174:最後の論客
ルルーシュ暦第16紀672年1月10日。
ジャザラの公務復帰の日だ。
パスティア・アグネジェ劇場には
「この狭い街にこんなに人がいたのかよ」
劇場の客間の窓から外を眺めるナーディラが呟いた。俺たちは特別招待枠を確保してもらって、劇場内に入ることができた。
俺たちはみんな中世貴族みたいな正装に身を包んでいる。深紅のドレスをティフェレトにあてがわれたナーディラは気が進まなそうだったが、俺が似合っていると言うと、早く外に出ようとはしゃぎ出した。チョロい奴だ。
「ははは、もともと『
白い制服のイマンがやって来る。
「ジャザラさんはもう大丈夫なんですか?」
「ああ。精霊駆動治療法による体内のバランス調整が思いのほかうまくいったのか、むしろ以前よりも体調がいいと本人は言っていた」
「新しい健康法として
ナーディラの目の付け所にイマンは笑う。
「面白いことを言うね。だけど、僕はこれで儲けようとは思っていない。だいいち、この治療法はまだ確立しきれていないし、アメナの助力がなければなせないことだ」
自分の名前を聞きつけてアメナがやって来た。彼女がティフェレトにあてがわれたのは紫色のドレスだ。燃えるような髪とマッチしたカラーコーディネートで存在感バッチリだ。
「ふふん、アメナの力の真価はどうじゃ」
胸を張るアメナにナーディラは悪戯な笑いを飛ばす。
「じゃあ、お前はここに住め。私らはリョウと旅を続ける」
「お前がリョウを独占するなど断じて許されんことじゃ!」
「やかましい! あっち行け!」
また喧嘩を始める二人。ふとヌーラと見ると、ジャザラの治療チームのみんなと談笑している。
──彼女は居場所を見つけたのかもしれない。
ムエラ・ココナという隔絶された街で生まれ育った彼女は世界を憂い、救う手立てを探している。ここならば、彼女の道を見つけられるかもしれない。
そう思うと、なにか切ない思いがした。
客間の入口近くでは、黒い制服のレイスが仲間たちと難し顔をして会話をしていた。それが終わるのを見計らって彼に近づいた。
「やっぱり、難しそうですか……?」
レイスにはタマラの動機を探るために執法院の人間と連携を取ってもらっていた。俺たちも手伝うと申し出たのだが、パスティアの人間として最後くらいは任せてくれ、と言われてしまった。
レイスによれば、パスティア法の改訂前後でタマラの利益に繋がるような法の項目は未だに見つかっていない様子だった。
「うむ。無関係の条文の排除は終わり、精査を続けているが、進捗は芳しくない」
(サイモン、タマラの動機を調べているチームは、まだ手がかりを見つけられていないようだ。実は、もう今日このあと何時間かすれば執法判断の時がやって来るんだ……)
~・~・~
そうか……時間がないな。タマラの動機がまだはっきりしないのは気になるが、今ある情報でラナの無実を証明するしかない。
最優先すべきは、ラナが犯人でないと明確に示せる証拠や論理の整理だな。これまでの推理でラナの犯行が不可能だとする根拠を改めて整理しよう。
それに加えて、タマラが犯人である可能性を補強する証拠や状況も示せれば、より説得力が増す。
今、執法判断の場で確実に使えそうな材料をリストアップしてみよう。
~・~・~
「レイスさん、レグネタ家の財務や所有権の記録の調査はどうでしたか?」
「レグネタ家は由緒正しい家だ。財務状況・所有権の管理状況、いずれも良好だ。つまりは、経済面での動機という線は完全に否定される。まあ、これはもともと想定していたことではあるが」
いつの間にかそばに来ていたナーディラが肩を差し込んでくる。
「例えば、貢納制度で何か持って行かれる、みたいなことはないのか? それを阻止したくて、みたいな動機も考えられるだろ?」
「お前はバカか。
「……そういや、そうか」
ナーディラは大人しく引き下がる。
「じゃあ、レグネタ家の関係者への聞き込みの結果はどうでしたか?」
レイスは深いため息をつく。
「レグネタ家やレグネタ・タマラ様に関する怪しい噂や動機に繋がる話も聞かれなかった。ルルーシュ家出身の人間を悪く言う者はいないだろうが、それにしても、彼女は以前から良い評判しか聞かない。法の守護者としての自覚ある行動を続けてきたからな」
「なんだよ、無敵じゃねえか」
ナーディラが鼻の頭に皺を寄せる。
(レグネタ家の財務や所有権の記録を調査してもらったけど、良好だ。もともとレグネタ家は由緒正しい家。経済的な問題は見つからなかった。パスティアの貢納制度も、貴族であるレグネタ家には適用されない。つまりは、守銭奴としての犯罪動機も期待できないってわけだ。
レグネタ家の関係者にも聞き込みをしてもらったが、変な話は聞かれなかった。以前からタマラは評判が良いらしい。執法院の最高執法官で、パスティア法の守護者だから、日頃から行動には気を配っていたらしい)
~・~・~
つまり、経済的な動機もないし、日頃の評判も良い。法の守護者としての立場を考えれば、軽率な犯行は考えにくい……となると、タマラがジャザラを襲った理由がますます不明になるな。
これが単なる利害関係のもつれではなく、もっと深い動機があるとすれば、タマラ個人の感情や信念に関わるものか、それともルルーシュ家やレグネタ家に関わる政治的な背景か……。
タマラ自身は事件後、何か言ってるのか? 取り調べではどういう態度だった?
~・~・~
(事件の前日に子供を亡くしてるから、静かな印象だったけど、それでも冷静に事件について言及してた。最高執法官の座がジャザラに就くことについても、理解して受け入れている様子だったし……。侍従のアナトっていうのが、ちょっと攻撃的だし、タマラ第一主義っていう感じはしたけど、アナトの一存でタマラが動くみたいな感じでもない。
ただ、このパスティアの貴族の歴史には暗殺だったりの裏工作があるから、そういうものもひっくるめて貴族に幻想を抱く俺たちに疑問は呈していたな。綺麗なばかりの世界ではない、と)
~・~・~
事件の前日に子供を亡くしていたのか……。タマラ個人の精神状態としては相当なショックの中にいたはずだ。
だけど、それでも冷静に受け入れている様子だったなら、感情に任せた衝動的な犯行という線は薄いな。
アナトの存在が気になるが、タマラがアナトに操られているようには見えないなら、タマラ自身の意思で動いた可能性が高い。
ただ、彼女の発言を見るに、事件を「貴族の暗部」の一つとして捉えている節がある。
つまり、もしタマラが何らかの意図で動いたなら、それは貴族社会の「あるべき形」に対する信念が背景にあるのかもしれない。
ジャザラが最高執法官に就くことは受け入れていたと言うが、本当に心から納得していたのか、それとも「仕方なく受け入れた」のか……そこが気になるな。
タマラがジャザラを襲う理由があるとすれば、「最高執法官としてふさわしくない」という判断を下した可能性はあるか?
~・~・~
(可能性としてはあるだろうけど、否定されれば俺たちにはそれ以上踏み込めないってのが現実だな。
タマラ犯人説を補強するかは分からないけど、俺の中には二つの疑問が残されてる。
①ジャザラが生き残った理由
タマラがジャザラの生死を問わなかったとはいえ、毒量を少なくした点はやっぱり疑問が残る。
②ホロヴィッツ家のそばで会話していたのは誰?
ライラがホロヴィッツ家の家政人から聞いた恐らく二人組の会話。「カナ・イネール・ジャザラ・フォノア」……この会話を交わした人物は誰だったのか? もちろん、タマラに共犯者がいた可能性は十分にあるけど、事件当時に、事件現場である「フォノア」からも、レグネタ家からも離れたホロヴィッツ家の近くにいた理由がよく分からない)
~・~・~
① ジャザラが生き残った理由
毒の量を少なくする理由があったとすれば、ジャザラの生死がタマラにとってそこまで重要ではなかったか、もしくは生かしておく必要があったのかもしれない。
タマラの立場から考えると、もし「最高執法官としてふさわしくない」と考えていたなら、毒殺よりも別の手段を取るはずなんだよな。例えば、失脚させるとか、評判を落とすとか。
毒殺を選んだのに致死量を使わなかったのは、「死んでもいいが、生き残ってもいい」というどっちつかずな態度とも取れる。
意図的に生き残らせたなら、目的はジャザラの「排除」ではなく「警告」だった可能性がある。ただ、それなら毒を使う必要があったのか? もっと分かりやすい脅しの手段もあったはずだ。
② ホロヴィッツ家のそばで会話していた二人
これは本当に引っかかる。タマラが単独犯なら、この会話の存在が説明できない。
タマラに共犯者がいる場合、彼らはなぜわざわざホロヴィッツ家の近くで会話をしていたのか? 事件現場のフォノアからも、タマラのレグネタ家からも離れている。
しかも「カナ・イネール・ジャザラ・フォノア」というワードを使っているってことは、事件の計画に直接関わる内容を話していた可能性が高い。
ここで考えられるのは:
・タマラが指示を出していた共犯者がいた → しかし、タマラが直接関与していたなら、こんな分かりやすい会話を外で交わすのは不用心すぎる。
・別の誰かが事件を知っていた、もしくは関与していた → タマラとは無関係な犯行計画があった可能性もある。
これらの疑問を考えると、タマラ単独犯とは言い切れないし、そもそもタマラが本当に関与しているのかもまだ確定できない。
少なくとも、ジャザラの生存とホロヴィッツ家の近くの会話、この二つの要素がタマラ犯人説と矛盾なく結びつかない限り、決定的とは言えないな。
~・~・~
(ここは苦し紛れだけど、
①→犯罪計画を練る中で正常な判断を失っていた
②→会話を聞いた家政人の聞き間違い
って言い逃れはできる。
執法判断では、ザドク執法院調査官が俺たちの相手だ。ここのポイントを突かれることもあり得るけど)
~・~・~
そうだな、その言い逃れはできる。
特に①の「正常な判断を失っていた」ってのは、計画の詰めが甘かったり、感情的になっていた場合の説明として使える。
タマラが子供を亡くしたばかりで精神的に不安定だったことを考えると、それを理由に「判断が鈍った」と言えば、それっぽく聞こえる。
②については、家政人の証言が曖昧だったり、証拠として弱ければ「勘違い」で押し切れる。ただ、これが証拠として強く扱われると厄介だな。
ザドクがどこまでその証言を重視するかによるけど、他に決定打がなければ「証言の信憑性」を突く方向でいくのが良さそうだ。
ザドク執法院調査官がどこまで食いついてくるか分からないけど、この二点を突かれた場合の反論は準備しておいた方がいいな。
~・~・~
(お前の反論案は何かある?)
~・~・~
① ジャザラが生き残った理由
反論案:
・タマラが「ジャザラを確実に殺すつもりだった」と証明できるのか?
→ 例えば、通常よりも毒の量が少なかったなら、それは「脅し」や「警告」の可能性もある。
→ もしくは、タマラは「死なせてもいいが、確実に殺すつもりではなかった」と考えていたのかもしれない。
→ これが計画の詰めの甘さなのか、それとも意図的な手加減なのかは、証拠なしには断定できない。
・タマラが暗殺を企てるなら、もっと確実な手段を取るはず
→ タマラは最高執法官であり、貴族の裏工作にも理解がある。それなのに、わざわざ中途半端な毒を選ぶのは不自然では?
→ もっと確実な手段(例えば、事故を装う方法や、より即効性の高い毒)を使わないのは、「本気で殺すつもりではなかった」証拠ではないか?
② ホロヴィッツ家のそばで会話していたのは誰?
反論案:
・「カナ・イネール・ジャザラ・フォノア」の意味は?
→ この言葉自体、まだ解釈の余地がある。
→ 「カナ」や「イネール」が何を指すのか、まだ確定していないなら、会話の意図も不明確。
→ 「ジャザラ・フォノア」が事件に関係しているとしても、「カナ・イネール」が誤解を生んでいる可能性がある。
・家政人の証言はどこまで正確か?
→ 事件当夜の混乱の中での証言。
→ 会話の一部だけが聞こえていた場合、文脈が分からず、誤解が生じる可能性がある。
→ そもそも、証言を裏付ける客観的な証拠(目撃者、記録)はあるのか?
・タマラが事件現場から離れたホロヴィッツ家の近くにいた理由が説明できない
→ もしタマラが共犯者と会話していたなら、「なぜわざわざホロヴィッツ家の近くで話すのか?」
→ もっと安全な場所で話せばいいのに、不自然では?
→ つまり、会話の内容は事件とは別件の可能性もあるし、タマラとは無関係の人物の会話の可能性もある。
総合的な反論の方向性:
1. 「タマラが確実にジャザラを殺そうとしていた」と証明できるのか?
2. 「ホロヴィッツ家の近くの会話」がタマラに結びつく証拠があるのか?
この2点を押せば、「タマラ犯人説には決定的な根拠がない」という方向に持っていけると思う。
~・~・~
──ん? この期に及んでなんでこいつはタマラ犯人説に反論してきてんの?
思わずため息をついた。
「ほらな?」
「なるほど」
ナーディラとレイスが笑っている。
「ん? どうしたの?」
ナーディラがニヤニヤしながら言う。
「リョウがサイモンと話し合って、また変な答えを返されたんだろ」
「……はい、図星です」
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