暁の刃・2

カイネスの町周辺は、妖しい瘴気に包まれていた。硫黄のような焦げた匂いがあたりに漂っており、そこかしこに折れた剣などが散乱している。ジャックたちは巡回している魔物に気づかれないようにしながら、町の入口へと向かった。黒い革の魔物たちを、テオドアは興味深そうに観察している。


「どの本でも見たことがない……新種の魔物でしょうか?」

「似たような奴が、王都ルミナリスを襲ったんだ」


 小声でジャックとテオドアが話す。テオドアは魔物の奇妙な点に気が付いた。


「あのイノシシのような魔物……排せつ器官や生殖器らしき物が一切見当たりません。それに比べて牙や爪は、不自然なまでに発達しています。生物というよりは、戦いのためだけに生み出されたゴーレムなどに近いのかも……?」

「二人とも気をつけて、そろそろ入口だよ」


 町の内部に近づくにつれ、叫び声や爆発音、鬨の声などがだんだん大きくなってきた。遠くの方では魔法の光がときおり、町を明るく照らす。すでに何組もの冒険者パーティーが、ダンジョンと化したカイネスの町に挑んでいた。ジャックたちは武器を握りしめ、崩壊した町の中へ足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


「この辺は静かだね……やっぱり、もう誰もいなくなっちゃったのかな」


 民家の窓は割られ扉は破られている。一部の家は壁が爆発か何かで崩壊しており、ルーシーの言葉通り人の住んでいる気配はなかった。だが、巡回する魔物がいないわけではない。突然、通りの向こうから背の高い黒い影がふらりと一行の前に現れた。


 三メートルを超える長身は、ボロボロの黒い布に包まれている。布から伸びる細い腕は、他の魔物と同じく黒い革のような皮膚で覆われていた。骨ばった腕で大きな鎌を持つその姿はさながら死神のようだ。物言わず滑るようにこちらに向かってくる魔物を見て、ルーシーは盾を構えた。


 その時、近くの屋根から人影が飛び降りた。謎の人物は魔物に剣を突き刺し、そのまま真っ二つに切り裂いた。黒髪をかきあげる鎧の男の仕草は、数日前に見たばかりだ。


「レオニス!」


 叫ぶジャックを見て、レオニスは驚いた、といった表情をする。同時に屋根から、さらに三人の人影が飛び降りてきた。再びジャックたちの前に現れた『暁の刃』の面々は、通りの奥からやってくる魔物の群れに向かって武器を向ける。レオニスが振り返り、ジャックたちに言った。


「ここまで来れたのには正直驚いたよ。でも、悪いことは言わないからここは退散したほうがいい。戻って僕たちの英雄譚でも語ってきてくれ」

「いや、俺たちは生き残ってる人を助けに……」

「どうでもいいからいなくなってくれないかな、邪魔なんだよ。巻き込まれてもいいのか?」

 

 レオニスの落ち着いた態度がやや薄れ、とげとげしい姿勢をあらわにする。そうこうしているうちに、テオドアが後ろからも魔物が迫ってきていることに気づいた。通りの前後から、完全に挟み撃ちにされてしまったようだ。


「レオニス、もうこいつらは気にせずやってしまおう。どうせ我々だけで十分だ」

「分かった、始めようか」


 レオニスが合図すると同時に、ファビアンが後ろを振り返り杖を構える。杖の先に魔力が集中し始めたのを見て、テオドアは彼が何をしようとしているのかを悟った。間一髪でジャックとルーシーを引っ張って民家に逃げ込むと同時に、強力なエネルギーの光線が後ろから迫りくる魔物たちを焼き払った。


「何すんだ、殺す気か!」


 ジャックが怒って叫ぶが、ファビアンはいたって平然としている。その間に、ナジャが前方の魔物の群れに向かって飛びかかっていった。その体は強力な補助魔法によって光り輝いており、攻撃による浅い傷はすぐに回復してしまう。まさに戦闘狂といった様子で、彼女は奇声をあげながら敵の群れの中を駆け巡った。


「見ていてくれ、僕の活躍を!」


 レオニスも高らかに声を上げ、剣を構える。彼の黒と金の鎧が光を発し始めた。


「『鏡よ鏡ミラー・ミラー』」


 レオニスの左右の空間に、二枚の光り輝く鏡が出現する。そこに映る彼の姿が、本体の方を向き笑顔を見せる。鏡が無数の宝石のごとく砕け散ると同時に、鏡像たちはレオニスの横に降り立った。三人に分身した黒髪の男は、それぞれ気取ったポーズをとり魔物たちを見つめる。


「さあ、踊ろうか」


 一糸乱れぬ連携で、三人のレオニスは敵の群れの中を駆け巡る。魔物たちは大鎌を振るい応戦するが、レオニスは華麗な動きでそれを避け、返す刃で痛烈な一撃を叩きこむ。後方はファビアンが広範囲の魔法攻撃で足止めし、リリィの補助、回復魔法により前衛職が途切れることなくダメージを与え続ける。まさに理想的なパーティーの戦い方だった。ジャックたちは建物の陰に隠れ、その姿をただ見ていることしかできない。


「すげえ……」


 ジャックの口から思わず称賛の言葉がもれる。今この瞬間、ジャックは目の前にいる夢にまで見たような冒険者たちの姿を見て、怒りも忘れその雄姿に魅了されていた。


◇ ◇ ◇


「『悪意ある荊ヴィシャス・ヴァイン』」


 突然、ファビアンの動きが乱れた。彼の足元から黒い荊が何本も生え、足から腰に絡みついている。彼は持っていた杖を取り落とし、苦痛に顔をゆがめた。見る間に彼の全身は荊に絡めとられ、宙吊りにされてしまった。


「なっ、ファビアン!」


 最初に異変に気付いたのはレオニスであった。ファビアンの方に振り返るや否や、彼の足元にも荊が出現する。高く跳躍してその攻撃を振り切ろうとしたが、荊の成長速度は彼の移動速度をはるかに上回っていた。瞬く間に、『暁の刃』の面々は自由を封じられてしまった。幸いにも、謎の敵はジャックたちの存在にまだ気づいておらず、三人が攻撃を受けることはなかった。


「ヒーヒッヒッヒ、また私の元に、哀れな養分たちがやってきましたねえ」


 息を殺して、恐る恐るルーシーが声のする方を覗くと、ひょろりとした黒衣の男が怪物の群れの中から姿を現した。彼の両手には棘のような模様が描かれた魔方陣が回転している。


「誰だ、お前は……」


 絞り出すような声で、ナジャが言う。毒気にあてられているのか、顔色が悪い。長身痩躯の男はフードを脱ぎ、不健康そうな灰色の顔をあらわにする。大きな鉤鼻の上に、緑色の細い目が輝いていた。


「死ぬ前に教えてあげましょう。私の名はバルベド。魔皇帝陛下より、このカイネスの町の防衛を任されております。あなたたちは残念ながら、私の『魔界樹計画』の養分となる定め。魔皇帝様に歯向かった罰、しっかりと受けてもらいますよ」


 高齢の魔導士は高い声で耳障りな笑い声をあげる。そして右手を一振りすると、荊を操り『暁の刃』の面々を自身の眼前に集めた。


「お仲間たちはこれで全員ですか?」


 からかうようにバルベドが問いかける。リリィが一瞬ジャックたちの隠れている場所を横目で見て、口を開こうとした。しかしそれを遮る形で、レオニスが声を上げた。


「ああ、悔しいが全員やられてしまったようだ」


 その言葉を聞き、魔導士バルベドは満足そうに振り返る。リリィたちは何か言いたそうにレオニスを見たが、彼は鋭い視線で三人を黙らせた。荊に縛られ連行される中、レオニスは一瞬だけジャックたちの隠れている民家の方を振り返ったが、何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


 魔物の一団が去ったことを確認し、ジャックたちはようやく息を吐いた。ルーシーが心配そうな顔で通りの方を眺める。


「なんでレオニスさんは、私たちのことをかばってくれたんだろう……」

「理由はどうでもいい、あいつらに借りができちまったな」


 ジャックは何もできなかった悔しさに、拳を地面に打ち付ける。そして二人に向き直ると、覚悟を決めて宣言した。


「よし、あいつらを助けに行くぞ」

「私も賛成。ピンチから救ってくれたし、恩返ししないと」

「彼らはどこかに連れていかれた模様。あのバルベドという男は町の管理を任されているといっていました。ということは、おそらくあの建物にいるでしょう」


 テオドアが崩れた建物の奥に見える大きな建造物を指さす。そこには、屋根を突き破って大きな木が生えている邸宅があった。

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