テオドアの帰還・1
「この者たちを処刑せよ!」
冷たい宣告とともに、晩餐会の席に座るジャックたちの後ろに近衛兵たちがにじり寄った。抵抗する間もなく、空中から現れた巨大な魔法の手が体の自由を奪う。テオドアが上座の方を見た。そこに座る女性はワイングラスを手に持ちテオドアを睨みつけている。ジャックとルーシーが叫ぶ中、テオドアはなぜこのような事態になってしまったのかを思い返そうとした。
◇ ◇ ◇
一行が古都ヴァルナールを訪れる数日前、彼らはトーレス村に装備の新調のため立ち寄っていた。ヴァルナール領にある小さなこの村は、小麦の生産が盛んな平和な村だ。今の時期は収穫も終わり、住民たちは冬を越す準備を始めている。幼いころにこの村に訪れ、冬の祭典用の大きな木を見て驚いた記憶が、テオドアの脳裏に蘇った。
「いいですか、装備を整えたらすぐに出発しますからね」
「別にいいけどよ、何でさっきから、テオはそんなにこの村を避けてるんだ?」
ジャックが質問すると、テオドアは目をそらしつぶやくように言った。
「大したことではないのです。ただ、ヴァルナール領には苦い思い出が。東に行ったところの川を超えればエルグランデ領です。そちらの方が王都にも近いので、早めに行ってしまいましょう」
そう言うと、テオドアはやや駆け足に村の方へ向かった。彼の奇妙な態度を不思議に思いながらも、ジャックとルーシーは彼の後を追った。
◇ ◇ ◇
「おっさん、この村で冒険者たちが武器を捨てていくゴミ捨て場みたいのって、どこにある?」
酒場につくと、さっそくジャックが店主に質問する。トーレス村は規模もそこまで大きくないので、返ってきた返事はジャックを落胆させた。
「仕方ない、あの金貨を使うか」
ジャックはゴバンガ山のダンジョンで、ハズレ装備のほかに幾ばくかの金貨も持ち帰ってきていた。自分のせいでパーティーが危険にさらされ、結果として所持品の多くを失ったことには彼も責任を感じていた。名誉挽回のチャンスと思い、ジャックは二人に装備屋へと向かうことを告げた。
「二人の装備も揃えられるぐらいはあるはずだ。何でも好きなのを、ってわけにはいかねえが」
「ありがとジャック! あのダンジョンに一人で行ったんだもん、やっぱり勇気に関してはジャックが一番だね!」
「恩に来ます、私の貯蓄もそろそろ心もとなくなってきた頃ですので」
防具屋で破れたり汚れたりしてしまった服を新調し、ルーシーは新しい鎧も購入する。テオドアのメガネもいつの間にか割れてしまったので、彼はカウンターに並んだ色とりどりのメガネを見分していた。ジャックはというと、バックパックの棚を眺めて性能を見比べている。ダグリックのバックパックはもうなくなってしまったが、ルーシーが拾ってきてくれた切れ端を彼はまだ大切に持っていた。お守りのように、ジャックはそれを腰の道具ベルトに括り付けていた。
一通り買い物を終え、ジャックは隣の武器屋で壁にかけられたナイフを物色していた。値段の高い一級品には手を出せないが、メリットもデメリットもない普通の装備でも彼にとっては十分だった。鋭く砥がれた刃先を見ながら、手の中で重さを確認する。買おうかどうか迷っていると、ふいに店の外が騒がしくなってきた。
「お願いします! 今年は魔皇帝様のご即位祝いで、すでに収穫の大半を……」
「黙れ! 母上の命令だ、蓄えの四割を差し出せ!」
若い男の怒鳴る声が聞こえる。何事かと一行が店を出ると、栗毛の立派な馬に乗った青年がひざまずく村人たちを叱責していた。
「それか、若い娘を差し出すってのもいいな……一人差し出すごとに、年貢の量を少し減らしてやる」
金髪の青年はそう言うと馬を降り、震える若い女性に近づいた。顔をつかんで無理やり自分の方に向けさせる。
「お前、名は何と言う? 我がローゼンバウム邸に来たくはないか? 可愛がってあげよう」
怯える彼女の姿を見て、慌てるテオドアの静止も聞かずルーシーは飛び出していった。青年の従者たちが剣を向けて威圧するも、ルーシーは大声を出して青年の注意をこちらに向けさせる。
「ちょっと! やめなさい、その子が嫌がってるでしょ!」
「何だ、お前は?」
突然の乱入者に、男はイラついた顔で顔を上げる。その視線は、ルーシーの背後でおろおろとしている、見覚えのある顔をとらえた。
「テオドア、テオドア兄上ではないか! はは、久しぶりだ!」
兄上と呼ばれる彼を、ジャックとルーシーは驚きの表情で見つめる。その様子を見て、金髪の青年は不思議そうに首を傾げた。
「おや、兄上は自分の身分を明かしていないのか?」
ジャックたちの戸惑いと好奇の視線にさらされ、テオドアも黙っているわけにはいかなかった。服のしわをただし、身なりを整えて言う。
「すみません、今まで黙っていて。私の名はテオドア・ローゼンバウム。ヴァルナール領領主、エレノア・ローゼンバウムの息子です」
この旅を始めてから、最大の驚きがジャックとルーシーを襲った。
◇ ◇ ◇
「テオお前、超エリートだったのかよ! 何で隠してたんだ!」
「ローゼンバウム家って、時々オルドレア城に会議で来てた、あのローゼンバウム家⁉ オルドレア王国五侯の一家じゃん!」
口々に叫ぶ二人は驚きを隠せない。オルドレア王国五候は、王家から王国各地の統治を任された名門中の名門だ。学校に通ったことのないジャックでさえ、その名前は知っていた。その一族、領主直系の子孫である男が、目の前にいる。ジャックはまだ頭の整理が追い付いていなかった。その様子を見て、青年は笑う。
「これは傑作だ! 兄上は身分を隠し、こんな庶民たちと旅をしていたとは!」
「チャールズ、少し静かにしていてください。ジャック、ルーシー、私が身分を隠していたのは、名前ではなく名字で自分の価値を図られるのが嫌だったからです。許してくれますでしょうか?」
「当然! てか、そんなにエリートなら、なんで一人で旅に出たりしたんだ?」
「それは……」
テオドアが言いよどんでいると、チャールズと呼ばれた青年が近づいてきて口を開いた。
「兄上、せっかくここまで来たんだ、ヴァルナールに戻らないか?」
馴れ馴れしく肩を組みながら、チャールズは小声でテオドアに耳打ちする。それを聞き、彼の顔色が変わった。
「ジャック、ルーシー。我が弟は、私たちをローゼンバウム邸に案内したいそうです。せっかくですので、ここはチャールズと一緒に向かいましょうか」
あれほどヴァルナール地方を通過するのを嫌がっていた彼が、今度は実家にまで案内するという。突然のテオドアの申し出に少々戸惑うも、ジャックとルーシーは顔を見合わせ頷いた。
「テオドアのご家族、会ってみたい! 旅ですごくお世話になりましたって、挨拶しにいかないと」
「それに、古都ヴァルナールって冒険者たちに有名な街だろ? レアな掘り出し物があるかもな!」
思い思いに行ってみたい場所の希望を述べる彼らを前に、テオドアは困った顔でため息をついた。いつの間にか、チャールズは馬に乗って先に出発している。年貢の取り立ての件はどうやらうやむやになったようだ。
「私たちも行きましょうか、距離的には今日中につくはずです」
そう言うと、テオドアは二年ぶりの帰路についた。
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