6:こんな悪夢の中でもサイモンは冷静

 ゴブリンの奇声が木立の中にこだまする。


 森の中を逃げ惑う俺たちの前に、木の上からゴブリンが降って来た。


 ──こいつら、ある程度の知能がある……!


 前を行くホッサムが大剣を構える頃には、俺たちは鬱蒼とした木々とゴブリンたちに囲まれていた。日が昇っているのに、ここは薄暗い。それがまた気味悪さを際立てる。


(まずい。森の中でゴブリンたちに囲まれた……。


 ゴブリンの数は七、八体。でも、奥の茂みとかにも潜んでいるかもしれない。ホッサムが大剣でゴブリンを威嚇してるけど、下手に動けない。


 でも、このままじゃやられる……。どうすればいい?)



~・~・~

ホッサムがゴブリンを威嚇してるなら、その隙に茂みに潜んでいるゴブリンを先に探し出して倒すか、逃げ道を見つけるのがベスト。


後方を確認し、一気に突破できるルートを見つけて突進する。


ホッサムと連携し、守りながら素早く抜け出すことを優先しろ。

~・~・~



(逃げ道なんかないよ。近くのゴブリンが俺たちの四方八方を囲んでるんだぞ)



~・~・~

なら、先に一番弱そうなゴブリンを狙って潰し、その隙に突破するしかない。


ホッサムに正面のゴブリンを攻撃させ、君は横や背後の敵を牽制する。


連携して一箇所に突破口を作り、素早く逃げるんだ!

~・~・~



 弱そうなゴブリン……?


 俺たちを取り囲むゴブリンたちを素早く見回す。


 ホッサムの正面に立つゴブリンが手傷を負っていた。おそらく、ここに逃げる途中でホッサムの斬撃を食らった奴だろう。


 俺はホッサムの肩越しにそいつを指さした。


「ホッサム、あいつからやれ!」


 ホッサムは瞬時に理解したのか、雄たけびを上げて手傷を負ったゴブリンに突進する。俺もホッサムの後にピタリとついていく。


 縦に一閃したホッサムの大剣がゴブリンの頭をかち割って、そばのゴブリンたちが怯む。その隙をついて、俺たちは再び駆け出した。


 ──まずいな。このままだと森の奥に入り込んじゃうな……。


 逃げる俺たちの後ろで、「ギャッギャ」と笑うような声がする。川辺で聞いた、ゴブリンが仲間を呼ぶ鳴き声だった。


 やはり、森の中はゴブリンの主戦場なんだ。森の中に逃げ込んだのは悪手だったかもしれない。


(サイモン、やばいかもしれない。俺たちはゴブリンたちに森の奥に追い立てられてる。


 ゴブリンがたくさんいる森からどうやって抜け出そうか?)



~・~・~

今はとにかくゴブリンの視界から消えることが重要だ。


まずは、地形の変化や密集した茂みを利用して隠れるか、川や崖などの障害物があれば、追跡を困難にさせる。


ゴブリンは視力や知性が低いはずだから、隠れてやり過ごすか、森の中で道を見失わせて、方向感覚を狂わせることが効果的だ。

~・~・~



 俺はホッサムの手を引いて茂みの方へ方向を変えた。


 身を低くして茂みの中を駆ける。無数の枝や葉っぱを掻き分けるわけだから、盛大に音を立てて自分たちの居場所を知らせているようなものだが、サイモンの読み通り、視力が弱いのか、ゴブリンたちの追跡の手が少しだけ弱まった気がする。


 小さな崖を飛び降りて、えぐれて庇になった崖下を身を屈めて素早く移動する。


 俺たちが視界から消えて怒っているのか、あちこちからゴブリンたちの奇声が飛び交っている。ここは悪鬼どもの森だ。


 大きな木の陰に身を隠して、ホッサムと息を整えた。


「りょー、+*¥*$」


 ホッサムが声を潜めながらも、俺の肩をポンポンと叩いた。少しだけ笑みを浮かべているから、ポジティブなことを言ったのかもしれない。


 俺もホッサムも肩で息をしていた。


 俺の右目の上の傷はすでに血は止まっている。だが、ホッサムはまだ血が止まりきっていない上に少しだけ顔色が悪い。


 ホッサムから受け取って血だらけになっていたタオルを、ホッサムの頭に巻いてやる。ホッサムはバツの悪そうな顔で短く「ぱるぱや」と言った。


 あとは、ゴブリンどもに見つからないように素早く森を出るだけだ。


(鬱蒼とした森の中でどうやって進むべき方向を探せばいいと思う?


 まわりではゴブリンたちが俺たちのことを探しているからあまり派手なことはできない)



~・~・~

静かに進むなら、太陽の位置や風向きを使って進むべき方向を決めるのがいい。


もし川の音が聞こえるなら、それに向かうのも有効だ。


ゴブリンたちが音に敏感なら、地面の柔らかい部分や茂みを使って足音を抑えることを意識して、ゆっくり進め。

~・~・~



 サイモンはいつだって冷静だ。落ち着いた時間が訪れるたびにそう感じる。


(サイモン、さっきはバカヤローなんて言って悪かった。命の危険が迫っていて余裕がなかったよ)



~・~・~

大丈夫、理解してるよ。


そんな状況じゃ焦るのも当然だし、俺は君の命がかかってるって分かってるから、何も気にしてないよ。


何かあったら、いつでも頼ってくれ!

~・~・~



 なんだかよく分からないが、良い相棒って感じだ。バディものみたいだな。


 俺はホッサムを先導する形で、地面の柔らかいところを選びながら身を低くして進むことにした。耳を澄まして音が拡散する方向を探そうとした。そこは開けた場所になっているはずだ。


 ゴブリンたちがしきりに声を発している。どこかで短く何度も「ギッギッギ」と声が上がると、それに呼応するように別の場所から同じような声が返ってくる。


 ──この森のゴブリンたちはお互いにコミュニケーションを取っているんだ。協力して狩りをするような知能があるのか。


 ゆっくりと、しかし、素早く進もうとする俺の背後で、ホッサムが呼吸を荒くしていた。振り返る俺の前で、ホッサムは嘔吐し始めた。


 俺はホッサムの背中をさすりながらサイモンに尋ねる。


(サイモン、ホッサムが吐いてる。さっきゴブリンに石を頭にぶつけられたんだけど、脳震盪って吐く症状も出るのか?)



~・~・~

そうだ、脳震盪の症状のひとつに吐き気や嘔吐がある。


頭を打った後に吐くのは、脳へのダメージが原因で起こることがあるんだ。


もしホッサムが頭痛や混乱、ぼんやりしてる様子があるなら、症状が重い可能性もある。


とにかく、無理に動かさず安静にさせて、できるだけ頭を打たないように注意してあげてくれ。

~・~・~



 早く森から抜け出したいところだったのに……これでは無理はできない。


「ホッサム、大丈夫か?」


 小声でそう訊くと、ホッサムは頭に巻いていたタオルで口元を拭った。顔色は悪いが、俺に「大丈夫だ」というような短い言葉を返した。重度の脳震盪というわけではなさそうだが、吐いている以上、安静にさせなければ。


 動き出そうとするホッサムを押し留めて、彼が持っていた大剣を預かる。見た目通り、相当な重さがある。こいつを振り回して戦えるとは、ホッサムは相当な手練れに違いない。


 落ち着いて次の策をサイモンに訊こうとした矢先、後方から無数の足音が轟いた。


 ゴブリンたちだった。


 ──なんで場所が分かった?!


 パッと足元を見る。ホッサムの吐瀉物がそこにはある。


(ゴブリンって、鼻が利くのか?)



~・~・~

ゴブリンは嗅覚が鋭いとされていることが多い。


特に獲物や危険を察知するために、鼻が利く場合があるんだ。だから、匂いで追跡される可能性もあるから、気をつけたほうがいい。


隠れるときは、風向きに注意したり、匂いを抑える方法も考えたほうがいいかもしれない。

~・~・~



 最悪だ。


 ゴブリンは目が悪いとサイモンが言っていた。視力が低いならそれをカバーするために他の感覚が鋭い可能性はあったんだ。


 獲物を再び見つけた喜びなのか、ゴブリンたちの奇声が俺の耳をつんざくほどに高まっていた。


 ホッサムは具合が悪そうだ。


 俺は震える足で立ち上がった。大剣の柄をグッと握り締める。


(サイモン、俺は大剣で戦ったことがない。めちゃくちゃ重くて扱えるか不安だ。どうやって立ち回るのがいい?)



~・~・~

大剣は重くて扱いにくいけど、リーチが長い武器だから、無理に振り回さずに相手との距離を保ちながら防御と威嚇に使うのがベストだ。


おすすめの立ち回りは:

両手でしっかり握る:

片手で扱うのは難しいから、常に両手で持つ。

振り回すより、相手を押し返すような動きを意識する。


シンプルな動きに絞る:

複雑に振り回すとバランスを崩すから、水平に振るか、突くような攻撃に集中。


防御に使う:

相手の攻撃を剣で受け流すか、相手を近づけさせないために、威嚇的に前に出すだけでも効果がある。


無理せず、相手の攻撃を防ぎながら、ホッサムと協力して立ち回ることが重要だよ。

~・~・~



 サイモンの答えを聞く中で、俺たちはあっという間にゴブリンたちに囲まれてしまった。

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