勇者の条件・3

「ルーシー! 良かった、無事だったか!」


 ジャックとテオドアが館の中を進んでいると、廊下の向こうから見慣れた鎧姿が走ってきた。ルーシーは仲間たちの姿を見ると、安心して泣き出してしまった。


「遅いよぉ……怖かったよぉ……」

「悪い、遅れちまった。でも、ここからは俺たち冒険者のターンだ」

「ルーシー、私たちは今からあの魔界樹の裏手へ回ります。挟み撃ち作戦を、相手にもお見舞いしてやりましょう」


 ルーシーは涙をふくと、頼もしい仲間たちとともに長い廊下を走っていった。


◇ ◇ ◇


「きいいぃぃいっ! 目障りな冒険者たちめ! どうやって抜け出した!」


 怒り狂う魔導士バルベドは、所かまわず荊で攻撃を仕掛ける。しかし、来ると分かっていれば歴戦の冒険者たちはそう簡単には捕まらない。何とか攻撃をいなしつつ、少しずつバルベドとの距離を詰めていった。


「まったく、合図はまだか⁉」


 迫りくる魔物の群れを魔法で牽制しつつ、しびれを切らしたファビアンが叫ぶ。レオニスが彼に巻きつこうとした荊をはじくと、互いの背中を合わせつつ答えた。


「別動隊を信じよう。この作戦には、僕たちだけの力じゃない、冒険者全員の協力が必要だからね」

「何も考えずただ無双できただけの頃は良かったんだがな」

「でもそれじゃあ、僕たちはただの出来の悪い物語の主人公さ。多少の逆境があってこそ、勇者の物語に深みが増すってものじゃないかい?」


 互いの実力を信頼し、二人はジャックたちの合図を待った。


◇ ◇ ◇


 その頃、ジャックたちはバルベドの背後にそびえたつ魔界樹の裏手に回っていた。すでに何人かの別動隊が待機しており、木を破壊しようと思い思いの攻撃を試している。黒い荊よりも硬度の低い樹皮は攻撃で傷つくが、すぐに回復してしまうのが問題となっていた。


「来たか。こっちの方の魔物たちはもう片付けた。バルベドの野郎は陽動部隊に集中してるから、しばらくは時間があるだろう」


 大柄な戦士が状況を説明する。テオドアは何人かの魔法使いや学者と情報を交換し、魔界樹の攻略法を探っていた。ルーシーが心配そうにジャックに問いかける。


「ねえ、バルベドを無力化したとして、本当に魔物たちを倒せるの?」

「多分な。一番厄介な親玉をやっちまえば、魔物自体はそこまで怖くない。『暁の刃』の活躍を見たろ? あとはこの怪しげな木さえどうにかできれば、この町を解放できるはずだ」


 そうはいっても、ジャック自身もこの計画が上手くいく自信はなかった。結局、すべてが状況からの推測で成り立っているため、どこか一つでも崩れてしまえば一気に形勢が逆転してしまう恐れがある。だが、これ以外に町を救う方法は思いつかなかった。


「そうですか、ありがとうございます。ではそれで行ってみましょう」


 テオドアたちの方は結論が出たようだ。集まった冒険者たちに指示を出す。


「魔皇帝配下の魔物はどれも、火に強く氷に弱いようです。なので、魔界樹も同様との仮説を立てました。植物の性質を持つのなら、凍らせてしまえば成長はできません。どなたか、氷属性の攻撃ができる方はございませんか?」


 やや厚着をした魔導士が一人名乗り出る。彼女が呪文を唱えると、杖の先から冷気がほとばしり魔界樹の樹皮を氷で覆った。


「次に、物理攻撃で破壊を!」


 今度は屈強な大男が凍った木に斧を振りかざす。表面が粉々に崩れたところを見て、学者の一人が再び凍らせるよう指示した。木の表面は砕けた状態のまま凍り付き、回復できていない。計画の成功を見て、魔法使いたちは上空に光の魔法を打ち上げた。


「合図だ! 『黒煙ダーク・フォグ』!」


 ファビアンを筆頭として、陽動部隊の魔導士たちが一斉に濃い煙をバルベドめがけて放つ。魔法の煙は彼の顔にまとわりつき、手で払おうとしても執拗に彼の視界を奪った。荊の攻撃が精度を欠き、あちこちでめちゃくちゃな動きを見せる。テオドアの読み通り、バルベドは見えていない範囲を荊で攻撃することはできないようだ。


 冒険者たちが魔物の群れをさばきつつ魔界樹の周りに集まる。氷魔法で回復を封じられた魔界樹は、絶え間ない攻撃に少しずつその幹を削られていった。レオニスは二人の分身を引き連れ、バルベド本体を直接叩きに向かう。バルベドは自らの周りに荊の盾を形成しようとしていた。


「させるか!」


 分身二人が荊を蹴って駆けあがり、ドーム状に形成されつつある荊の隙間に剣を差し込む。荊が絡みつくのも構わず隙間を維持している間に、レオニスはその大剣を怯えるバルベドの胸に深々と突き刺した。耳障りな悲鳴が夜空にこだまする。しかし老魔導士は簡単には死ななかった。


「残念でした、魔界樹がある限り、私は不死身だぁ!」

、ね」

「何っ! あ、さ、寒いぃ!」


 異変を感じ取ったが時すでに遅し。バルベドへ力を供給していた魔界樹は、別動隊の攻撃により倒れかけていた。ジャックとルーシーも非力ながら、凍った幹に攻撃を加えている。恐怖の表情を浮かべたバルベドは、最後の力を振り絞り両手の魔方陣を書き換えた。


「魔皇帝陛下万歳! 『嗜虐の種サディスト・シード』!」


 危険を察知したレオニスが直前で後ろに退くと同時に、バルベドの口から太い茎が生えてきた。しなびた体を突き破り成長する黒い植物は、十メートルほどの大きさに成長すると血のように赤い花を咲かせては枯れていった。枯れた花の付け根が膨らんだかと思うと、無数の種を高速で射出する。破れかぶれの攻撃に、冒険者たちはとっさに守りの姿勢を取った。


「二人とも、危ない!」


 ルーシーが素早く盾を構え、間一髪のところでジャックとテオドアをかばう。ゴンゴンと盾に種が当たる音が響き、ルーシーは腕の痛みに顔をしかめた。魔界樹が倒れても攻撃の手を止めないバルベド、いやかつて彼だった植物に、ジャックは怒りの声を上げる。


「クソッ、これじゃキリがねえ!」


 ジャックは前に出ようと隙を伺うが、種の砲撃の前になすすべがない。もし茎のとこまで行けたとしても、それを切れるかどうかもわからない。魔物の群れがじわじわと距離を詰める中、冒険者たちは窮地に陥っていた。


「『鏡よ鏡ミラー・ミラー』」


 三本の鋭い閃光が、闇夜に輝く。三人のレオニスが、砲撃の雨が体を砕くのにも構わず闇夜を駆け抜けた。苦痛に顔を歪めつつ、黒髪の戦士は幹に剣を振り下ろした。悲鳴のような音が響き渡り、邪悪な魔導士の最後の悪行に終わりを告げた。分身が消えるとともに、レオニスは剣を上空の三日月に掲げ、高らかに宣言した。


「冒険者たちに告ぐ、魔物を一匹残らず駆逐せよ! 今宵は我々の勝利だ!」


◇ ◇ ◇


「おや、また会ったね、ジャック君」

 グラニアの町の外れで、ジャックたちの後ろからレオニスが声をかけてきた。なぜか勝ち誇った表情の彼は、黒髪をかきあげ気取った表情を見せる。

「今回の共闘は楽しかったよ。でも忘れないで、二対一でこちらの方が多くピンチを救っているからね! なぜって、それが勇者レオニスって男だからさ! 勇者は弱者を見捨てない!」


 そう言って高笑いするレオニス。相変わらずな態度だが、ジャックはもう怒らなかった。別れの握手を交わし、レオニスたちは魔物の多いルートを、ジャックたちはより安全なルートを目指す。握手の際にリリィはあからさまに嫌な顔をしたし、ナジャは握力でテオドアの手を握りつぶそうとはしたが。


「町の人たちも救えたし、なんだかんだで今回も大勝利だね! 私たち、だんだん強くなってない?」

「最初よりは、慣れてきましたね。私も、そろそろ戦闘に貢献できるようにならなければ」


 そう言って考え込むテオドアを見ながら、ジャックは茶化すように言った。

「いいんだよ。『暁の刃』みたいな戦い方はできなくても、俺らには俺らなりの戦い方ってもんがあるんだから」


 前を向いて歩く三人の冒険者たちの前には、雪をかぶった霊峰ゴバンガがそびえたっていた。

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