もう過去の話になりそうだ。ま、どうせ追放される俺には関係のない話だけどな。

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