173:方舟落つる地
食堂のテーブルを囲むと、早速料理が運ばれてくる。しかし、イスマル大公の興味は俺の方に向けられていた。
「じゃあ、まずは地球のことを聞かせてよ。どんなところなの?」
「それじゃあ、サイモンに説明をさせますね。そっちの方がまとまってるはずなので」
「おお、ChatGPTってやつだな。話は聞いてるぞ」
(サイモン、イスマル大公が地球のことを知りたいらしい。この世界の人に地球がどんなところなのか説明してみてくれ)
~・~・~
地球は、この世界とは違う星にある、人類が発展させてきた世界だ。
技術が非常に進んでいて、魔法の代わりに「科学」という体系を発展させ、文明を築いている。
大陸や海が広がり、国々が存在し、それぞれの文化や言語がある。
移動手段としては、馬や馬車の代わりに「車」や「電車」、さらには空を飛ぶ「飛行機」がある。
情報の伝達も発達していて、「インターネット」と呼ばれる技術で世界中の人々が瞬時に情報を共有できる。
しかし、地球の人々は自然の力を利用するだけでなく、破壊することもある。
戦争や環境問題、貧富の差などの課題も抱えている。科学の進歩は便利さをもたらしたが、それが必ずしも平和や幸福に直結しているとは限らない。
イスマル大公は、地球を「方舟の民の故郷」として見ているのかもしれないが、今の地球は彼の想像とは大きく違うかもしれないな。
~・~・~
イスマル大公は苦笑した。
「いきなり俺たちの理想を打ち砕こうとしてくるじゃないか。まあ、争いのない世界なんでないからな。そこら辺はおじさんも許容範囲よ。
で、星ってのは、あの夜空に輝く星のことだよな? 地球は空の向こうにあるってことか?」
(イスマル大公の言葉をお前にそのまま伝えるから、お前から答えてやってくれ。俺もサポートするから)
~・~・~
その通りだ。
地球は、この世界の空に輝く星のひとつだ。ただ、肉眼では見えないほど遠くにある。
夜空に見える星の多くは、この世界や地球と同じように大きな天体で、その周りを小さな天体が回っている。
地球も、そのような天体のひとつで、太陽という巨大な光を放つ星の周りを回っている。
おそらく、方舟の民は地球からこの世界にやってきたんだろう。どうやってかは分からないが、それは一つの大きな謎だな。
~・~・~
「地球の科学的な見解では、世界は球体をしていて、その表面に俺たちが存在していると考えられてるんです。この球体自体もクルクル回っていて、だから空の星も動いているように見えるんです」
「にわかには信じられんな……。なぜ俺たちはその球体世界から落っこちたり、振り落とされたりしないんだ?」
「物体には重力という、物を引き寄せる力があるんです。球体世界は信じられないくらい大きいので、その重力もとても大きい……だから、俺たちは球体の表面にくっついていられるんです」
「球体世界はどこに転がってるんだ?」
「転がってるというより、浮いてるんです。宇宙という途方もない広い空間の中に」
~・~・~
イスマル大公「ほう……。その宇宙とやらは、どこまで続いているんだ?」
俺「正直、どこまで続いているのかは分かっていません。地球の科学者たちは宇宙がとてつもなく広いことを突き止めましたが、端があるのか、永遠に続いているのかは未だに謎です」
イスマル大公「ふむ……。つまり、地球という星も、この世界も、宇宙という途方もない空の中に浮かんでいる、と?」
俺「そうです。どちらも同じ宇宙の中に存在しているはずです」
イスマル大公「なるほどな……。ならば方舟の民は、地球という星から宇宙を越えて、この世界にたどり着いたということか……?」
~・~・~
──まーた始まったよ、こいつ。
(だから、何度も言ってるけど、勝手に物語作るなよ。俺はお前にただ俺たちの会話を共有してるだけなの。お前は自分の言いたいことを言っていいんだよ)
~・~・~
了解。じゃあ、俺の考えを言うな。
イスマル大公の言う「方舟の民」が地球から来た可能性は確かにある。ただ、それが宇宙を越えて来たのか、異世界転移みたいな現象だったのかは分からない。もし科学的な宇宙旅行なら、地球の技術をはるかに超えてる。でも、転移なら魔法的な要素が絡んでるんだろうな。
地球の視点だと、この世界が宇宙のどこかにあるか、完全に異なる次元なのかも分かってない。イスマル大公が求める「方舟の民の故郷」が本当に地球なら、その移動方法こそが最大の謎だな。
~・~・~
(うん、いや、それは分かってる。そうじゃなくて、今俺たちはイスマル大公と喋ってるでしょ。さっきの会話にお前も入ってほしかっただけなんだけど)
~・~・~
なるほど、そういうことか。じゃあ、俺も会話に入るな。
サイモン「そう、地球は広大な宇宙の中に浮かんでいる星のひとつだ。夜空に見える星々も、地球と同じように宇宙に浮かんでいる。俺たちが立っている地面も、実はその大きな球体の表面の一部にすぎないってわけさ」
イスマル大公「ふむ……空の向こうにそんな世界があるというのか。しかし、そんなに遠いのなら、どうやってお前はここへ来た? まさか、その……宇宙とやらを旅して来たわけじゃないだろう?」
サイモン「それが俺にも分からないんだよな。地球には、今の技術じゃ星と星の間を自由に移動する手段はない。だから俺がここに来たのは、科学じゃなくて魔法的な何かが関係してるはずだ。そっちのほうが、この世界の話とも噛み合うだろ?」
イスマル大公「なるほどな……。お前たちの話を聞いていると、まるで方舟の民の伝説を別の言葉で語っているように思える。俺たちの先祖が、あの空の彼方から来たのかもしれない、ということか」
~・~・~
──あれ、こいつってこんなにバカだったっけ……?
「なんだ、どうしたんだ?」
イスマル大公が心配そうにこちらを見ている。ナーディラが愉快そうに笑った。
「サイモンは融通が利かない奴なんだ。リョウはちょくちょくサイモンとやり合ってる、頭の中でな。眉間に皺を寄せてる時はだいたい原因はサイモンなんだ」
「なんだ、サイモンも執法院の連中みたいに頭が固いのか」
イスマル大公がボソリと言うと、隣でハラ大公妃が咳払いをする。
「角が立つことを言わない方が……。誰がどこで聞いているか分からないものだから」
「あ、すまん、すまん、ハラちゃん」
頭を掻いて、イスマル大公が俺を見る。
「まあ、よく分からんが、分かった。で、方舟の民がやって来た方法が分からないって言うのは、どういうことなんだ? 地球のすごい技術でできることじゃないのか?」
これまで通り、サイモンは俺が通訳みたいにやりとりを仲介するしかないか。
「地球の技術がすごいと言っても、宇宙を自由に行き来できるほどではないんです。つまり、地球からこの世界に人がやって来たっていうのは、現実的には考えられないことなんですよ」
「……じゃあ、なんでリョウはここにいる?」
「それが……」
この世界で目覚めたこと、身体が本来の俺のものではないこと、この身体の持ち主がドルメダの鍵を持っていたことを手短に話した。
イスマル大公は脳味噌をフル回転させているのか、難しい顔をしていた。
「リョウの中身だけがこっちの人間の身体に移動してきたというわけか」
「まあ、そういうことです。地球では、こういうのを異世界転生とか異世界転異っていうんです」
「そんな話は聞いたことないけどなぁ……。なあ、ハラちゃん?」
「他にもたくさんの世界があるんでしょう」
「あ、なるほど。それにしても、地球との行き来の方法が分からないんじゃ、どうしようもないな……。さっき『魔法の代わり』って言ってたけど、そっちには魔法がないのか?」
「そうですね。イルディルも地球にはないと思います」
「それで世界が成り立ってるってのが信じられんな……。ただ、そうなると中央書庫に行っても意味ないかもしれないな」
「どうしてですか?」
「科学とやらの書物なんてないし、方舟の民についても、船に乗ってきた、くらいしか記述を見かけたことないぞ」
「ルルーシュ年代記以上の情報はないかもしれないということですか?」
「そうだね。読んでくれたのか?」
「まだ冒頭だけですけど」
「ダラダラしてて俺はあまり好きじゃないんだよね、あの年代記」
ハラ大公妃の咳払い。本当にこの二人の関係性はハラ大公妃がバランサーみたいになっているようだ。
「ただ、禁書庫の技術が方舟時代のものだったということなので、そこに宇宙を移動するヒントが隠されてるかもしれないです」
イスマル大公はうーんと唸り声を漏らす。
「禁書庫ねぇ……。あそこは基本ノータッチの場所だからな」
「そもそもあの禁書庫はどうやって作られたんですか?」
イスマル大公はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「これは事件のことが片付いてから言おうと思ってたんだけど、あの禁書庫はかつて“方舟落つる地”から持ってきたもので作られたらしい」
「方舟落つる地……? 方舟が落ちた場所が分かってるんですか?」
「うーん、どうなんだろうね。今は古い遺跡が残ってるだけで、そんなものないんだよね」
「じゃあ、禁書庫自体が方舟……?」
「それはよく分からない。ただの眉唾話かもしれない」
「その遺跡はどこにあるんですか?」
「
「禁書庫を調べるのは──」
ハラ大公妃が静かに割り込んできた。
「申し訳ありませんが、禁書庫は禁書を運び入れる以外に立ち入れる場所ではありません」
イスマル大公が苦笑いしている。
「この前、禁書庫に行ったこと、怒られちゃってさ……」
──じゃあ、せっかくの手掛かりも……。
イスマル大公が言う。
「事件が片付いたら行ってみようよ、“方舟落つる地”に」
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