第二幕二場 合同会議は踊る!
源馬はあごに手を添えてボードに張られた真ん中の写真を指差していた。
「この事件の被害者は御影組の伊丹っていう人になってますね。この御影組の特徴は何ですか?」
写真の伊丹はオールバックで顔に傷のある色黒でいかにもヤクザという感じの男だった。
「御影組ってのはな、広域暴力団の一つだ。昔から抗争で問題を起こす武闘派の筆頭だよ」
「舞踏派トップね。なるほど肩の肉付きも良いわけだ」
伊丹の半身写真に写るスーツの着こなしから感じ取った。でも服部は「わかりもしないのに」とバカにしたような顔のまま話を続けた。
「その中でも伊丹は若頭、若頭っていうのは実質のトップだ。素人は組長がトップだと思ってんだろうけど、実際は組長が表に出ることはないぞ」とさらに得意げに付け加えた。
それを聞いた源馬はホワイトボードから勢いよく振り返り、服部に声を荒げて怒り出した。
「あなた今、乙女塚出身者を馬鹿にしたでしょう。そういう偏見を打破するために私は世に出たんです」
突然の変容に服部は怯んだ。「そんな……偏見というより、歌劇団のことを俺たちは全く何も知らないし興味もない。でなんで怒った?」
「ふん、組長が前面に出ない事くらい私はあなた達以上に知っていますよ。組長はドーンと構えて組織をまとめる重鎮、実績よりも人柄です」
「確かにそうだ……」
的確な回答に服部は虚を突かれた。
「トップは組長の守りがあってこそセンターに立っていられるんです」
源馬の話に頷く刑事もいた。話を聞いていた岡本課長も「おやっ?」という表情になった。
会議室を見回すと源馬はさらに続けた。
「私のいた華組組長の蛍池さんもいつも老け役ばかりでしたが、組全体を見守ってくれていましたよ」
「いや、その例えはよくわからないが」
横で見守っていた岡本課長は思わずつぶやいた。
「興奮して失敬。ところで、亡くなられたこの組のトップさんの代表作は何ですか?」
落ち着きを取り戻した源馬は何気なく服部に聞いた。
「代表作? そんな言い方するかなぁ」服部は困った。「まあ前科、前歴で言うと若頭の伊丹は覚せい剤の捌きから、外国人の不法就労と闇売春組織を牛耳ってる極悪な男だ。でもなかなか尻尾を出さない知能犯の一面もある。それで我々もイライラしていたところで、今朝の事件だ」
「それでこの若頭さんの命を狙っているやつらも多かったってことか……」 源馬は何か考える風。
「ところでこの組の娘役トップはどんな方ですか?」
この質問に現場のベテラン服部もさすがにギョッとした。
「お前分かっているようで、大きな勘違いしてんじゃないか? 娘役トップっていうのは意味が良くわからん、女房か? 愛人か?」
「分からないですかね。じゃあ質問を変えます。ではこの組でトップの伊丹を支える二番手はどんな人ですか?」
今度の質問は服部にも腑に落ちたようで、組対の刑事連中と相談しながら答えをまとめた。
「二番手か、そうだな二番手と目されているのは、若頭補佐の二人、鳴尾と出屋敷だなぁ」
「なるほど、圧倒的にキャラ立ちしたトップに、ダブル二番手。それを聞くだけでもこの組の層の厚さがわかりますよ」と源馬は親指を上げてグーサインを出した。
「うーむ、なぜか全体像は合ってる」そこは岡本課長も認めざる得ない。
組対刑事の一人が組員の顔写真をホワイトボードに貼り付け、名前を書いた。鳴尾は細い顔に神経質そうな細い目、出屋敷は日焼けした丸顔に短髪で目つきは精悍。その写真をしばらくじっと見つめた後源馬は深く頷いた。
「この面構えを見ると、こっちの鳴尾が知的な分野が得意な演技専科で、出屋敷が派手に暴れるタイプのダンス専科だな」
「やっぱり根本的になんかおかしいぞ」服部は源馬の話しを遮った。「鳴尾は詐欺組織を持っていて御影組の集金装置とも呼ばれているが尻尾を見せない。出屋敷の方は用心棒上がりの武闘派だ」
「はいはい、意味は分かってますよ。二番手の個性も強烈ですね。そうすると三番手以下も粒ぞろいでしょう。この御影組が盤石なのはわかりますね」
確かにその通りなので服部も何も言えなない。
「そこでライバルと目されるのがこの組というわけですね」
次に源馬は御影組の横に書かれている別の組の組織図を指差した。
「そうだ、魚崎組だ。この組は御影組から三年前にのれん分けして誕生した。まぁ一応は円満に魚崎が組を立ち上げた事になっているが、最初だけだな大人しくしてたのは」
「はいはい、よく分かりますその関係。魚崎組は新興で勢いのあるってことですね。それで母体の御影組との今の関係は実際どうだったんですか?」
分かっていますよとばかりに源馬はさらに問いかけた。
「まぁ御影と魚崎は表向きは兄弟分ということにはなっているが、魚崎組は振り込め詐欺やらネット犯罪やら『新手のしのぎ』で急成長し始めた。最初こそ御影縄張りには手を出さなかったんだが、そのうち風俗や飲食のフロント企業やらで渋谷に進出して、すぐに御影の鳴尾と衝突。店の女の引き抜きや営業の嫌がらせなど掟破りの手の広げ方で今まで何度も小競り合いが起こっている」
「なるほど、なるほど、うちで言う『空組』的存在かぁ。空と華もファン間で一時被りが話題になってたというしな……」
源馬は独り納得していた。
「警部補は何の話しをしてるんですか? 空組なんて暴力団ありましたっけ」
組対課の刑事達が確認し始めた。
一触即発状態を脱して、何とか源馬を中心に話が動き始めている様子を見て岡本課長も安心した。
「まぁ、とにかく源馬くんは型破りだが根は真面目で真摯な人柄だから、君たちもいちいち気にしないように仲良く頼むよ」
「お取り込み中失礼します」
会議室の源馬がさっき蹴って壊れたドアの隙間から、お馴染み広報部の逆瀬川薫子が顔を覗かせていた。
「源馬様、総監がお呼びですわ! お客様からどら焼きを頂いたのでお茶に来ないかとのお誘いですよ」
「いや、こっちはそれどころじゃないよ」
空気を読まない薫子のムラ体質に源馬も困った。
「薫子さんのお父様がお呼びですか? それは大変だ源馬さん早速行って来なさい」
やっとしゃべったと思ったらこんなお追従しか言わない小役人な石橋係長。荒くれで鳴らした服部係長までが源馬に目線で「行け」と露骨に指示する。
今更ながら警視総監の偉さを源馬は感じたが、今はそれどころじゃない。
「刑事が一回現場に入ったからには、ガキじゃあるまいしどら焼きごときで戦線離脱するわけにはいきませんよ」 毅然と薫子に告げた。
それを聞いて岡本課長も「ほぉ、さすが尚武の血ですな」と感心した。
「ちなみにどちらのどら焼き?」
念の為源馬は薫子に聞いた。
「そこ聞くのか!」刑事達がほうぼうから突っ込む声が聞こえた。
「茶化さないで欲しい! 私は今大事な話をしている」
会議室は静まった。源馬は短い間にすでに大物感を身に付け始めていた。
「どら焼きは、もちろん上野うさぎやでございますわ」イタズラな笑みで逆瀬川薫子が答えた。
「……それならやむを得ません。すぐ伺います。出来たてをいただかないと老舗に失礼だ」
源馬は薫子と共に会議室の出口へ急いだ。
「結局行くのかよ!」
合同会議に出席していた組対と一課の刑事達からまた一斉に突っ込みが出たが、その声が聞こえたのかどうか、出口の手前で源馬は立ち止まり振り返った。
「この事件まだまだ気になることがあります。この後捜査本部のある所轄警察署へ顔出しますので邪魔しないでください。よろしく」右手で軽く敬礼した。
「おい、てめぇ勝手な事すんなよ」服部は元の組対の荒くれ係長に戻って答えた。
「三才から昨日まで芸事の世界に縛られてきたんだから、これくらいのわがままは見逃してください。では諸君アデュー」
源馬は颯爽と捜査会議室を後にした。
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