第六幕二場 カミーラ

 店の奥には別の部屋と遮る黒いカーテンがかけられていた。

 源馬はカーテンを暖簾のように払いあげ「邪魔するよ」と奥の部屋へと入っていった。

 室内は思いのほか広く、一番奥にはカウンターテーブルがあった。

 間接照明の赤い光。

 そこに静かに流れる音楽。

 ラテン系の四拍子のリズム。切ないバンドネオンの音。

「そう、タンゴ、これはアルゼンチンタンゴだ」

 源馬は指を鳴らしながら部屋の中央にすすんだ。

 そこにランプの逆光を受けて、深いスリットの入った真っ赤なドレスに身を包んだ女が、ゆるやかに回りながら現れた。

 軽やかなターンステップに合わせて、源馬は思わず女の手を取り顔を近づけた。

「間違いない、君がカミーラだね」

 問われた女は黒目がちな目で源馬を見つめて頷いた。

「あなたは何しに来たの?」

 日本語のアクセントにスペイン系のニュアンスがあった。

「まずは一杯もらえないか? ちょっと騒いだもんでね」

 カミーラはバーカウンターに入ると、テキーラをショットグラスに注いだ。

「君もどうだ」

 源馬はカミーラにもすすめた。

「えぇ、サルー」

「乾杯」

 二人は盃を一気に飲み干した。

「もう一杯くれ」

「お強いのね」

「舞台以外では、酔えない体質なんだ」

 源馬のキザなセリフを、愁いを帯びた笑みで応えるカミーラ。

 二人の間に流れるラテンの熱波!

「踊ろうか?」 

 源馬が声をかけると二人は手を取り合い見つめ合った。


「いつまで何やってんだ。いい加減にしろ、お前の目的は何だ」

 カーテンを開けて品の無いスーツを来た男(暫定D)と黒服達が入って来た。

 ダンスの誘いを邪魔され源馬は不機嫌になった。

「アンサンブルの出番じゃないぞ。カミーラ、この店のオーナーだった伊丹さんについて聞きたい。彼が殺されたことについて何か知らないか?」

 カミーラの顔が険しくなった。

「ふざけんな、やっぱり魚津崎組の鉄砲玉か!」

 今度は黒服Aが吐き捨てる。

「カミーラ! 君に聞きたいんだ、何があったのか教えて欲しい」

「知らない」

 カミーラは長いまつげの目を伏せて悲しそうな表情になった。

 源馬は彼女の腰に手を回して引き寄せると、片手で顔に掛かった髪を優しく流した。

「イタミの事は知ってるね」

 カミーラは何も言わないが、そのうるんだ目は多くの事を源馬に訴えかけている気がした。

「知らないって言ってるだろう、女から手を放せ」

 カーテンの向こうから声がした。初登場の下品な脇役男Dが顔をのぞかした。

「こいつを追い出せ!」

 店内にいた黒服A、B、Cたちが一斉に源馬に襲い掛かった。

 同じ人物かどうか個人識別の必要はなかった。

 なぜならば、

 まず源馬は、Aの顔面を肘で打つと、そのまま右拳を背の高いBの顎にお見舞いし、すかさず回し蹴りをCの腹部に深く沈めた。肝臓をしっかりとらえたキックに、Cはたまらずしゃがみこんだ。

「イメージ通り! 完璧だ」

 源馬が入って来たカーテンを開けると、そこにナイフを持った男Dが立っていた。

 しかし、

「想定通りすぎる」

 源馬は手刀で軽く男の手を払いのけると、Dが落としたナイフを奪いとそのまま首に突きつけて店の出口に進んだ。

「お前魚崎組のもんじゃないな、どこのもんだ」と男Dが言う。

「桜田門とでも言っておこう」

 源馬が店の出口のドアノブに手をかけたとき、後頭部に固い金属を感じた。

「ジ・エンドだな。お前の正体を言え」

 頭には拳銃が付きたてられていた。不敵な笑みを浮かべる黒服B。

「さっき上手く顎骨に入ってないと思っていたよ」

 源馬は両手を上に挙げる動作の流れで、右手のナイフをサイドスローで放った。ナイフは回転しながら黒服B改め拳銃男のジャケットをかすめ壁に突き刺さった。

「拳銃ズルくない? だったらこっちもあるから使うよ」

 源馬の手にもいつの間にか拳銃が握られていた。警察備品はまだ支給されていないので、こちらは赤城手配の護身用の非合法モノだった。

 ただ、今源馬はれっきとした警察官。正当防衛でも拳銃を撃てば、形式ばった警察組織にあって源馬の刑事人生もただでは済まない。それでも、撃つか、撃たないのか? 

 が、そんなことを源馬は気にしない。

「小道具は出したら使え! 迷ったら撃つ。それが演出だ」

 源馬は天井の電灯に向けて一発、ドアのカギに向けて一発撃つと暗闇の中ドアを突き破って店の表に出た。

 廊下に出た源馬は階段の方へ向かった。

 が、騒ぎを聞いたヤクザ者が駆け上がって来た。

「いました、こっちです」

 すかさず源馬は店の方へ戻ろうとしたが、復活した黒服Cがナイフを持って源馬に迫ってくる。

 前後を挟まれた源馬。「ちょっと多いなぁ」 さすがの源馬も安全な突破口が見つからない。

 その時、

「待って」

 先ほどのラテンの女、カミーラが現れた。

「あの人と話をさせて」

「何言ってんだ、お前は引っ込んでろ」と、復活黒服Aが乱暴にカミーラの髪を引っ張った。

「待て、お前ら! セニョリータに無礼だぞ」

 カミーラに手を差し伸べる源馬。

 お互いが手を握りあった一瞬。何かが源馬に渡された。

 潤んだ目で訴えるカミーラ。頷く源馬。

 そこに今度は黒服Bがナイフを二人の腕に切りつける。

「危ない」

 源馬はすかさずカミーラの手を払いのけてた。ナイフは宙を切った。

 が、カミーラはヤクザたちに連れ去られた。

「カミーラ!」 

 細い廊下で前後を挟まれた源馬は観念した。

 またその時、

「ガチャリーン」

 廊下の行き止まりの窓ガラスが派手に割れると、全身黒ずくめボンデージの人物が現れた。

 言わずと知れた元ファンクラブ会長赤城だ。

「こちらです」

 赤城は発煙筒を廊下に投げ込み付近に煙幕をはった。

 目くらましとなった敵の足元の隙をついた源馬は姿勢を低くし廊下を走り突き当りまで滑り込んだ。

 源馬は赤城を抱え込むと二人で窓から飛び降りた。

 落下する源馬と赤城は、見事にアスファルトの地面を受け身で転がった。

「赤城! 無事か」

「源馬様こそ、ご無事でしたか」

「何、大劇場の奈落に比べれば大した高さじゃないよ。ハハハ」


 入り組んだ川崎裏町を駆け抜ける二人。

「こっちに行きやがったぞ」追っ手の声が聞こえる。

 逃げる二人が狭い通路を走り抜けると、急ブレーキで目の前に車が止まりスライドドアが静かに開いた。言わずと知れた加賀の運転する白のアルファードSP。

「源馬様」

「よく分かったな加賀! お見事」

「源馬様とは一心同体、合図など不要ですわ」

 源馬と赤城が車に飛び込むやいなや、加賀は深くアクセルを踏みこんだ。重量二トンのアルファードは軽やかに飛び出し、夜の川崎裏通りを走り抜けた。

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