ブレイリーフにて・1
ジャックが目を覚ますと、そこは森の中だった。
痛む体を起こし、周囲を見渡す。隣にはルーシーが倒れていた。最悪の想像が彼の頭をよぎり、ジャックは慌てて彼女の体を揺する。ゆっくりとルーシーが目を開けると、ジャックの目は潤み喉の奥が熱くなった。
「ジャック……よかった、ここは……?」
「分からねえ、でもどうやら逃げ出せたみたいだ」
改めて自分たちがいる場所を確認する。細い木々が立ち並ぶ森の中は、日の光が程よく差し込んでいた。王都ルミナリスの状況とは無縁な、平和そうな場所だ。少し行ったところで森は途切れている。その先には、素朴な田舎の村が広がっていた。
◇ ◇ ◇
「あんたら、どっから旅してきたんだ? そんなボロボロで……」
ブレイリーフ村の宿屋の主人が、心配そうに声をかける。一晩の宿代を聞き、ジャックはポケットの中の銀貨を探った。しかし残念ながら、そこには何も入っていなかった。どこかで落としてしまったのかもしれない。
「悪いご主人、今は持ち合わせがねえんだが、とりあえず一日だけ泊めてくれねえか? 連れがもう限界っぽくて……」
そう言ってルーシーの方に目を向ける。生気のない目をした彼女は、まだぼーっとしていた。長い金髪は毛先がところどころ焼けており、顔も炭とやけどで汚れている。騎士団の鎧を装備していたため体の方は大丈夫そうだが、それでもおそらくあざだらけだろう。
「分かった。だが支払いの代わりに、皿洗いかなんかで働いてもらうからな」
ここのところ、オルドレア王国は不景気が続いていた。ここの村も例外ではないのだろう。それに、明日どうなるかも分からない情勢だ。それでも泊めてくれる主人の好意に感謝しながら、ジャックはルーシーを連れて二階へ上がった。
◇ ◇ ◇
宿屋のシャワーの冷たい水が、ジャックの頭にかかっていたもやを取り払う。全身の汚れを洗い流しながら、ジャックは次第に自分たちの置かれている状況の実感が湧いてきた。同時に、鉛のような思い感覚が心にのしかかる。思わず言葉がこぼれた。
「ダグ爺……」
部屋に戻ると、先にシャワーを浴びていたルーシーは宿屋が貸してくれた部屋着に着替え、ベッドの端に腰かけていた。ジャックはもう一つのベッドに座ると、ルーシーに話しかける。
「とりあえず、何か食べに行った方がいい。昨晩気を失ってから、俺たち何も食べてないからな」
ルーシーが好きな食べ物の話題で元気づけようとするが、彼女は依然意気消沈したままだ。
「何もできなかった……」
「なあルーシー、お前は……」
「オルドレア城も、ダグリックさんも……守るのが、私の、仕事なのに……」
ルーシーの目から大粒の涙が零れ落ちる。しゃくりあげる彼女をジャックは必死に落ち着かせようとした。
「いいかルーシー、よく聞け! お前は俺を守ってくれた。そのことは、忘れちゃだめだ」
ルーシーの目に少しだけ光が戻る。ジャックはさらに続けた。
「俺だって、今後どうなるかは分からねえ。今王都がどうなってるのかも、ダグ爺が、生きてるのかどうかも……」
いくらかつての冒険者とは言え、あの負傷を抱え魔物と戦うのは厳しいだろう。それでも、ジャックはダグリックがまだどこかで生きているという可能性を捨てたくなかった。
「でも、唯一分かるのは、俺もお前も生きてるってことだ。生きてさえいりゃあどうにでもなる」
ルーシーの顔に生気が戻る。
「そうだね、ありがと、ジャック」
そう言うと、彼女は少し無理やりいつもの調子を取り戻した。
「あーあ、泣いたらちょっとお腹が空いてきちゃった。もうお昼だし、酒場の方見に行ってみよ!」
◇ ◇ ◇
ブレイリーフは旅人が多く訪れる村だ。彼らの情報交換の場である酒場は、王都ルミナリス陥落のニュースでもちきりになっていた。不安そうに話す人々もいれば、興奮気味にまくしたてる荒くれ者たちもいる。ジャックとルーシーは部屋の隅の空いている席を一つ選び座った。
「なあ、今王都ってどうなってる? そもそも何でああなったか知ってるか?」
ジャックが隣のテーブルの冒険者一行と思しき集団に声をかける。その中の吟遊詩人の男が、よく聞いてくれましたとばかり意気揚々と話し始めた。
「あなたたちも冒険者かな? 知らないなら語ってあげましょう、王都ルミナリスを襲った恐ろしーい悲劇のお話を」
頼んでもいないのに竪琴を取り出し、メロディを奏で始める吟遊詩人。彼のパーティーの反応を見るに、いつものことのようだ。
「かつて王都ルミナリスは、オルドレア王国の美しい宝石でした。幾千ものダイヤモンドもその輝きの前には色褪せるでしょう! ああしかし悲しきかな、その光は一晩にして消え去ってしまいました。魔法大臣、マルグリム・ノクス。彼の悪しき野望が、王都を焼き焦がしたのです。そう、ノクス大臣は謀反を起こし、オルドレア城に火と魔物を放ちました。全ては彼が、魔皇帝として世界を支配するため。噂では、多くのお偉方も彼に与したそうです。魔皇帝は王都を滅ぼしたのち、多くの街に刺客を放ち、その実権を掌握しました。魔皇帝の魔の手がこちらへ来るのも時間の問題。勇者たちよ、今こそ立ち上がり、魔皇帝から王都を奪還するのです!」
いつの間にか酒場全体の注目を集めていた吟遊詩人がパフォーマンスを終えると、勇ましい掛け声がそこら中から上がった。
「ちょっと待った、今何日だ?」
「はあ、王国歴九月十六日ですが」
「うそっ、私たち三日も眠ってたの⁉」
予想外の事実に愕然とする二人。そんな彼らを無視して、吟遊詩人は話し続ける。
「そこで、私たちも王都奪還の旅に出ることにしたのです。王国を救う冒険、まさに歴史に残る大冒険! 私たち冒険者にとってこれほどまでに心躍る事はございましょうか!」
「じゃ、じゃあ王都に行くのか? 俺たちも連れてってくれ」
ジャックが質問すると、吟遊詩人の横にいた戦士の男が睨みつけてきた。
「小僧、悪いが俺らは精鋭中の精鋭だ。お前らの職業と特技は?」
「お、俺はゴミ漁りを……」
「私は城の門番を……」
弱々しい回答に冒険者たち一行はどっと笑う。弓を装備した女が、馬鹿にするように言った。
「ゴミ漁りに門番、とんだ雑魚職業じゃない! ていうかあんたらさあ、冒険者でもないんだね。そんな奴らはお断りよ」
「ちょっと! 門番は立派な王国騎士の仕事でしょ!」
ルーシーがいきり立って反論するが、ジャックは自分の職業を弁護できないのが少々悔しい。吟遊詩人の男が小馬鹿にするように言う。
「あなたたちも、自分のパーティーを作ることですね。もっとも、二人だけじゃあ弱すぎますが」
それだ、とジャックは思った。誰もパーティーに入れてくれそうにないのなら、自分たちで作ればいい。仲間になってくれるような人がいるかは分からないが。彼はまだぷんぷんと怒っているルーシーの肩を軽く叩いてなだめると、パーティー結成の案について話した。
「自分たちで? でも、私もジャックも戦えないし……」
「誰か一人ぐらい、戦える人を入れればいい。俺は武器やアイテムでサポートする。それに、ルーシーは王国騎士だからある程度戦えるだろ」
「そうでもないの、実戦経験はあの魔物だけだし。プロの冒険者さんでもいればなあ」
「そこはあとでどうにかしようぜ。まあまずは食事だ。どうも腹が減ってると思ったら、三日間何も食ってねえのか」
「そうだね! すいません、メニューください!」
ジャックとルーシーが三日ぶりの食事をむさぼる中、部屋の奥の方で一人の男がパーティー結成のため様々な冒険者たちに声をかけていた。断られながらも言葉を続けるメガネの男は、部屋の隅にいる同じ境遇の者たちにまだ気づいていなかった。
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