冒険者未満・2

緑色の鱗を持つ獣が、ジャックに襲い掛かる。バックステップで岩々を飛び越え何とか躱すが、他の二匹が眠りから覚めたテオドアとルーシーの方へ向かっていった。ジャックはとっさに近くにあった小石をつかみ、洞窟の奥の方へ投げる。小石が転げ落ちる高い音が響き渡り、スロースリザードたちは注意をひかれ足を止めた。その隙にジャックはバックパックの元へと向かう。ルーシーとテオドアも、武器を手に取り臨戦態勢に入った。


「スロースリザードの革は、弱い武器では突き破れません。洞窟の落石にも耐えうるため、私たちの打撃では有効なダメージを与えられないでしょう」

「じゃあ、他に何か手はないか⁉」

「光です! 奴らは洞窟に生息する魔物。このタイプは一般的に光に弱い!」

「おっしゃ、光だな」


 ジャックはテオドアのアドバイスをもとに、バックパックから小瓶を取り出す。あいにく閃光の小瓶は持っていなかったが、小型の魔法爆弾ならいくつか村のゴミ捨て場で見つけた。


 「ルーシー! 爆弾を使う! 構えろ!」

 「オーケー!」

 「ちょ、待ちなさいジャック!」


 盾を構えるルーシーと、慌てるテオドア。ジャックはそちらの方を確認することなく、固まってルーシーを襲おうとしているスロースリザードたちに向けて魔法爆弾の小瓶を投げつけた。


 轟音とともに赤い爆発が洞窟内を明るく照らす。低級の魔法爆弾は威力が低く、閃光の小瓶とそれほど大差がない。しかしこの爆弾は、スロースリザードたちを吹き飛ばし気絶させるのには十分だった。いや、少々十分すぎた。爆発は洞窟全体を揺らし、天井からはぱらぱらと小石が落ちてくる。さらに、着弾地点付近の壁から、亀裂が少しずつ広がり天井へと延びていった。


「やばっ、崩れる!」


 一行は慌てて洞窟の入り口から離れる。瞬く間に入り口は完全に崩落し、三人は閉じ込められてしまった。ひっくり返って伸びているスロースリザードを見ながら、ジャックは気まずそうに言った。


「あー……とりあえず、モンスター退治、成功?」

「大失敗ですよ! もう少しで押し潰されるところでした!」


 テオドアが声を荒げる。崩落時の衝撃で彼の銀髪は乱れ、メガネも少しずれていた。


「悪かったって! テオが光が有効っていうから……」

「焚火の炎を使えばよかったでしょう!」

「あ、そっか……」

「まあまあ二人とも、いったん落ち着いて!」


 慌ててルーシーは仲裁に入る。取り乱すテオドアを前に、ジャックは申し訳なさそうに持っていたナイフの柄をいじった。


「テオドア、この洞窟は奥に進んでいけば、王都の方へ出られるんだよね? じゃあ、早く出口を探そうよ」

「そうですね、過ぎたことは仕方のないこと。ただし、これからは私の作戦をよく聞くように。あなたたちは冒険慣れしていないのですから」


 やや落ち着きを取り戻したテオドアに、ジャックは再度謝る。


「悪い、役に立とうと焦っちまった……」

「分かりますよ、その気持ちは」


 そう言うとテオドアはメガネを拭いてかけ直し、地図を取り出す。


「洞窟の中の地図はここにあります。古い資料ですし、崩落で中身が変わっていることも考えられます。私がナビゲートしますので、固まって行動しましょう」

「じゃあ、私が先頭行くね」

「ああ、頼む」


◇ ◇ ◇


 幸いにも、先ほどの爆発で崩れた箇所は少なかったようだ。テオドアの指示のもと、三人は入り組んだ洞窟を進む。途中、ジャックは松明の明かりに反射するものを見つけた。『ゴミ漁りスキャヴェンジ』を発動しさらに周囲を調べると、銀貨や壊れた武器などが転がっている。少し小山になっている部分を観察すると、なんと服を着た骸骨だった。


「ひゃあ! ジャ、ジャック、そんなの触るのやめなよ」


 ルーシーがジャックの行為に気づき、驚いて悲鳴を上げる。ジャックはなおも使えそうな物を漁ったが、いくばくかの資金と割れた小瓶が散乱しているだけであった。


「使えそうなものはさすがにないな、錆と劣化がひどい。溶かして原料にすればまだ使い道はあるが、そのためにわざわざ持ってくのもな」

「でも、このまま置いてくのもかわいそうだし、ちょっとだけお墓みたいにしとこうよ」


 このパーティーに僧侶はいない。誰も正しい供養の仕方が分からなかったので、冒険者の遺体を洞窟の壁にもたれかかるように安置するだけに留めた。彼は一人で冒険していたのか、仲間がいたのか、それは分からない。だが、このような暗い所で、助けもなく死んでいった彼の事を、三人は他人事とは思えなかった。


「注意して進みましょう。先はまだまだ長いです」


◇ ◇ ◇


 しばらく歩いていくと、目の前にうっすらと青い光が広がった。壁面から水が流れ、あちこちに小さな川や池ができている。その中に住む小さな虫が青い光を放ち、暗い洞窟の中を幻想的に彩っていた。


「きれい……」


 ルーシーが思わず声をもらす。暗い地底の世界にも、このような美しい景色はあるのだ。王都ルミナリスで門番をしていては、一生出会えなかったであろう光景だった。ルーシーが周りを見渡すと、近くの水場に大きめの岩があった。岩の表面にはなんと、美しい輝きを放つ宝石のようなものがいくつも嵌まっている。


「見て! 宝石だよ!」


 もっと近くで見てみようと近づくルーシー。その背後から、テオドアが声をかけた。


「気をつけて。それは宝石グモです。今は休眠期ですから、手を出さなければ無害でしょう」

「あ、これがそうなんだね。この上の宝石一個一個がそうなの?」

「いえ、その岩……」


 テオドアが言い終わらないうちに、宝石のついた岩がのそりと動き出し、ルーシーは小さく悲鳴をあげた。岩の下から細い足が八本現れ、ルーシーの方に向き直る。多くのきらめく目がついたその顔の下には、鋭いクモの牙が生えていた。


「そのサイズはまだ幼体ですが、糸に注意を!」


 テオドアが警告する。ジャックは助けに入ろうとバックパックの中を探ったが、その前にルーシーは行動を起こした。


「私がこのぐらい倒せないと。『盾の衝撃シールドバッシュ』!」


 盾を構え、宝石グモに向かって突進する。衝撃で押されたクモは、バランスを崩し背中を下にして倒れた。ルーシーが喜んだのもつかの間、今度は一向の後ろからシューという音が次々と聞こえた。


 宝石グモの群れが、洞窟の奥や天井、横穴から次々と現れる。ルーシーが先ほど倒した個体よりもさらに大きく、びっしりと宝石で全身が覆われているものもいた。輝く目をこちらに向け、侵入者を貪ろうとモンスターは四方八方から襲ってきた。


「まずいですね……ああっ!」


 地面の水によるぬめりで足を滑らせたテオドアが、近くの池に落ちてしまった。幸いくるぶしほどまでしかない浅い池だったが、彼の自由を奪うには十分だった。宝石グモたちは水が苦手らしくなかなか池に飛び込んでこないが、安全と判断され襲われるのも時間の問題だろう。


「テオ! 待ってろ、今助けに行く!」


 そう言ってナイフを構えるジャックだったが、迫りくる宝石グモの群れに身動きが取れずにいた。破れかぶれでナイフを振るうが、足は切り落とせても硬い宝石は傷つけることができない。ジャックはバックパックの中を探り、非常用にと取っておいたエンチャント済みのナイフを取り出した。


「奴らは水が苦手です! ジャック、あれを!」

「分かってる!」


 ルーシーの方を横目で見る。特殊スキルとリーチの長い槍のおかげで、ある程度は攻撃をしのげているようだ。ジャックはテオドアを助けることを優先した。


「頼むぜ、当たりの『ハズレ装備』!」


 ジャックはそういうと、魔法で青く光る刀身を宝石グモの群れに向けて振るった。

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