勇者の条件・1
魔物が闊歩するカイネスの町には、依然として人の姿は見当たらない。三人は巡回の魔物に見つからないように、細心の注意を払って裏路地から裏路地へと進んでいった。テオドアは魔物の動きを分析し、相手がまるでプログラムされたかのように一定のペースで動いていることをつかんだ。
「おそらくは、死角なく巡回するように命令されているのでしょう。ですが先ほどの戦闘で、魔物の数は減っています。タイミングを見計らって動けば、見つからずに近づけるはずです」
何とか領主の邸宅の影まで来たジャックたち。そこには、人間の兵士が何人か、見張りとして立っていた。王国騎士団の鎧を着ているものもいれば、見るからに荒くれ者と思しき姿の者もいる。ときおり笑いながら話す彼らの姿を見て、ジャックは吐き気がした。
「あいつら、魔皇帝側についたってのか」
「いつの時代にも、より強い側につこうとする卑劣漢はいるものです。まあ強いパーティーに入れてもらおうと躍起になっていた私が言えた話ではありませんが……」
「いやいや、テオドアとあいつらは全然違うからね⁉」
ルーシーが慌ててテオドアをフォローする。そうこうしている間に、ジャックは潜入のため作戦を練っていた。手持ちのアイテムは道中倒れていた冒険者たちの持ち物でいくつか補充できたが、いかんせん時間がなかったので不安が残る。しかし、これ以上救出を先延ばしにしていては、レオニスたちの身が危ない。
「よし、まずは見張りの連中の気をそらす。ちょっと待ってろ」
そう言ってバックパックを置き、何やら作業を始めるジャック。気づかれないように周囲を警戒しながら、ルーシーとテオドアは不安げに彼が何かを作るさまを眺めた。
「完成! 簡易時限爆弾、一丁上がり!」
ジャックの手に握られていたのは、注ぎ口の所から紐がはみ出ているガラス瓶だった。中は油で半分ほど満たされている。テオドアは興味深そうにそれを観察した。
「なるほど、紐に火をつけ、その間に別の所に移動するのですね。投げなくていい分、敵に私たちの存在を気づかれにくいと」
「勝手に言っちゃうなよ、俺が説明したかったのに……」
文句を言いつつ、ジャックは器用に火打石を用いて長い紐の先に火をつける。明かりが漏れないように落ちていた箱で装置を覆うと、巡回する魔物が通り過ぎたタイミングを見計らい一行はその場を離れた。
◇ ◇ ◇
「なあ、捕まえた奴らっていつ処刑されるんだっけ」
「バカお前、明後日の夜だろ! 自分の持ち場は再確認したか?」
見張りたちは何やら良からぬ計画について話している。ときおり叫び声が邸宅の中から響き渡る中、突如として爆発音が轟き闇夜を閃光がまぶしく照らした。
「な、何だ⁉ 敵襲か⁉」
「あっちだ! 行くぞ!」
警備兵たちは慌てふためく。巡回の魔物がかなり強力なため、彼らは今まであまり冒険者たちと交戦したことがなかった。無抵抗な市民をさらい魔導士バルベドに引き渡し、邸宅の前に立っているだけの簡単な仕事。気の抜けていた彼らは、突然の爆発に急いで現場へ向かった。
「今のうちに……」
ジャックたちは離れた所からこの騒動を観察し、こっそりと邸宅を囲う石垣へと向かう。まずは身軽なジャックが先に敵がいないことを確認したのち、ロープを垂らして残りの二人を手伝う。非力なテオドアと鎧を身に着けたルーシーは、上るのにかなりの時間をかけてしまった。
「はあ、はあ……疲れた、やっと降りれた……」
石垣を超えた三人は一旦壁際に集まり、今後の侵入経路を考えようと周囲を見渡した。と、その時、奥の角から王国騎士団の鎧を着た戦士が一人、こちらに向かってきた。
「まずい!」
慌てて武器を構えようとするテオドア。ジャックはそれを制し、突然ルーシーの腕を自らの首にあてると大きな声を上げた。
「放せ、この王国を裏切った悪党め!」
突然のことにルーシーは混乱する。テオドアは彼の意図に気づき、自らも両手を後ろ手に組んでルーシーに掴ませた。
「おい、また冒険者を捕まえたのか?」
ルーシーを仲間と勘違いした元騎士団の男が声をかける。一瞬ルーシーの頭が真っ白になったが、我に返りおどおどと話し始めた。
「そ、そうだ。私はバルベド様に献上するため、ここに冒険者二人を捕まえてきたぞ」
棒読みの演技にジャックは思わず顔を覆いたくなったが、相手の騎士はどうやら気づいていないようだ。
「なら早く連れていけ、地下牢の位置はわかるだろうな?」
「え、えーっと、どこだったっけか。すまない、先ほどまで酒を飲んでいて……」
そう言って軽く体をふらつかせる。緊張によりルーシーの顔はもともと真っ赤になっていたので、相手は飲酒を軽く咎めつつ地下牢の位置をすんなり教えてくれた。
「ちなみに、地下牢の鍵とか持ってたりしないか? 私のはどこかに落としちゃって」
「まったく、お前みたいなドジもいて、バルベド様は本当に来る者拒まずだな。これを持っていけ、どうせ俺は今から入口の見張りだ」
「ありがとう。そ、そういえば、入口の方でなんかあったみたいだぞ。早く見に行った方がいい」
「そうみたいだな。命知らずな冒険者どもだ。魔皇帝様側についていた方が、逆に安全だってのに。じゃあな」
人を疑うことを知らない騎士が去っていったところで、ルーシーたちは歩き出す。一応連行している体なので、腕や首根っこをつかまれた体勢のまま歩いていく。声を出すとばれるかもしれないため、ジャックは目線でルーシーに「よくやった」と伝えた。もっとも、当のルーシーは緊張で前を向いたまま、何も気づいていなかったが。
◇ ◇ ◇
地下牢の扉を開けると、苦痛や絶望にあえぐ悲壮な声があちこちから聞こえてきた。入ってくるルーシーに向けて力なく罵倒の言葉を放つ者もいれば、命乞いをする者もいる。結構な人数が捕まっているのを見て、ルーシーは一応住民たちが生きていたことを知りホッとした。
奥の方へ歩いていくと、冒険者たちの捕らえられているエリアに出た。一部の冒険者たちは黒い荊で手足を縛られており、顔色悪く地面に寝転がっている。使われていない牢を探していると、ルーシーは見覚えのある顔を見つけた。
「あっ、お前たちは!」
レオニスが三人に気づき、頭を上げる。騒がれる前に、ジャックは指を口に当て静かにするようにと伝えた。彼らの牢を開けようとしたとき、牢屋の入り口から大声が聞こえた。
「おい、誰かいるのか! 鍵を閉め忘れてるぞ、マヌケ!」
「ルーシー、とりあえず行け!」
ジャックが小声で促し、ルーシーは彼らの正面の牢にジャックとテオドアを入れる。そして、鍵をかけずに鉄格子を閉めた。こっそり鍵をジャックたちの牢に投げ入れると、ルーシーは大きな声で返事をし、すぐに地下牢の入口へと向かった。
「すみませーん! すぐ行きまーす!」
「遅れるな! バルベド様がお呼びだ!」
別れることになってしまったが、テオドアは大丈夫、と親指を立てる。ルーシーは一度彼らの方を振り返ると、走ってその場を離れた。扉が閉められる音を確認したところで、レオニスは口を開いた。
「なんで、わざわざここまで……」
「あそこで俺たちの事を言わなかったろ。借りができちまったからな」
「だからって、君たちの実力で」
「ああもう、いちいち一言多いんだよ。なあ、勇者になりたいんなら、困ってる人を助けるのは当然だろ? あんたはそうした、俺は憧れの冒険者像に少しでも近づくために、同じことをしただけだ」
ジャックの脳裏には、あの日彼の前に立った老ドワーフの姿が浮かんでいた。それを知らぬレオニスは芝居がかった表情で言う。
「ああ、この僕を「憧れの冒険者」だなんて……」
「ジャック、本当にこの男に憧れているのですか? 共に旅する先輩冒険者の私ではなく?」
的外れな発言をする二人に呆れながら、ジャックは鍵を持ち立ち上がった。
「いいから、ここを脱出すんぞ。それで、あの雑草野郎の計画をぶっ潰してやろうぜ!」
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