暁の刃・1

石造りの建物が立ち並ぶグラニアの街並みは、この季節に人気の観光名所であった。しかし今は、街を歩くのは土産を買いに来た観光客ではない。立派な武器を携えた冒険者が、この先の戦略を立てつつあちこちで最新の情報を交換していた。ジャックたち一行は装備と情報を集めるため、この歴史ある街に立ち寄った。


「どきな、邪魔だ!」


 屈強な荒くれ者たちがルーシーに肩をぶつけてきた。とっさにジャックは文句を言おうとするが、テオドアがその肩に手を置き諫める。喧嘩をしても勝ち目のなさそうな冒険者たちが、この街には多く滞在していた。そしてその多くは、態度が大きい。


「なんかこの街、空気悪いね」


 ルーシーがそう言うと、ジャックもうなずく。


「以前来たときは、いたって平和な観光地という印象だったのですが。ここには旧帝国の遺跡もあるので、いろいろと学びの多い場所なのです」


 様変わりした街並みを観察しながら、テオドアが説明する。多くの土産屋は看板を書き換え、冒険に役立つ武器やアイテムなどを割高で販売していた。ジャックはそのような店には見向きもせず、酒場やゴミ捨て場などお宝の眠る地を探している。冒険者が多く集まるということは、それだけ捨てられるハズレ装備も増える。良さそうな漁り場を見つけるのに、それほど時間はかからなかった。


◇ ◇ ◇


「まあ汚らしい、あの方ったら、ゴミなんかを漁ってますわよ」


 ジャックが特殊スキルを用いて使えそうな物を探していると、あからさまな罵声が彼の頭上から聞こえてきた。むっとしたルーシーが反論する。


「ちょっと、言い方ってものがあるでしょ!」


 「汚い」という点は否定しないルーシーは、きらびやかな装飾のついた白いローブを身にまとう女性に詰め寄った。途端に彼女の横にいた筋骨隆々の女性が、威圧するように前に出る。


「なんだ、お前もこいつの仲間か? ダサい装備しやがって」

「そうですわねナジャ、貧しい身なりですこと」


 高笑いする女性二人に馬鹿にされ、ルーシーが怒りで震えている所にジャックとテオドアも加勢する。謝れと詰め寄る男二人よりも、豪快に嘲笑するナジャと呼ばれた武闘家の女の方が強そうだ。緊迫した空気があたりに張り詰める。そこに、通りの奥から二人の男がやってきて声をかけた。


「リリィ、ナジャ、そこで何をしているんだい?」


 耳に心地いい声が、二人を呼ぶ。女たちは振り返ると、仲間に駆け寄った。


「レオニス様、この庶民たちが私たちに謝れというんですの。何とか言ってやってくださいませ!」


 レオニスと呼ばれた男は、流れるような黒髪を無造作にかきあげ、きざな笑みを浮かべる。あまりにも芝居がかったその仕草に、ルーシーは思わず目を逸らした。ジャックはリリィと呼ばれた女の失礼な物言いに反論した。


「ちょっと待て、先に馬鹿にしてきたのはそっちだろうが!」

「そうなのかい、リリィ?」

「だってぇ、下賤な行いが私の目に飛び込んできたのですもの! 誰だって文句を言う権利はありますわ!」


 怒るリリィをなだめつつ、レオニスは仰々しい態度でジャックたちに謝罪した。


「僕の仲間が失礼なことをしたようだ、すまないね。君たちは、何か失くし物でも探しているのかい? そんなところまで入って……」

「いや、俺たちは冒険者だ。何か使えそうな物がないか、探ってたところだ」

「そうだったのか。いや、実にエコでいい心がけだと思うよ。僕はレオニス。こっちはリリィとナジャ、そしてこの無口なのはファビアンだ」


 リーダーに紹介され、冒険者たち一行はやや不服そうに挨拶した。ジャックたちも軽く自己紹介をし、王都に向かっている事を告げた。


「すると君たちも、勇者になろうとしているわけか。だが悪いね、勇者の称号は僕たちがもらうよ」

「いや別に、何も勇者になりてえってわけじゃ……」

「おや、そうなのかい。だったらなおさら、引き返すことを勧めるよ。この先は戦場だ、生半可な奴らが行くところじゃない」

「ですが私たちは、どうしても王都に行きたいのです。そうだ、もしよろしければ、私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」


 出会った時のような熱心な態度で、テオドアが冒険者たちに提案する。途端に彼らの態度が一変した。


「はっ、おめえらみてえな雑魚、いても足手まといなんだよ。だいたいお前は学者だったか? こないだも一人、学者をうちらのパーティーから追放したばっかりでな」

「半端者はいらん。我らは精鋭だけで十分だ」


 大声で話すナジャに、無口なファビアンも加わる。


「戦士レオニス、武闘家ナジャ、僧侶リリィ、そして魔導士ファビアン。バランスのとれた理想的なパーティーだ。我々は勇者になるべき存在、お前たちごときはただの足手まといだ」


 ファビアンも口を開けば人を見下した態度を隠さない。ジャックは何か言い返そうとしたが、確かに自分たちに勝てる要素は何一つとしてなかった。見るからに熟練の冒険者である彼らは、各々が立派なデザインの鎧やローブに身を包んでいる。エンチャントされた大剣や杖などをこれ見よがしに装備し、いかにも頼もしそうな身なりだ。それに比べてこちらは、間に合わせの装備で固め、武器や防具も貧弱なものばかり。人数、経済力、そして経験。ジャックたちは実際、冒険者としては明らかに劣っていた。黙り込んでしまった三人を見て、レオニスはやや気の毒そうに言う。


「まあ君たちも、僕たちが平和を取り戻したら王都に来るがいい。その時は、『暁の刃』に出会ったことがあるといえば、話のネタになると思うよ」


 そう言うと彼らは、笑いながらその場を去っていった。やるせない気持ちを抱え、三人は互いに顔を見合わせる。


「なんなのあいつら、私たちに勝ち目ないじゃん」

「見るからにエリートのパーティー……『暁の刃』、と言っていましたか」

「腹立つ奴らだったな。でもなんか、俺逆にやる気出てきた。あいつらも目的は同じなんだろ? なら、どっかでまた会えるかもだ。そん時は、強くなった俺らを見せて、あいつら見返してやろうぜ!」


 元気づけようとガッツポーズをするジャック。そんな彼の態度に、二人は元気を取り戻した。


「そうだね! じゃあ、とりあえず情報収集しようか。『この先は戦場だ』って言ってたけど、魔皇帝軍は近いのかな……?」


◇ ◇ ◇


 数日後、装備を整えたジャックたちは、山の中腹から遠くに見える街を見下ろしていた。かつては美しい街であったであろうカイネスの街は、今や魔皇帝軍の拠点となっていた。王都ルミナリスほどの破壊の跡はないが、上空には同じように怪しい雲が浮かんでいて薄暗い。しかも街の周辺だけ霧がかかっているようで、ここからでは細かい状況までは分からなかった。ときおり悲鳴のような声がかすかに聞こえる。


「あそこだな、カイネスは」

「ええ、私たちの目的は、街の解放。王都ルミナリスに急ぐ分には避けて通ればいいのですが、やはり救いに行くのでしょう?」

「当たり前だよ、まだ住んでいる人がいるなら」

「それに、もし領主を倒せれば王国騎士団から賞金が出るかもだしな!」


すでに『暁の刃』の面々は街の中に入っているのだろう。三人の冒険者は後を追い、自らの力を証明するべく陥落した街へと向かった。

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