第五幕三場 セリフ合わせ

 車で寝落ちしていた安藤刑事と鑑識岡田は、魚崎組組員に挟まれてマンションの部屋へ案内された。

 多少の仮眠効果も吹っ飛ぶほど安藤は不安のどん底にいた。

 一体どういうことなんだ、組長の自宅にいきなり乗り込む暴挙が上手くいくわけがない。きっと今頃源馬さんは捕まっていて、俺たちも落とし前付けられるのではないか? 

 組員からは何の説明もない。

 リビングに通され、源馬がソファーに腰かけて拘束もされてない様子に安堵したが、目の前には警察の写真でしたことない狂暴で有名な魚崎組長がいる。安藤も岡田も異常な緊張感に包まれた。

 そんな追い詰められた二人の心境など全く配慮なく、頃合い良しと見た源馬が口火を切った。

「ところで組長、お話しの続きなんですが、先ほどお宅の組員の鮫島という男が、深沢署に御影組の伊丹殺し容疑者として連行されたことはご存じですね」

 魚崎はサングラスの奥の細い眼で源馬の反応を伺いながら、演出通りソファーにふんぞり返って答えた。

「確かに伺っておりますが……」

 敬語が混じる組長言葉に、すかさず赤城が組長の首を死角からアイスピックを突いて警告した。

「おぉ! そうだ聞いたよ、勝手なことしやがって。でもな、鮫島っていう奴を俺は知らない。組員じゃないぞ、うちの若いもんに任せている末端の店で働いているただのアルバイト位のやつだろ」

「アルバイト! そんな訳がない。捜査本部でも伊丹殺しの主犯だと、言・っ・て・い・た・ぞ」

 源馬が次の言葉を即すように切っ掛けセリフを強調した。

「ひ、ひどい調べもあったもんだなあ。ワハハハ、おめーらも笑え、ワハハハ」

 リビングにいた組員たちのひきつった笑い。彼らも家族がいる、ここで粗相があれば組長に即刻消されることを分かっている。

 幸いな事に緊張する深沢署の安藤には、この不自然な空気を察する余裕はなかった。

 組員の演技に安心した組長は、その様子にさらに体を固くした二人の警察官へ暗記したシナリオ通りの説明を始めた。

「だいいちね、兄弟分の伊丹さんが死んで一番困ってるのは俺たちなんですよ。金の事でもめてましたけど、それぐらいの理由で殺すことはないです。うちと御影組は組員の交流をしていますし、そもそも私は兄弟分ですよ。伊丹さんがいるから渋谷、世田谷を仕切れていたんです。現場の若い連中や、組員でもない半グレ連中が小競り合いしていたみたいですが、うちとしてもどっかで早いうちに手打ちしたかったんですよ。はぁー」

 長い説明を無事切り抜けられた魚崎組長は安堵のため息。

 その演技に満足そうな源馬。

「なるほどね、持ちつ持たれつですしね。二つの組が抗争してそこに警察が入って共倒れするというわけですね。確かに劇場の空いたスケジュールに2・5次元ミュージカルが入ってきてもつまらんですもんね」

「おっしゃる通りですね」

 何故かかみ合う歌劇団出身の源馬警部補と組長魚崎の会話に、ようやく安藤は変な感じがし始めた。

 隣の岡田に小声でささやく。

「何かおかしくないですか? 組長って普段からこんな感じなんですか」

「どっちにせよ、この状況は普通じゃないでしょ、とにかく無事帰りたいだけです」

 岡田は目をつぶってただこの時間が早く過ぎ去ればいいと願っていた。


 次に源馬は何かを考えるそぶりで話し出した。

 「そうか組長の話を総合すると、では鮫島はスポーツジムが一緒だという理由だけで逮捕された。冤罪の可能性が高いということだな、赤城」

「ですね、物証も動機も見つからない中でたとえ送検されたとしても、殺人罪で起訴される可能性は低いと源馬様は見てらっしゃるということですね?」

 いつの間にか元ファンクラブ会長赤城も、いっぱしの刑事訴訟法マスターになっていた。

「世間が注目している時期にとりあえず対立する暴力団を逮捕して、街の治安を守る警察の手柄をアピールするやつだな」

 源馬は考えを整理した。

「その後、裁判が長引いても世間の興味は薄れている。判決がどうであろうと警察には関係ない、世間を煙に巻こうというパターンだ。十九世紀の革命政府とかに似ているな」

 源馬がそうまとめると、魚崎組長もうなづいた。

「はい、我々もそれで良く嵌められます。一般市民の関心をとりあえずかわしておいて、結局はうやむやにしようという手口なんですよ。ベルサイユのばらのマリー・アントワネットだって見せしめの犠牲者ですよね」

「さすが良くご存じだ」

 源馬と魚崎が和やかな表情となる。

(んっ、何の話してる?)

 安藤は怪しむ表情を見せた。その様子に気づいた赤城が、「ゴホッ」と咳払いをした。

 慌てた源馬は立ち上がると、いきなりリビングテーブルの上に足を置いた。

「よぉーおめーら都合のいい理屈ばっかり並べてんじゃねえよ。だったら真犯人は誰なのか今すぐ連れてきな」

 態度の変わった源馬に怯む組長及び一同。

「いえ、急にそんなこと言われましても……」

 安藤の死角で再び赤城のアイスピックが組長の首を狙う。

「それを捕まえるのが税金泥棒のおめーら警察の仕事だろうが、あーっ」

「うーん、いいね、それで、それで! この辺り君たちも良く聞いててね」

 源馬は立ち上がって安藤の方を見てウィンクした。次にリビングを歩きながら魚崎組長の話を促した。

「確か、伊丹には熱を上げている女がいたっちゅう話を聞いたことがあ・る・なぁ」

 組長のきっかけセリフを受け無名組員Aが続く、

「そっそうですよ。伊丹は川崎にも店を持っていて、観光ビザで来た外国人の女を大勢かこっていやした」

 組員Aが目線を送ると、額から汗を垂らした太った組員Bが高い声で続く。

「確か店の名前はエキゾチカ。女はカミーラという名前だ・っ・た・な・ぁ」

 安藤はこの不自然なやり取りをキョトンと見守る。

「なるほどねぇ」源馬が安藤のすぐ横に立った。

「つまり川崎にいるカミーラが何らかの真実を知っているということですね」

「しまった。カミーラの事までしゃべってしまった」

  組員Aが慌てる芝居をした。

「あぁ、何という何という不始末」

「すいません」

「あやまっても取り返しがつかないぞ」

 組長と組員の完全な割りセリフの棒読みに、さすがの安藤も気づいた。

「ちょっと、お前らのやり取りなんか怪しいぞ! 警察を罠にでもはめようとしてるんじゃないのか」

 思ったより低姿勢の組員たちに安藤は強気で言った。

「調子乗るな、おめぇはおとなしくしてろ」

「セリフ通りだろうが文句あんのかてめぇ、ぶっ殺されたいか」

 突如生き生きとして組員A、Bが安藤の胸元につかみかかる。

「何か急に態度変わった、あとセリフ通りって、この辺でそんな場所知ってますか?」

 怯えた安藤が隣を見るが、岡田は頭を振るばかりだった。

 源馬が慌てて収拾に入った。

「安藤君も何言ってんの、落ち着きなさい。人生のかかったヤクザが嘘を言うわけないじゃないですか、ここは素直に胡桃ちゃんパパの言うこと信じましょうよ」

「なんだ、胡桃ちゃんって」

 安藤が疑問を挟むが、魚崎組長が睨んだ。

「刑事さんよ、知らなくていいこともあるんだよ」

 ここだけは組長も人殺しの目になっていた。


「収穫たっぷりありましたし、もういいじゃないですか安藤巡査、さぁさぁ」

 源馬は用済みとばかり、安藤と岡田を玄関側に押し出した。

「ではお邪魔しました。早速我々は今から川崎のカミーラのもとに向かいます」

 そういうと、源馬と赤城は組員たちに深い礼で送られて部屋を出た。

 終始無言の岡田と納得いかない様子の安藤だったが凶悪な組員にらまれながら部屋を後にした。 

 エレベーターまで源馬を送りに来た組長が笑顔で手を振る。

「店の名前はエキゾチカ、女の名前がカミーラなのでお間違えなく」

 親切に確認までしてくれた。満足そうな源馬。

「まさか本当に、川崎の店に乗り込むつもりじゃ」

 安藤は怯えた顔で聞いた。

「私にはもたもたしている時間などない」

「警部補! 他県です。せめて神奈川県警に一報入れないと、流石にマズイですよ」

 警視庁と神奈川県警の関係破綻を懸念する安藤をよそに、

「意表を突くからいいんじゃないか、敵を欺くにはまず味方から、壁に耳あり少女はメアリーっていうよね」

 不敵な笑みを浮かべる源馬だった。

 魚崎組長マンション前で大勢の組員から本格的なヤクザ礼で見送られて源馬のアルファードは発車した。

 「メアリーって何のこと」

 何がなんだか分からない安藤と岡田は途中三軒茶屋の路上で下ろされた。

「ご苦労だったね。二人ともさっき魚崎組で聞いたことはちゃんと捜査本部に報告するように」

 安藤はいまいち納得できてない様子で源馬を見上げた。

「何か供述が不自然なんですよ。ヤクザのいう事を裏付けもなくそのまま信用してはまずいと思うんですが」

「余計な心配はご無用だよ。あとそっちの安藤くん明日警視庁への出頭を命ずる。必ず来るように、以上」 強い語調で一方的に源馬はいった。

「あのぉ、私にもやりかけの仕事が山ほどあるんですが」安藤が困ったように問う。

「君の上司には私からよく言っておく。明日、捜査資料持参で、必ずね。よろしく」

 源馬は赤城にアルファードのドアを閉めるよう指示した。

「あと、君たち個人には何も負わせない、責任は私一人が負う」

 それが看板俳優として劇場を背負ってきた源馬の矜持だった。

 絶対服従のキャリア指示を残すと、加賀の運転するアルファードは一路川崎へ向かった。

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