第五幕二場 組長の秘密
源馬と赤城はマンションのリビングに通された。
「先ほどは大変失礼いたしました」
組長魚崎を始め屈強な男達がカーペットに頭が埋まるくらいのレベルS級平身低頭土下座で二人に謝罪していた。
「せっかく戦う準備してきたのに、いきなり何でこうなるんですか」
傍若無人なひと暴れを期待していた源馬は肩透かしを食らった。
「すいません、私が早く気付くべきでした。ガヤガヤしはじめたので、慌てて監視カメラを見て死ぬほど驚きました。申し訳ございません。うちの若い衆が大変失礼なことをいたしました」
「まだまだ、肩慣らしにもなってませんよ。頭を上げてください」
源馬は不服そうに言った。
「まさか、本当に源馬様がウチみたいな組にお越しいただけるとは思ってもみませんでした」
組長は恐縮しきりだった。
「源馬様、こちらをちょっと見てください」
革のソファーに座る全身黒タイトジャージの赤城が源馬の袖を引っ張った。
いわれた方を源馬が見ると、リビングの本棚には乙女塚歌劇団の機関紙『乙女クラブ』のバックナンバーがずらりと並んでいた。大型のテレビには、BSでの乙女塚舞台中継が放送中。そして壁のあちらこちらにはラインダンスで群舞する歌劇団員の拡大スチールが額で飾られている。
「これは一体、乙女塚、しかも我が華組公演では……」
事態が良くつかめない源馬。
「これって、華組研究科二年の葵胡桃さんですね」
赤城は壁に飾られた写真のセンターに大きく映つる歌劇団員の姿に気づいたようにいった。「どういう訳か、聞かせていただけますよね、組長さん」
源馬は土下座姿勢の魚崎に問いただした。
問われた魚崎組長は、両手を顔の前に結び祈るような表情を浮かべながら語り始めた。
「はい、恥ずかしながら私の娘なんです。もちろん、とっくに妻とは別れて籍はぬいています。そうです……私のような反社な親族がいては娘の夢への妨げになります。音楽学校に入ってからは直接会ってもいません。私は修羅の世界にどっぷりつかって来た無教養で乱暴でクズで鬼畜のような男ですが、娘の舞台を遠くから見守ることに生きがいを感じておる次第です」
そう語る魚崎の頬は涙で濡れていた。
「そうでしたか、葵ちゃんのお父様でしたか」
源馬は持ち前のおおらかな笑顔に戻った。
「トップスター源馬様の後ろで揺れているだけの、まだまだ駆け出しの娘なんですが、舞台を見るたびに私は自分が生まれてきた意味を分かったような、全ての罪が許されて神の前で真っ白な心に帰れるような……そんな気持ちが芽生え始めたんです」
元ファンクラブ幹部の赤城は「ウンウン」と頷いて深い同種の理解を示している。
「こんな気持ち初めてです。もちろん極道と歌劇の両立など許されないことは分かっております。どうか私を罰してください源馬様。おめえたちも懺悔しなさい」
先ほど源馬や赤城と戦った組員たちも、組長の告白と懺悔に狼狽しながらも両手を合わせて祈り始めた。
「源馬様には娘の初舞台からお世話になっていながら、このような仕打ちをして申し訳ございません。即刻こちらの連中は責任を取らせて八つ裂きにした上、ウナギの養殖場にばらまきます」
組長は急に冷酷な目で若い衆をにらみつけた。
「娘さん、いいダンサーになりますよ。私が保障します。だからウナギのエサはやめてください。伊豆栄のうな重が食べられなくなります。アハハ、その代わり少しだけご協力お願いします」
「勿体ないお言葉、おめーらの命の恩人様だよ、どれだけひれ伏しても足りねーぞ」
魚崎は源馬に向かって祈りながら滂沱の涙を流した。
「はっ、はーありがとうございます、なんなりとお申し付け下さい」
広いマンションのリビングは、二条城大政奉還の絵図のようにひれ伏すヤクザ達で埋まった。
そのヤクザ達を前に源馬はゆっくりと話を切り出した。
「この後、部下の一般警察官二人を証人としてここに上げます。暴力団事務所に乗り込んだのに、こんな状態だと逆に怪しまれますので、もうちょっとスタイルをデフォルトに戻していただけないかと思います」
「デフォルトとは、どのような感じにさせていただいたらよろしいでしょうか?」
源馬の提案に魚崎組長は戸惑った。
「敬語でしゃべるヤクザはNGです、なのでなるべく元のヤンチャな感じを出しながらも、『警察には協力するぜ』的ヤクザでお願いします」
「難しいですね」
「舞台人の父としてそれくらいできないと劇場に出入り禁止にしますよ」
源馬は目を細くして冷たく魚崎に言った。
「はっ、それは命にも代えて演じ上げます。おめーらも分かったな」
「へい」一同の太い声が上がった。
源馬は部屋を見まわすと「まずは、この部屋の乙女チックな数々のグッズをヤクザグッズとの変更をお願いします」と片付けを指示した。
「皆の者、取り掛かれ。丁寧にしろよ」
一斉に部屋にあった胡桃ちゃんの写真のすべてが取り外された。
「では組長、本番前に段取りの確認しましょうか」
赤城は組長と何かの打合せをし始めた。
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