ブレイリーフにて・2

 パーティーを結成する際、職業のバランスを考えるのは常識だ。高い攻撃力でパーティーの火力に貢献する戦士や魔導士はもちろん、回復のための僧侶も欠かせない。一方、重装備でパーティーを守る騎士やパラディンも重要だ。吟遊詩人などのバフやデバフを操る職業は、パーティー全体の性能を底上げしてくれる。総じてこれらの強力な職業をバランスよく組み合わせることが、強い冒険者パーティ―を組むために必要なことだ。ジャックはこのことをよく知っていたが、それゆえ現在の状況に苦悩していた。


 ジャックの職業はゴミ漁りである。そもそも戦闘向きでない彼の特技は、がらくたの中から使えるアイテムを見つけること。仮に武器を見つけたとしても、それを使いこなせる保証はない。アイテムでのサポートはともかく、前衛としてはいまいち力不足であった。


 一方ルーシーは、門番としてある程度の重装備も可能だ。そのため戦士のような活躍ができそうなものだが、そう簡単にはいかない。平和な王都ルミナリスで見張りだけをやっていたルーシーにまともな戦闘経験はなく、前衛としては頼りないものとなっていた。また、二人とも魔法適性が一切なく、魔法に頼ることもできない。パーティーメンバーとしては全くのハズレであった。


 そのため、彼らとともに冒険に出かけようとしてくれるものは一向に見つからなかった。冒険者を探している人々からも、さすがに弱すぎる、と願い下げにされる始末。何日か粘ったものの、ついに仲間は見つからなかった。


「なあルーシー、もうこのまま二人だけで行かねえ? 多分これ以上探しても見つからないって」

「駄目だよ、私たちだけじゃさすがに厳しいって。せめて冒険慣れした人が最低一人はいないと……」


 悩みながら二人は村はずれの図書館へと向かった。この周辺の地図を手に入れるためだ。誰と冒険に行くにせよ、地理的情報を把握しないことには王都にたどり着くことはできない。


◇ ◇ ◇


 酒場の喧騒と違って、ブレイリーフ村の図書館は静かだった。カウンターには暇そうな司書が一人、来館者はいないように見える。ジャックは司書に話しかけ、地図の写しを一枚もらった。代金は宿屋でのアルバイトで稼いだお金だ。主人は意外にも、訪れる冒険者が急に多くなったことで気前良くなっていた。


「さてっと、今俺たちがいるのはここか……結構遠くまで来たな」

「ほんと、王都まで歩いていくのはさすがに遠すぎるね」


 若干声を落として話し合いながら、ふとジャックが顔を上げると、奥の方の席に座っている男がこちらを見ているのに気が付いた。多くの本の山に囲まれたその銀髪の男は、メガネの奥から鋭い瞳でこちらを凝視している。


「あー……なんか用っすか?」


 気まずそうにジャックが声をかけると、男は本を置いて大股でこちらに近づいてきた。


「もしかして、あなたたちも冒険者ですか?」

「えっと、冒険に出ようとは、思ってます」


 突然の質問にルーシーはたじろぐ。そんな様子を気にも留めず、メガネの男はにこやかな笑みを見せて言った。


「そうですか。では、パーティーメンバーはもうお決まりで? もしよければ、この私が仲間に加わってあげましょう」


 まさに願ったり叶ったりな状況。ジャックとルーシーは互いに顔を見合わせ、笑顔でうなずいた。


「ぜひ! 私たちもちょうど、仲間を探してたところなんです!」

「そうですか、それは奇遇! 私はテオドアと申します。職業は学者。ちなみに戦闘は不得意ですのでご了承を」


◇ ◇ ◇


「ちょっと待ってください、パーティーメンバーを探しているのでは⁉」

「いや、非戦闘要員はさすがに……」


 図書館を出ても、テオドアと名乗る男はまだついてくる。


「言いたかないけど、俺たちも戦闘はからっきしなんだよ! だからあんたが入っても互いにメリットないってこと!」


 ジャックはどうにかこの熱心な男を振り切ろうとするが、テオドアはあくまで仲間になることにこだわるようだ。


「お願いしますよ! 私は魔物や魔法を研究しているのです。今回の王都の状況は私にとって実に興味深く、ぜひこの目で見てみたいのです!」


 子供のように駄々をこねる成人男性に、ルーシーはさすがにかわいそうになってきた。


「ねえジャック、とりあえず彼を仲間にしてあげない……? 戦闘要員はまたどこかで見つければいいし」

「そうはいってもなあ、守り切れる保証が……」

「私が頑張るから! それに、学者さんだったら私たちに足りない知識でサポートしてもらえるでしょ?」

「それもそうか……」


 とうとう折れたジャックは、テオドアの方に向き直る。


「分かった。お前も一緒に来てくれ。ただし命の保障はできねえからな」

「本当ですか! それはありがたい!」


 興奮のあまりメガネが少しずれてしまっているテオドアは、ジャックの手を握りぶんぶんと握手をする。振り回されるジャックを見てルーシーは笑った。


「あと、もう一人ぐらいメンバーを探すからな」

「あ、それはおそらく無理かと。私、この村にいる全ての人に声を掛けましたが、私を雇ってくれる人はいませんでしたので」


 彼の口から出る悲しいエピソードに、ルーシーはますます彼がかわいそうになる。


「まあまあ、じゃあもうしばらくこの村で待ってみる? 新しい冒険者が来るまで」

「いえ、それはおすすめしません」


 途端にテオドアの雰囲気が変わる。メガネの位置を直すと、先ほどまでとはうってかわって冷静な口調で彼は続けた。


「王都に行くのならば、エコーグロウ洞窟を抜けるのが最短の道です。そして今の時期は、ちょうど洞窟に住む宝石グモの休眠期。ただ、おそらくあと一週間ほどで彼らは繁殖期に入ります。そうなると洞窟の中は宝石グモであふれ、非常に危険な状態になります。繁殖期はおよそ四、五か月続くので、その間に王都の状況は大きく変わってしまうでしょう。そのため、今すぐ行くのが適切かと」


 さすが学者、ジャックとルーシーはその知識量に驚いた。


「でも、私たちには冒険用の装備もなくて……」

「ああ、その程度でしたら、私が支払いましょう」


 この男にはつくづく驚かされるばかりだ、とテオドアがカバンから見せた金貨の量を見ながらジャックは思った。だが、いつまでも彼のペースに乗せられているのもジャックらしくない。


「じゃあ、俺もゴミ漁りとして活躍させてもらうぜ。まずは、村のゴミ捨て場に直行だ!」


◇ ◇ ◇


 数日後、新たに手に入れた装備を持ち、三人はブレイリーフの村の入り口に立っていた。ジャックはゴミ捨て場で手に入れたエンチャント付きナイフの感触を確かめるように手から手へ放り投げている。ルーシーは盾の守備範囲を再確認し、いざという時のためにイメージトレーニングをする。テオドアはというと、トレッキング用兼戦闘用の杖を手で回していいところを見せようとしたが、失敗し取り落とした。気づかれないうちにと杖を拾い上げながら、テオドアが言う。


「さあ、リーフ平原を抜けてエコーグロウ洞窟までは一日もあれば到着です。皆さん、冒険の旅に、いざ出発です!」


 目の前に広がる緑の大自然を前に、ジャックは胸を躍らせた。彼の頭の片隅には、常にダグリックの心配がある。しかし今だけは、彼は純粋に初めての冒険の旅にワクワクしていた。ついに夢見ていた冒険者になれる。そう思いながら、若き冒険者未満は広大な平原へと足を踏みだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る