勇者の条件・2
「お集りの皆さん、お待たせしました。私から皆さんに重大な発表がございます」
邸宅の庭にそびえたつ不気味な大樹の下、荊でできたステージに立つ魔導士バルベドは集まった魔皇帝側の人間に語りかけた。その中に、不安げな顔をしたルーシーもまぎれている。
「魔皇帝陛下からのご命令です。『魔界樹計画』の実行を早めろとのこと。私としては生贄がぎりぎり目標人数に達していないので、あまり気が進まないのですがねえ。というわけで、今から一時間後、計画を実行に移したいと思います!」
大仰な仕草で彼が両手を上空の三日月へ掲げると、彼の背後から太い荊が何本も出現した。強大な力を目の当たりにし、荒くれ者たちは興奮し大声を上げる。ルーシーも適当な言葉を叫んで、雰囲気に混ざろうとした。
「魔皇帝陛下万歳! 魔皇帝陛下万歳! 魔皇帝陛下万歳!」
一通り静かになったところで、バルベドが再び語り始める。
「さあて、私は先ほど、生贄が一部足りないといいましたね。不完全な計画を実行するか? 否! 魔皇帝陛下はお喜びにならないでしょう。そ~こ~で、あなたたちの中から、生贄を選びたいと思います!」
骨ばった指を観衆に向け、高らかに宣言するバルベド。徐々に状況を理解してきた悪人たちは口々に悲鳴や命乞い、怒りの声を上げた。ルーシーはただただ何もできることなく、刻々と変わる状況に流されるばかりだ。
「ふざけるな、冗談じゃねえ! 魔皇帝側についたら、命は保障してくれるって話だったじゃねぇか!」
「お~っと、
楽しそうにバルベドが手を振ると、背後の荊が哀れな男めがけて伸びてくる。男は逃げようと後ずさるが、背後からも荊が生えてきて退路を塞いだ。恐怖に歪んだ表情のまま、男は上空高く吊り下げられた。あちこちで悲鳴が上がる中、バルベドはしわだらけの顔に醜悪な表情を浮かべ、次の生贄を選び始めた。
「決めました。バケツのような兜をかぶったそこのあなた! 理由は、兜のデザインが気にくわないから!」
「そりゃないだろおおおぉぉおお!」
悲鳴を上げながら、無慈悲にも彼の体は荊に巻きつかれていく。ルーシーを含めほとんどの者がその場から逃げようと庭園の入り口に殺到したが、魔物たちの群れがそれを許さなかった。
「さあ、ここからはゲーム形式で選んでいきましょう。ここに大きな種がございます。私が一分数える間に、その種をあなたたちの間で投げ合ってください。最後に持っていた人が、次の生贄です! は~じめ!」
バルベドが種を放ると、当然誰も取りたがらないので種はどすんと地面に落ちる。気まずい沈黙が流れ、老魔導士は激高した。
「取らなきゃゲームにならないだろうが! もういい、そこのお前、取れ! 取らなきゃお前が生贄だぁ!」
理不尽な暴力に悲鳴がこだまする中、ルーシーはただただ仲間たちの到着を祈った。
◇ ◇ ◇
一方そのころ、ジャックとテオドアはレオニスたちの体を縛る荊を切ろうと躍起になっていた。持っていたナイフはどれもなまくらで、鋼のような荊には傷一つつけられない。リリィの体に巻きつく荊を切ろうとジャックが手を伸ばすと、彼女は悲鳴を上げて威嚇した。
「ちょっと、汚い手で触らないでくださいまし!」
「助けようとしてるだろうが!」
「あなたみたいな庶民に助けられるぐらいだったら、私死んだ方がましでございますわ!」
「おーそうか、じゃあもう助けてやんねえ!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を見て、テオドアは外に聞こえてしまわないかとひやひやした。すでに荊で縛られていない冒険者たちは牢から解放され、着々と捕らえられた市民たちを助け出す準備を進めている。あとは荊で縛られている者たちを解放するだけだ。テオドアが縄を見分する中、レオニスが話しかける。
「本当にすまない、君たちにここまでする必要はないのに」
「いえ、逆の立場だったら、きっとあなたたちも同じことをしたでしょう。そう信じてますので」
「いや、我々ならお前たちなど速攻見捨てた」
ファビアンの心無い発言がテオドアの耳に刺さる。
「今のは忘れてくれ、僕のパーティーメンバーはどうも……ツンデレが多いみたいでね」
「おいリーダー、誰がツンデレだ!」
ナジャが反論するが、体をもぞもぞと動かすだけで暴れられない。テオドアはぶつぶつと独り言をつぶやいていると、突然何かを思いついたかのごとく顔を上げた。
「皆さん、この荊に力を吸われているといっていましたね?」
「あ、ああ。それはそうだが……」
「やはり、魔力や生命エネルギーを吸収する性質……ならば。ジャック、例の呪い装備、まだ持っていますか?」
突然問われ、ジャックは戸惑いながらもバックパックから不気味な兜を取り出す。何かが腐ったような匂いのするそれは、被った者をゾンビ状態にする呪いの兜だ。ゾンビ状態では回復できなくなり、敵味方関係なく襲ってしまう。害悪な状態異常なので、グラニアのゴミ捨て場に捨ててあったのをジャックは防御力の高さを見込み拾ってきたのだ。
「これで何すんだ? 脱がせばゾンビ状態は治るはずだけど」
「エネルギーを吸う荊なら、ゾンビ状態の負のエネルギーを吸わせたら……?」
「なるほど、やってみる価値はあるか!」
そう言うとジャックは、躊躇なくリリィの頭に呪われた兜をかぶせた。わめくリリィの声が次第にしわがれ、獣のような唸り声に変わっていく。皮膚が灰色に変わっていく様を見て、『暁の刃』の面々は一斉に非難の声を上げた。しかしその声は、リリィの体に巻きついていた荊がのたうち回りながら干からびて死んでいくのを見ると止んだ。
「やはりこれです!」
「ほーら、学者もバカにできねえだろ?」
二人は勝ち誇ると、リリィの頭から兜を引っこ抜き、怯えるレオニスの頭の上にかざした。
◇ ◇ ◇
「な~んかだんだん飽きてきましたね。まああと一人、ゲームも思いつかないので適当に決めましょうか」
バルベドが灰色の指を荒くれ者たちに向け、ふらふらと動かす。すでに何回かのデスゲームでその数は半分ほどに減ってしまっていた。極力衝突を避ける形で何とか生き残ったルーシーだったが、その顔は涙に濡れ、精神は恐怖でもう限界だった。
「ジャックぅ……テオドアぁ……早く来てよぉ……もう帰りたい……」
「はい決まり! そこの騎士のお嬢さん、理由は特にないので割愛! 魔界樹の方へど~ぞ!」
邪悪な魔導士の指はまっすぐにルーシーの方を差していた。荊が動き、ルーシーめがけてその先端を伸ばす。ルーシーは恐怖でへたり込んでしまった。
その時、何者かの攻撃により荊ははじかれ、近くの地面に突き刺さった。ルーシーは一瞬、ジャックが助けに来てくれたと期待する。しかし涙で濡れた視界に映ったのは、見慣れたぼさぼさの茶髪ではなくハンサムな黒髪の男だった。
「待たせたね、勇敢なお嬢さん。今宵は再び、僕が君を救う番さ」
歯の浮くようなセリフにルーシーは思わずげーっという表情を見せる。見ると、『暁の刃』の面々をはじめ、多くの冒険者たちが邸宅から飛び出してきた。レオニスはルーシーの方を見ると、前髪をかきあげ言った。
「お仲間さんは屋敷の中だ。どうも奇襲をかけるらしい。戦闘は僕たちに任せて、行ってきな」
「あ、ありがとう、レオニス!」
「どういたしまして、マイレディ」
どうにも彼の態度は好きになれないが、助けに来てくれたことは素直にうれしかった。怒り狂うバルベドを背に、ルーシーは仲間の元へと走り出した。
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