冒険者未満・1
「ちょっと、もうそろそろ休まない? 暗くなってきたし……」
へとへとになったルーシーが提案する。ブレイリーフ村を出てからというもの、一行は今のところ凶暴な魔物に遭遇することもなく順調に冒険を続けていた。しかし、丸一日も歩き続けていれば、屈強な冒険者でも休息を必要とする。ましてや、ジャックやルーシーのような冒険初心者ともなればなおさらだ。ジャックは日が徐々に傾きつつあるのを見ると、テオドアの方を見て聞いた。
「なあテオドア、洞窟まであとどのぐらいだ? ここいらでキャンプを作ったほうがいいかも」
テオドアは地図を取り出し、太陽の位置から自分たちの進んでいる方位を割り出すと、地図上の線を指でなぞりながら答えた。
「正面に岩山が見えるでしょう。あれの下にエコーグロウ洞窟があります。もう少し歩いて、洞窟の入り口でキャンプを設営しましょうか。空模様を見るに、もうすぐ雨が降ってくる可能性がありますので」
「やった、もうちょっとの辛抱だ」
重い鎧を装備したルーシーは他の二人と比べて体力の消耗がやや激しい。とはいえ、武器やアイテムをバックパックにたっぷり詰め込んだジャックも、肩がそろそろ辛くなってきた。あと少しで休息が取れる、と三人は力を振り絞って洞窟へと急いだ。
◇ ◇ ◇
多くの冒険者はキャンプをする際、焚火を設営する。これは、魔物の大半が火を避ける習性があるからだ。さらに焚火の炎は簡単な料理に使えたり、濡れた服を乾かしたりできる。また、はぜる炎を見ながら談笑することにはリラックス効果もあり、何かとストレスがたまりがちな冒険において重要な役割を果たしている。ジャックとルーシーが焚火の設営に苦労していると、荷物を整理していたテオドアが近づいてきた。
「私にお任せを」
そう言って慣れた手つきで火打石を使い、瞬く間に枯れ木に火をともす。
「テオドアさんって、やっぱ冒険慣れてるよね」
尊敬のまなざしで見つめながら、ルーシーが言う。地図読み、ペース配分、キャンプの設営。確かに彼は、冒険者に必要な基礎技術を心得ていた。
「それほどでも。実は私も旅の者で、生まれ故郷を出て研究のためあてどなく旅をしているのです」
「あれ、でも戦闘能力はないんじゃなかったっけ」
ジャックが口を挟むと、テオドアは肩をすくめる。
「その通りです。なので私は、多くの冒険者パーティーに混ぜてもらって、道中の安全を守ってもらいました。まあ最終的にはどのパーティーからも、足手まといとして追放されてしまいましたが」
苦い顔をしながらテオドアが続ける。どうやらこの男、やはりジャックが憧れるような冒険者像とはだいぶかけ離れているようだ。だが、冒険者としては一応の先輩である。ジャックは彼の技術から多くのことを学びたいと思った。
「なあテオ、教えてくれよ。どうやったらそんな早く火を起こせるのか。もしかして魔法が使えるのか?」
「魔法ではございません、簡単な技術ですよ。さあ、こちらでご覧ください」
◇ ◇ ◇
しばらくして、ブレイリーフ村で買ってきた丸パンに軽く火を通して食べながら、三人はそれぞれの能力について話し合っていた。ジャックは目を青く光らせながら語る。
「これが俺の特殊スキル、『
「興味深い。
「いや、
ジャックは魔法が使えない。魔法『
「じゃあ次は私の番だね。私の特殊スキルは一個だけ、『
「いや、十分使えるはずだ。防御から相手の体勢を崩せれば、そのまま攻撃に繋げられる」
「うまく出せるかわかんないけどね。でも頑張ってみるよ」
新調した大盾を軽く叩きながら、ルーシーは決意を見せる。そしてテオドアに向き直り、彼の特殊スキルについて質問した。
「私の特殊スキルは、ジャックと同じく非戦闘用です。『
「え、じゃあちょっと見せて!」
ルーシーがテオドアのカバンを勝手に漁り、中から適当な本を取り出す。彼女が渡したそれを、テオドアはページ数を確かめているかのような速さでぺらぺらとめくり始めた。一ページが開かれている時間はわずか数秒ほど。あっという間に一章を読み終えて見せたテオドアは、驚くルーシーに本を返した。
「すごい! それで、何が書いてあったの?」
「この周辺に生息する、ミニ羊の生態についてです。ほら、道中で何度か見かけた、膝ぐらいの高さの丸々とした羊です」
知識量を披露しルーシーを魅了するテオドアに、ジャックは友達を取られてしまったようで面白くない。少し立ち上がって洞窟の奥の方を覗いてみると、低い唸り声が聞こえた。
「何だ?」
気配を隠し、できるだけ足音を立てないようにして音のする方を覗く。そこには、鱗に覆われた数匹の洞窟トカゲがいた。ジャックも本の中でしか見たことのないその魔物は、ぐっすりと眠っているようだ。全長はおよそ一メートルほど、巨大な体躯をべったりと地面につけ、ときおりその口からは低いくぐもった吐息が漏れ出ている。口の中には鋭い牙が乱雑に生えていた。ジャックは起こさないようにそっとキャンプの方に戻ると、今見た魔物についてテオドアに話した。
「その鱗は緑色でしたか? なら、それは洞窟トカゲの亜種、スロースリザードです。あまり危険な魔物ではないはずですが」
「スロースリザード! 知ってるぞ、確か革はかなり耐久性に優れてて、盾に使えるはずだ」
ここぞとばかりに知識を披露するジャック。
「たまに旧帝国のダンジョンに、スロースリザードの革製のアイテムが落ちてるらしい。とはいえあんまり強くはねえから、冒険者には捨てられちまうんだが……」
「寝ているというのなら脅威はないでしょう。私たちも今日はそろそろ寝て、明日洞窟を探索するとしましょう」
「じゃあ、俺が最初の見張りやっとくぞ」
ルーシーとテオドアは安全な岩の陰で横になり、ジャックは焚火の傍らに座って彼らを眺めた。
◇ ◇ ◇
どのぐらいの時間がたっただろうか。焚火はとっくに消え、ジャックはうつらうつらしながら特に何もすることなく座っていた。もうすぐテオドアに交代してもらおうかと考えていたところ、背後の横穴から低い唸り声が聞こえた。
とっさに意識が現実に引き戻される。ナイフを構え、洞窟の奥を見ると、スロースリザードが三匹、こちらに向かってのそのそと歩いてきていた。群れはジャックに気づくと、口を大きく開けて威嚇した。
「起きろ! スロースリザードだ!」
ジャックは警告を発するため大きな声を出したが、これが間違いだった。威嚇されていると感じたスロースリザードたちは、牙をむきだして一斉にキャンプの方へ向かってきた。
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