第11話 過酷な環境から逃げて来たみたいだ
6日目
俺は目覚める。
寝袋は貸し出し中だったので、薄汚れた、埃っぽい匂いがするシーツを抱きしめていたようだ。
ナオエさんはまだ熟睡中のようだな……
何時ものスキルチェックとログチェックを行う。
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スキル:『固定』
スキルレベル:2.85
使用可能容量:135/275㎤
SP:99%
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今のところ容量が倍々で増えて行ってくれてる……消費SPも99%のままで超低燃費で助かる。スキルを近いところに出す分には消費と回復が釣り合ってる状態なんだろう。明日にはペットボトルサイズを『固定』出来るようになるんだろうか? 頭打ちにならずにこのまま成長を続けられるといいな……
ログを見ると一人が魔獣にやられてゲームオーバーになっていた。相変わらず座標が遠すぎる。死んだ位置を地図で確認するが……落ちてくるときに見たあの大きな山周辺なんだろうか?
ナオエさんもそちらから逃げて来たのかな……
俺はナオエさんの寝袋の『固定』が解けないくらいの位置で網を片手に魚を捕ってくる。少しやっただけで5匹も取れた。ココって最高の場所だな……水源さえ近ければ定住してもいいんじゃないか?
サバイバルナイフで魚をさばく。魚を海水で洗うと同時に海水で手を洗う。乾くとべたべたするが、血なまぐさいよりははるかにいい。洗った魚を木の串を通して焼く。ちょっとは慣れてきたかな?
焼いている間にスキルの練習をしようとすると、漁師小屋の方で盛大なモノのぶつかる音がする。
ゴンッ!!
「い、いったぁ!! な、なに? なにここ??」
ナオエさんが起きたみたいだな。とりあえず足の方から『固定』を解除していく。
「へ、え? あれ? 小屋?? カタシくんは?? やっぱり夢だった? あれ? 何も起きてない?」
なんか不安になったので小屋の中に入って状況を確かめる。
「大丈夫か?」
「! だ、だいじょうぶ……おはよう……」
「おはよう。魚。食べるか?」
「え? 魚?? 食べる! あ、ちょっとまって寝ぐせ……」
ナオエさんが置いてあったリュックから鏡を取り出して手櫛で髪を整え始める。
……え? 鏡?? そんなの支給品にあったっけ……俺は思わず収納ポーチのリストを見る。無いな……
【女性専用の支給品となります】
なるほど……
「えへへ……熟睡してたよ……」
「良かった。クマもなくなってるね」
「え? ほんとに? クマあった? って、そりゃそうか……寝てなかったから……」
「どれだけ寝て無かったの?」
「うーん。最初から……かな、仮眠しかとってないかも。木の上で眠りこけてずり落ちたのが最後の記憶?」
「……どれだけ過酷だったの……」
「なんかいろいろなものに追い回されてたから……」
なんか不憫に思えたので、とっておきのコーヒーを振舞う事にする。準備をしているとこちらを驚いた表情で見ている。
「どうしたの?」
「こ、コーヒー??」
「え? 支給されなかった??」
「私には……無いな……緑茶ティーパックセットはあるけど……まだ出してない……」
「それはそれでこの世界では貴重品だな、マグカップはある?」
「それはある……全然使ってないけど……」
ナオエさんがリュックからマグカップを出す。四次元収納ポーチに入れないのか? と疑問を持ちつつ魚を焼く間にお湯を沸かす。せっかくなので支給された綺麗な方の水でコーヒーを抽出する。
良い香りだ。5日ぶりだろうか……
「……とても良い香りね……」
「ほんとに。最初のセーフティーゾーンで飲んだ以来だよ」
「あ……そうか、あそこが最後のチャンスだったのか……あ……」
ナオエさんはキョロキョロと周囲を警戒する。
「大丈夫なの? ここ?」
「完全に安全ではないだろうね。なんか小妖魔はあまりこっちこないし、小型の魔獣が出るくらい。プレイヤーは二人くらいご近所さんに見かけたけど接触してない」
「……なるほど。大型魔獣からしたら獲物が少ない地域だったのかもね……大型全然いないし」
「……大型?」
「大型。恐竜みたいの。ほら、なんだっけ、なんたらレックスみたいな?」
「……T-REXか……肉食獣?」
「そうそう。鼻が良いみたいでかなりの距離を追いかけまわされたよ……手が伸びなかったらアウトだったかも……」
「そうか……ほい、どうぞ」
「あ、ありがと貴重なものを……ほんとにいい香りね……あちらの世界だと毎日だったのに……」
「そうだな」
俺はコーヒーの香りを楽しんだ後ゆっくりと飲む。残り30杯分くらいはあるだろうか……何か特別な事があった時に飲むことにするか……
「ありがとうね……寝かせてもらって……」
「疲れすぎてたみたいだな」
「うん。なんか、不動君の事見たら安心しちゃったみいで……はは……」
「それは俺もだからなぁ……凄いスキルででかい鹿を殺すプレイヤーとか、でかいイノシシを解体しているプレイヤーしか見て無いから……」
「……やっぱりそんな感じなんだ、周りは……」
「だねぇ、みんなしっかりサバイバルしてるよね」
「不動君もしっかりしてるじゃない。魚を捕って焼いてるし……」
「ここはたまたま見つけただけだよ」
俺は魚を裏返す。焼き魚とコーヒーは……さすがに合わないと思うが、今はパンとかないからしょうがないよね……
「どこから来たんだ?」
「……んー、なんか森の中央? ここから見ると……あの中央の大きい山の根元当たりかも……」
「……大分距離あるよね?」
「そうね、夢中で逃げてたから……移動し続けてた感じかな」
凄いもんだな……山まで……100kmくらいはありそうだけど……あの『伸びる』を使うと移動が相当楽なのだろうか?
「腕が伸びるのは便利なんだな……」
「……あ、そうだね。すごく便利。木にすぐに登れるから大体の獣は襲ってこれないからね」
「サル系はいなかったのか」
「……え? あ、いなかったな……確かに、どう猛な猿いたらやばかったかも……って、それにしても……そのスキルは便利なのね……」
「へ?」
俺は焼き魚の串を大きな石で『固定』しているのを見る。最近は無意識で『固定』を使っちゃうんだよね……とても便利なスキルだから。
「ああ、『固定』できるんだ。いろいろと。」
「固定……接着剤的な?」
「そうそう」
「それで、妖魔が逆さづりになったり、犬が動けなくなってたのね」
「正解」
「なんか、腕が伸びるよりも便利じゃない?」
ん? 腕だけ? なんか違和感が……何でも伸ばせたら……どこかのマンガの主人公ばりに色々できるから楽なんじゃないだろうか?
「? え? 『伸びる』じゃないの?」
「そうよ?」
「なんでも『伸ばせる』だろ?」
「え?」
俺は四次元収納ポーチからスペアの槍を出して渡す。
「? へ? ポーチから槍が……支給品??」
「いや? ほら、槍に『伸びろー』ってやってみて?」
「う、うん」
槍は突然10メートルほども伸びて砂浜に突き刺さる。なんか伸ばした本人が一番驚いてるな……
「あ、危なかった……これを知ってたら……てっきり……腕だけが伸びるものだと思い込んでたかも……ああ、私、もっと楽にいろいろ出来た……」
ナオエさんがうなだれ始め、指の爪を噛みながらブツブツと何か言いだした。もしかしたら、ここまで腕だけを伸ばして何とか逃げ回ってたどり着いたんだろうか……それはある意味凄いけどね。
ってか、『伸びる』だけだったら自分にかけるのに抵抗は無いか……SP消費とかどうなってるんだろ?
「SP消費って物にかける方が少なくない?」
「え? SP消費ってなに??」
「え?」
どうやらナオエさんはあまりシステム面に詳しく無いようだった。スキルレベルやSPの見方や、ログの見方をレクチャーする。
ログウィンドゥが出るだけで驚き、まるでおばあちゃんのように恐る恐る色々と操作をしていた。今までは疲れてきたらスキルが使えなくなる……くらいの認識だったらしい。
「ありがとう……全然気にしてなかった……本当に逃げるのに精いっぱいで……」
「まぁ、疲れてきたら使えなくなるのが分かったから……こちらも情報もらってありがたいよ」
話をしていると魚が焼けていたので二人で分けて食べる。相変わらず目に涙を浮かべている……確かにおいしいが……過酷すぎる生活を送ると食に感動するのだろうか?
四次元収納ポーチに使い終わった道具をしまい、後片付けをしているとさらに驚いていた。
「もしかして……使い方知らなかった?」
「入れられると思ってなかったの……だって入らないじゃない、大きさが違うし……」
「え、もしかして……飲んだ水のペットボトル……捨てちゃった?」
「……捨てちゃった……使い切りだと思ってたの……リュックに入れるところあるでしょ? ああ、この槍も伸びたまま入れられる……」
それは残念だ……ペットボトルの入れ物はこのサバイバル生活の生命線だと思うんだけど……どこかに瓶とか大量に落ちてないかな……それか入れ物を作れるスキルの人を探すとかか?
「んで、ペットボトルの残りは何本?」
「……2本です……」
「何でそんなに……」
「飲もうとすると襲ってくる人がいて取り落としたり、逃げるときに音がするから置いてったりで……」
「ああ、四次元収納ポーチの使い方知らなかったからか……」
「……そうです……」
「マニュアルに書いてあったじゃん、ナビに聞けばよかったでしょ?」
「え? ナビに質問できたの??」
「……うは……」
マニュアルに書いてあったのに読んでなかったのか……ってかセーフティーゾーンでなにやってたんだろ?
「だ、だって、大変だったんだもん! 皆襲ってくるし! いろいろな獣が襲ってくるし!」
「あ、ごめ……泣かないで……」
「泣いてないっ!!」
なんか怒らせてしまったようだった……初恋の子も別れた彼女もあんまり変わらないな……女性はみんなこうなんだろうか?
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