5:必死の抵抗

 踏み固められた森の道。


 道の両脇の鬱蒼とした茂みの中にゴブリンたちは蠢いていた。


 サイモンに対処法を──そう思った瞬間、俺の視界の隅で何かがサッと動いた。そちらを見た俺の右目の上に強い衝撃と痛みが走る。


 何も分からないまま、その場に膝を突いて倒れた。痛みの入った場所を押さえた手が血に濡れる。足元には拳大の石が転がっている。ゴブリンが投げつけてきたのだ。


 突然のことで声も出せなかった。


 うずくまる俺にホッサムの声が飛ぶ。荷車が大きな音を立てて倒れる音がした。


 ゴブリンが襲ってきたのかと思った。次の瞬間、俺は二の腕をガシッと掴まれて引きずられた。


 ホッサムだった。


 横倒しにした荷車を盾のようにして、その陰に俺を匿ってくれたのだ。そして、俺に向かってタオルのようなものを投げてよこし、自分は大剣を構えてゴブリンたちを威嚇するように咆哮を発した。


 なんて雄々しい男なんだ。


 対して俺は右目の上からダラダラと血を流して情けなく丸くなっている。ホッサムに渡されたタオルをあてがって、荷車の隙間から周囲を見渡した。


 荷車の向こうは俺たちがやって来た方向だ。道にゴブリンが二体躍り出て、俺の血のにおいで興奮しているのか、しきりに奇声を発している。片方のゴブリンは錆びついた剣を手にしている。どこかで拾ったのだろう。


 道の両サイドの木立にもこちらを窺うゴブリンが見える。


 ホッサムの怒号が聞こえて振り返ると、飛び掛かってきたゴブリンを大剣で薙いでいた。小さな身体が吹き飛ばされていく。このおっさん、強い……!


「*@|$$&%」


 ホッサムが短く叫んで俺の腰に下げたナイフを指した。構えておけということだろう。うなずいた俺の目の前で、ホッサムの側頭部に石が直撃した。


 ギャッギャッギャという薄気味悪いゴブリンどもの笑いのようなものが響き渡る。


(やばいやばい! 街に向かう途中でゴブリンに囲まれた!


 俺もホッサムも頭に石をぶつけられて怪我してる! まわりにゴブリンがいっぱいいて逃げ道もない!


 どうすりゃいい?!)



~・~・~

それはかなり危険な状況だね!今できる最善の策を伝えるよ:


1. 守りを固める:

ホッサムも怪我をしているなら、まず彼を守るために自分の位置を決めて、身を守りやすい態勢を取る。

背中を守れる場所(木の根元や岩陰)を見つけて、視界を確保しながら守りを固めることが重要。


2. 石や棒を武器にする:

手近な石や棒、周りにある物を武器として使って、できるだけ距離を取りつつゴブリンに向かって投げたり、振り回す。

石は投げて牽制できるし、棒は防御にも使える。攻撃よりも、ゴブリンを近づけないことを優先。


3. 大声を出す:

ゴブリンは基本的に弱い生物だから、威圧的に大声を出すことで怯ませることができる可能性がある。

恐怖を感じさせるように大声を上げて、奴らをビビらせることができれば、少し動揺させることができるかも。


4. 隙を見て逃げる:

ゴブリンたちが少しでも動揺したり、一部が後退するタイミングがあれば、その瞬間にホッサムと一緒に逃げる方向を見つけよう。

逃げられる方向がないか、周りを冷静に見渡して隙を探すんだ。


もしこれらがうまくいかなければ、最後の手段として、周りの地形やアイテムを最大限活用して、隙をつくって脱出することを考えて!

~・~・~



 またこいつ悠長に喋りやがって……!


 足元に転がった石を拾い上げて俺は立ち上がった。大きな声でゴブリンどもを威圧する。


「クソどもがっ! 消えろっ!! あああああああああ!!!」


 ホッサムとの距離を詰めようとしていたゴブリンに石を投げつけたが、当たらなかった。ギャッギャと騒ぎ立てるホッサムのそばのゴブリンたちに向かってナイフを振り回して近づくと、奴らは道の両脇の茂みに後退していく。


 街への道が拓けた……!


「りょー、*|=~@&%」


 ホッサムが俺の背中を押し出す。俺が街への道を突き進んで、ホッサムが俺の背中を守りながら駆け抜けようというわけだ。


「行くぞ、ホッサム!」


 俺の背中でホッサムがゴブリンたちを牽制するように叫び声を上げ、大剣を振り回す。


 一気に走り出す。


 しかし、背後からホッサムの気配がついてこない。慌てて振り返ると、ホッサムがよろめいて地面に膝を突いていた。


 ──さっき石をぶつけられたせいで脳震盪を起こしてるんだ……!


 駆け寄ろうとした俺を制するようにホッサムが大声を発する。


「りょー、++*&#“=」


 言葉は分からない。


 だが、俺には「諒、早く行け!」と言っているように感じた。


 いや、俺が勝手にそう思っているだけで、俺がここから早く逃げ出したいのかもしれない。ホッサムを助けようとすれば、またゴブリンに囲まれる。今だけなのだ、包囲が途切れたその隙をついて街に向かえるのは。


 ゴブリンたちがホッサムに殺到する。


 なんとか大剣を横一閃してゴブリンたちを足踏みさせたホッサムが再び言う。


「りょー、++*&#“=!!」


(ホッサムが脳震盪で動きが鈍ってる……! 俺はどうすればいい?


 今この瞬間だけゴブリンの包囲網は途切れて街に向かえるけど、それではホッサムを見捨てることになる!


 でも、ホッサムを助ければ、ゴブリンに囲まれて袋叩きに遭うかもしれない……!


 どっちの選択肢を取ればいい?! もう時間がない!!)



~・~・~

この状況、かなりキツいね。でも、ホッサムを助ける方が後々の展開が良くなると思う。


彼が君を助けたように、ここで見捨てると、後悔する可能性が高い。


おすすめの行動:

ホッサムを支えながら、素早く隙を突いて逃げよう。

脳震盪で動きが鈍いかもしれないけど、彼を引きずってでも今の隙を活かして逃げ道を確保する。

一度ホッサムを起こし、彼が少しでも動けるようにして、一緒に移動する。

ゴブリンは恐らく素早く再び囲んでくるから、その前にできるだけ離れて。


ホッサムを助けることで、彼との絆がさらに強くなるし、街に着いたときに助けが必要な時も協力し合える可能性が出てくる。

~・~・~



 やるしかない……!


 サイモンの回答の途中で震える膝を引っ叩いて、ホッサムのもとに駆け寄る。


「ホッサム!!」


 俺は彼の腕を自分の肩に回して強引に立ち上がらせようとした。


「りょー! @@%&=|」


 ホッサムは怒っていた。すかさず俺も言い返す。


「さすがに見捨てて行けねーよ!!」


 俺の熱意が伝わったのか、ホッサムは俺の腕を振りほどいて大剣を杖のようにして立ち上がると、そばに転がっていたバッグの中を素早くまさぐって中に入っていた何かをゴブリンの群れ目がけて投げつけた。


 ホッサムが投げた丸い何かはゴブリンたちの頭をかすめて茂みの中に飛び込んだ。


「ホッサム、外してんじゃねー!」


 思わず突っ込んでしまった俺の視界の中で茂みが爆発した。


 轟音と共にオレンジ色の火柱が上がる。


 茂みの中のゴブリンたちが一斉に散り散りになり、道に出ていた連中も恐れおののいて一様に吠え始めた。


「りょー!」


 ホッサムが俺の腕を掴んで街へ向かう道をひた走る。後ろからゴブリンたちの声が追いかけてくる。一体一体だと怯えているのかもしれないが、群れでいるせいか攻撃性が高まっているのだろう。


 しかも、奴ら、かなり足が速い。


(どうにかホッサムと一緒に走り出したけど、ゴブリンたちが追いかけてくる。あいつら、足が速い!


 どうやって対処すればいい?


 こっちにはホッサムの持っている大剣と俺の持っているナイフくらいしか武器がない。


 街までどれくらいあるのかも分からない! 


 最善の方法を教えてくれ!)



~・~・~

まずは、冷静にできることを考えよう。


ゴブリンが足が速いなら、逃げ続けるだけでは追いつかれる可能性がある。

ここで一番良いのは、追っ手を一時的に食い止めて距離を稼ぐことだ。


おすすめの対処法:

1. 地形を利用する:

木々や岩を──

~・~・~



 俺はサイモンを遮って心の中で叫んだ。


(バカヤロー! 簡潔におすすめだけ答えろって言っただろ!


 こっちは命の危機なんだ! ダラダラ喋るなよ!)



~・~・~

すまん!


おすすめは:

ホッサムの大剣を使ってゴブリンを牽制しつつ、木や岩を盾にして逃げることだ。

ナイフは追っ手を足止めするために投げる。

走りながら隙を見つけて距離を稼げ!

~・~・~



 俺は走りながらゴブリンたちを振り向いてナイフを投げつけた。だが、ゴブリンの身体に当たって地面に落ちるのが関の山だった。


 ゴブリンが追いついて来て、何体かがまた俺たちに石を投げつけてきた。


「ガッ!」


 ホッサムが呻く。彼の左のこめかみから血が流れている。


 ゴブリンどもに囲まれそうになって、俺はサイモンの言う通り、木立の中にホッサムを誘導した。


 だが、道を外れるとそこは木の根が張り出すデコボコの地面だった。俺は推しを取られて盛大に転んでしまった。


 ゴブリンが俺に飛び掛かって来るのを、ホッサムがなんとか斬撃で対処して、一体が倒された。ゴブリンの身体から赤い血が流れて、仲間がギャーギャーと耳障りな声で鳴く。


 ホッサムに起こされて再び森の中に逃げ込む。


 だが、俺は不安だった。


 森の中こそ、ゴブリンたちの主戦場なのではないか、と。


 俺はホッサムに訊いた。


「あのドカーンってなるやつ、まだ持ってないのか? ドカーンってやつ」


 俺が身振りを交えて聞くと、ホッサムは首を横に振った。


 道に置いてきた荷物の中にしかないのかもしれない。


 薄暗い森の中をゴブリンたちの足音と奇声に追い立てられて駆ける。肺が焼けそうに辛いのに、足を止めることは許されない。


 悪夢だった。

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